「あなた」で溢れた「私」の体
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触れてはいけない手を 重ねてはいけない唇を
あぁ知ってしまった あぁ知ってしまったんだ
あなたにもう逢えないと思うと 体を 脱いでしまいたいほど苦しくて悲しい
あなたに出逢う前の何でもなかった 自分に戻れるわけが…
≪青空 歌詞より抜粋≫
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「触れてはいけない手」「重ねてはいけない唇」
このような少し大人な言葉で始まる『青空』に、その曲名とは正反対の「くすんだ」イメージを持った人もいるのではないでしょうか。
そう、この曲は幸せな恋愛を歌ったものではないのです。
「あなたにもう逢えないと思うと体を脱いでしまいたいほど苦しくて悲しい」という歌詞には、彼女の恋が終わったことが表われています。
そして、彼女がまだ相手を想っているということも強く伝わってくるのではないでしょうか。
「脱いでしまいたい」と思った体は、彼が愛してくれた自分の体なのです。
頭の先からつま先まで、そして何より心の奥まで彼で溢れてしまった彼女は、服のようにそんな自分を脱いで新しく生まれ変われたら楽だと考えました。
けれど、勿論そんなことはできるはずがありません。
だからこう思うのです。
「あなたに出逢う前の何でもなかった 自分に戻れるわけが…」
人は誰でも、過去の自分に戻ることはできません。
愛せば愛す程に悲しい結末を重く背負うことになると分かっているからこそ、曲の冒頭で彼のことを「触れてはいけない」などと表したのでしょう。
思い返す、あの頃の自分
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ちょっと唇に力入れて
何にでも頷いてって今思い返すと馬鹿みたいだな
ボーッとした目の先に歪んだ青い空
≪青空 歌詞より抜粋≫
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彼女はいつも「ちょっと唇に力入れて」「何にでも頷いて」彼と接していました。
それは、大好きな彼に嫌われることを恐れるがあまり、自分の意思を我慢してしまっていたのです。
二人の関係もフェアとは言えなかったのでしょう。
そんな自分を後から客観視して「今思い出すと馬鹿みたいだな」と思うのは、恋愛のあるあるだと思います。
終わってみればどうしてあんなに尽くしていたのだろう、どうして我慢していたのだろう、と思っても、結局は相手のことが好きだったからという結論に収まってしまいます。
「恋は盲目」という言葉がありますが、恋愛の渦中にハマると、無理をしている自分が見えなくなったり、むしろそんな自分すら愛おしく思えてしまうのですから、不思議なものですよね。
好きだったのに、恋が終わった。
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なんだよあんなに好きだったのに
一緒にいる時髪の毛とか凄い気にしていたのに恋が終わった
破裂した音が鳴っている 今あたしの薄ら汚れた空に吸われていくの
恋が終わった
≪青空 歌詞より抜粋≫
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「なんだよあんなに好きだったのに」
これは、過去の自分を振り返って、彼をどれ程に愛していたかを実感したからこそ出た言葉なのだと思います。
そして、苦しさや悲しさの上に、どうしてこんなに好きだったのに上手くいかなかったのだろうと感じてしまうのです。
「一緒にいる時髪の毛とか凄い気にしていたのに」という歌詞は、特に女性の多くの方が共感する部分ではないでしょうか。
ほんの些細なことかもしれませんが、少しでも彼に好きでいてほしくて、彼女はずっと頑張っていたのだと思います。
しかし、そんな気持ちに彼は応えてはくれなかった。
だからこそ、「破裂した音が鳴って」「薄ら汚れた空」へと吸われていく程に、自分がなくなってしまいそうなのです。
「恋が終わった」とは、今まで自分が正解だと思って突き進んできた道が絶たれ、積み上げてきたものが全て崩れてしまうようなもの。
澄み渡った空のように、この先に続くものなんて見えない、彼女の心からの声なのだと思います。
aikoがラブソングの女王として愛される理由
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ちょっと唇に力入れて
何にでも頷いてって今思い返すと馬鹿みたいだな
ボーッとした目の先に歪んで見えてる
本当は涙で見えないただの空
≪青空 歌詞より抜粋≫
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「歪んで」見えていた空は、彼女の潤んだ目で見た「ただの空」でした。
涙を浮かべて振り返った思い出は、どんな記憶であっても、彼女にとって愛しいものであったのだと思います。
恋愛は、お互いの歯車が繊細に重なり合って成立する、言わば奇跡のようなものです。
それだけに、時には相手のことをどれほど大切に思っていても、上手くいかないこともあるでしょう。
それでも、私たちは結果が分からないからこそ、相手にできる限りの愛情を注ぎ、ほんの小さなことで一喜一憂してしまうのです。
『青空』で描かれる彼女も、そんな今までの数えきれない積み重ねがあったからこそ、この別れが痛く苦しいものになってしまったのではないでしょうか。
aikoの歌には、それまでの過程が細かく描かれていなくともリスナーが想像できてしまう不思議な力があります。
それはきっと、多くの人が自らの経験と歌詞を重ね、共感することで、主人公の気持ちに寄り添える曲ばかりだからだと思います。
『青空』を聴いて、aikoが長年ラブソングの女王として愛される理由を改めて実感することができました。
TEXT もりしま