「デジャヴ」は「まふまふ」過去作の続編にあたる楽曲?
歌い手界を代表する「高音系男子」の歌い手「まふまふ」。
そんな彼は楽曲の制作活動も行っており、その中でも『デジャヴ』は、過去に公開された楽曲達の続編ではないかと言われています。
「既視感」を意味する「デジャヴ」というタイトルも、これまでの楽曲への繋がりを示唆したタイトルなのではないかと考えられます。
はたして、本当に『デジャヴ』が指すものは過去作なのか。
それを探る為、歌詞の意味を考察してみましょう。
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排気ガス それと乖離なく
宙に浮いて 彷徨って愛に巻く
予定調和で 固定相場制
番装い気取った今日まで
そりゃ愛じゃないという
また愛はないという
足りない願い以外
そうやってワンと鳴いて御仕舞
≪デジャヴ 歌詞より抜粋≫
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『デジャヴ』は前述した通り、前作3曲と繋がりが見いだされてる楽曲とされています。
その繋がりの理由としては、楽曲の根底にある一つのテーマが隠されている事が理由とされています。それが「いじめ」です。
1曲目『メリーバッドエンド』が公開された際、まふまふはコメントで「共通の敵を作ってまとまる集団心理のそれを書きました」と話ています。
そのコメント通り、楽曲の歌詞を読み解くと『集団いじめ』の物語と思われる展開が見える楽曲となっています。
この「集団」は『学校』あるいは『SNS』を指しているとされています
『デジャヴ』の始まりの歌詞は、これまでの楽曲の展開と重なる内容が綴られています。
集団いじめというグループで起こす「排気ガス」のような害悪的な空気から離れられない主人公。
しかし「今日まで」と綴られた歌詞から察するに、その「今日」をきっかけに主人公はグループから離れたのだと思われます。
続く歌詞では『ハローディストピア』『ジグソーパズル』の内容が歌われています。
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壊して直し 壊して
そして手元に余った 哀のパーツ
それは高価な 心の穴
きっと二度とは戻せなそうだな
≪デジャヴ 歌詞より抜粋≫
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『ハローディストピア』は集団に報復を図る話であり「壊して」というのは、この報復の事を指しているのでしょう。
続く「直し」とは『ジグソーパズル』の事だと思われます。
この歌は報復の結果、いつの間にかまともに笑う事もできなくなってしまった主人公の様を歌っているとされています。
「哀のパーツ」という歌詞や「高価な心の穴」とどこか『パズル』を連想させるワードが歌われています。
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「君は普通じゃない」
ボクは普通じゃない
ズレていたのは いつからだったっけな
≪デジャヴ 歌詞より抜粋≫
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そして最後の歌詞は『デジャヴ』の主人公の心境だと思われます。
まるであらすじのような出だしは、確かに前作との繋がりを感じる内容ですね。
全楽曲共通で使用される「愛」
さらに全ての楽曲共通で歌われている単語があります。それが『愛』です。----------------
ドラマにありそうな
愛はたくさんあった
間に合わせにちょうどいいですね
さよならの顔は
まるで印象なくて
受信出来ずに砂嵐が吹いて
滑稽
≪デジャヴ 歌詞より抜粋≫
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「ドラマ」というフィクションストーリーを指す単語。
それに「ありそうな愛」という言葉は「偽物の愛」という意味で歌っているのでしょう。
偽物の愛で成り立つ「集団」のうさんくささを示しているようにも見えますし、主人公の心情そのものを指している言葉のようにも見えます。
また『愛』は出だしにも歌われています。
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宙に浮いて 彷徨って愛に巻く
予定調和で 固定相場制
番装い気取った今日まで
そりゃ愛じゃないという
また愛はないという
≪デジャヴ 歌詞より抜粋≫
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「宙に浮いて彷徨って」という歌詞に続く「愛に巻く」。
これは『メリーバッドエンド』の主人公が『集団』から離れられないさまを歌っていると推測ができます。
集団いじめを行うグループから抜けたいのに、抜け出せずに彷徨い結局集団に残ってしまうという光景です。
しかし後方では『愛』が否定されています。上記の考察を踏まえると、主人公自身が自分の状態を否定しているようにも見えてきます。
すると、この『愛』というのは『集団』=『人間関係そのもの』を指しているものなのではないでしょうか。
うさんくさい「集団」に『愛』などない。
とすると「ドラマにありそうな愛」というのはやはり「集団」の状況をさしているのでしょう。
その集団を第三者となった主人公が外から見た結果『滑稽』と笑うと同時に、そんな偽りの関係に縋っていた過去の自分も滑稽とあざ笑っているようにも見え、やはり前作と繋がりを感じざる得ない内容となっています。
二重の意味を持つ歌詞?「既視感の生」
次は『デジャヴ』内においてのみ、くり返し歌われている歌詞を見てみましょう。----------------
この瞳が疼いたのは
既視感だらけの生
≪デジャヴ 歌詞より抜粋≫
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タイトルと同じ意味の単語が歌われているこの歌詞は、サビの終わりで必ず歌われるフレーズです。
2番のみ一部歌詞が変わっていますが、最後に綴られるのは必ず「既視感」という単語です。
ではこの「既視感」が指すものはなんなのでしょうか。
注目はその後に続く「生」という単語です。生命を意味する単語ですが、それ以外にも『人生』を連想できる単語となっています。
となればこの歌詞は、過去作で体験してきた『人生』を示しているのではないでしょうか。
また「生」をひらがなに直すと「せい」になります。つまり「既視感だらけのせい」と、責任を押し付けるような描写に姿を変えます。
つまり「瞳が疼く理由は、今まで自分が過ごして来た『人生』と被る既視感だらけの光景を見てしまった『せい』」と考察する事もできます。
となると、やはりこの楽曲『既視感』が指すものは、前作の3作品達の事のように思われます。
至るところにある過去作と重なる歌詞が、前作があってこそ初めてその意味を解釈できる歌詞のような気がします。
それこそある意味、この3曲があった「せい」で『デジャヴ』は生まれたと言っても過言ではないのでしょう。
TEXT 勝哉エイミカ