格調高い文体で映し出す夏の美しさ
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もう忘れてしまったかな
夏の木陰に座ったまま、氷菓を口に放り込んで風を待っていた
もう忘れてしまったかな 世の中の全部嘘だらけ
本当の価値を二人で探しに行こうと笑ったこと
忘れないように 色褪せないように
形に残るものが全てじゃないように
≪花に亡霊 歌詞より抜粋≫
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こんな一節で始まるのが、2020年4月に発表されたヨルシカの新曲『花に亡霊』です。
作品全体に一貫して漂う世界観と文学性の高い歌詞が評価を得ているヨルシカ。
劇場アニメ『泣きたい私は猫をかぶる』とのタイアップを果たした今回の新曲も、バンドのブレインであり作詞も務めるn-buraの歌詞が楽曲を印象深いものにしています。
「もう忘れてしまったかな」という一文からはじまる『花に亡霊』。
歌詞の最初の言葉にして、楽曲全体を支配している切ない悲愴感を見事に演出しきっています。
続いて聴こえてくる「氷菓」という日本語らしいキーワードからは、まるで文学作品のように格調高い風景が夏の香りと共に浮かび上がってきますね。
「本当の価値」を探しに行った「二人」。
忘れられないひと夏の輝きを求めて、天高く登る入道雲のもと走り出す青春の一ページが脳裏に思い浮かぶような情景描写です。
キーワード「亡霊」が描きだす切なさ
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言葉をもっと教えて 夏が来るって教えて
僕は描いてる 眼に映ったのは夏の亡霊だ
風にスカートが揺れて 想い出なんて忘れて
浅い呼吸をする、汗を拭って夏めく
≪花に亡霊 歌詞より抜粋≫
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続く歌詞で紡がれるのはこんな一節。
「夏が来る」と教えてくれていたのはいつの時も「二人」のうちのもうひとり、「君」であったのでしょうか。
そんな存在も、今となっては思い描くだけの「亡霊」になってしまった。
聴き手にはっきりと提示される悲しく切ない事実に、思わずはっと息を飲んでしまいそうです。
ストレートな「別れ」という言葉を用いなくとも、そこにはあるのは明らかな決別の余韻。
巧みな日本語遣いにより聴き手のイメージを最大限に刺激してメッセージを伝える手法が、ヨルシカならではの文学的な香りを独自のものにしています。
「浅い呼吸」をして「汗を拭って夏めく」という情景からは、どこか孤独で寂しげな「僕」の姿が浮かび上がってきます。
毎年必ずやってくる夏。あの時と違うのは、今は自分一人だということ。そんな想いを抱えてたたずむ様子が思い起こされますね。
普遍的な感情を文学に昇華するヨルシカ
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今だけ顔も失くして
言葉も全部忘れて
君は笑ってる
夏を待っている僕ら亡霊だ
≪花に亡霊 歌詞より抜粋≫
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独自の世界観をさらに強めているのがこちらの一節。
楽曲に飲み込まれていくような感覚を覚える中盤の展開にて、僕らは二人とも「亡霊」であるという描写がなされています。
前段の描写などをふまえると、おそらく「別れ」があったのは変えようのない事実。
しかしあの時のような気持ちで同じ夏空のもと一歩を踏み出せば「今だけ顔も失くして」「言葉も全部忘れて」、まるで君と過ごしているような感覚を思い出すことができる。
その瞬間の「僕」の想いは「君」と確かにリンクしています。そんな状況を「亡霊」と表現して見せたのでしょう。
さらに、かつての夏に心を囚われている、という点でも「僕」は「亡霊」のようなものかもしれません。
「二人」一緒に過ごしたあの夏だけが、自分にとって輝きを放っている時間だった。
そして過去に想いを馳せ、二度とくることのない「夏」を待っている「僕」。
そんな美しくも悲しい感情が、聴き手の胸を強く打ちます。
誰しもが持つキラキラした思い出、そして誰しもが迎える決定的な別れ。
そんな普遍的なテーマを美しい日本語によって昇華させ、歌として表現して見せる『花に亡霊』は多くの人々に響く一曲となりそうです。
TEXT ヨギ イチロウ