窓に写し出されていたのは、燦然と輝く「街」と対照的な「僕」の姿
躍動感とフックのある強いメロディーが魅力的なボカロP「Ayase」。2018年に活動を開始してから、たったの2年ですが独特な楽曲センスは多くの人々を魅了し、期待の新鋭Pとして注目が集まっています。
そんな彼の初音ミク歌唱楽曲「幽霊東京」は、2019年にMVが投稿されて以降すぐに、ニコニコ動画のボカロランキングの上位にのぼりつめ、一躍有名曲となりました。
どこか不穏な空気が漂うタイトルですが、その意味を歌詞から考察した時、見えて来たのは誰もの胸を突き刺す切ない光景でした。
まずは出だしの歌詞から見ていきましょう。
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燦然と輝く街の灯り
対照的な僕を見下ろす
あのビルの間を抜けて
色付き出したネオンと混じって
僕の時間とこの世界をトレード
夜に沈む
≪幽霊東京 歌詞より抜粋≫
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主人公は夜の街の中に居るようです。夜でも明るく活動し続けている光景から、この街がタイトルにある「東京」である事が察せられます。
しかし主人公の心は、街の明るさとは対照的なところにあるようです。
どうしてそんな気持ちになっているのでしょうか。
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終電で家路を辿る僕の
目に映るガラス窓に居たのは
夢見た自分じゃなくて
今にも泣き出してしまいそうな
暗闇の中独りただ迷っている
哀しい人
≪幽霊東京 歌詞より抜粋≫
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終電に乗って帰宅する主人公。彼は社会で働く「大人」のようです。
「ガラス窓」というのは、電車の窓の事でしょう。しかし主人公の目は、窓の向こうの夜の街ではなく、そこに薄っすらと写る自分の姿を捉えているようです。
「哀しい人」と歌っている様からは、今そこに映し出されている自分の姿、現状が主人公にとって望んでいたものではなかった事がわかります。
そしてそんな自分のことを主人公はこう歌い続けます。
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大丈夫、いつか大丈夫になる
なんて思う日々を幾つ重ねた
今日だって独り東京の景色に透ける僕は
幽霊みたいだ
≪幽霊東京 歌詞より抜粋≫
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「東京の景色に透ける」とは、窓に写るうっすらとした自分の姿を描写しているのでしょう。
その姿がまるで「幽霊」みたいに見える。楽曲タイトルである『幽霊東京』に通じる光景です。
しかし、本当にそれは情景を描写しただけのものなのでしょうか。
次はそこを考察してみましょう。
主人公がトレードした2つのものとは
『幽霊東京』の意味を紐解く最初のヒントは先の1番の中にありました。----------------
僕の時間とこの世界をトレード
夜に沈む
≪幽霊東京 歌詞より抜粋≫
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トレードは、取引や交換を意味する単語です。
主人公は「僕の時間」と「この世界」をトレードしていますが、これはどういう意味なのでしょうか。
まず「時間」の方から見てみましょう。
関係すると思われるものが、サビの歌詞で歌われていました。
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失うことに慣れていく中で
忘れてしまったあの願いさえも
思い出した時に
涙が落ちたのは
この街がただ
余りにも眩しいから
≪幽霊東京 歌詞より抜粋≫
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どうやら主人公には何か「願い」があったようです。
続いて2番のサビでもこのように歌われています。
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失うことに慣れていく中で
忘れてしまったあの日々でさえも
それでもまだ先へ
なんて思えるのは
君がいるから
≪幽霊東京 歌詞より抜粋≫
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こちらでは「あの日々」という歌詞が歌われています。
これが主人公に「願い」があった過去の時間軸を指していると思われます。
思えば始まりの歌詞でも「夢見た自分」と歌っています。
ここから察するに「僕の時間」というのは、かつて主人公の中にあった「願い・夢」を追っていた過去を指しているのだと思われます。
さらにサビの出だしでは1番2番共に「失うことに慣れていく中で」と歌われています。
つまり、今の主人公の日々はそんなかつての時間を失い忘れてしまうような毎日だということ。
これが「この世界」を指していると思われます。
それらをトレードした結果、1番の主人公は夜に沈んでしまいます。
今の苦しい現実に飲み込まれ溺れてしまっている心模様を歌い出しているのでしょう。
つまり「幽霊東京」とは、東京という現実の世界で理想の姿になれずに苦しんでいる主人公の心を映し出したタイトルだという姿が見えてきました。
しかし2番では一転して前向きな歌詞に。この変化の理由は「君」という人物が関わってくるようです。
「君」とは何者なのか、次はそこに焦点をあててみましょう。
突然現れた「君」の正体とは
「君」の正体に関わると思われる歌詞は、転調後の大サビにありました。
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失うことに慣れていく中で
忘れてしまったあの日々でさえも
それでもまだ先へ
なんて思えるのは
君がいるから
≪幽霊東京 歌詞より抜粋≫
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最後に「君」に問いかけるような言葉で歌う主人公。ここから「君」は今主人公の傍にいる人物である事がわかります。
しかし仕事終わりの終電の中で、突然主人公の知り合いが現れるとは思えません。その代わりに主人公の目には今、自分の姿が写っています。
窓に映る自分の姿にむかって主人公が、思い出したかつての大事な想いへの気持ちを確かめるように問いかけたのだとしたら、突然現れた「君」の存在にも頷けます。
転調前の大サビの最後でも、主人公はこのようにも歌っています。
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僕の時間とこの世界をトレード
明日を呼ぶ
≪幽霊東京 歌詞より抜粋≫
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再び「時間」と「世界」をトレード。しかし続く歌詞は前を向き始めたような歌詞に変化しています。主人公が新しく心をトレード=入れ替えた様を強く感じるものとなっています。
最後の口調は、新しく生まれ変わった自分の気持ちを問う故のものだったのでしょう。
しかし同時に、視聴者である私達へも問いかけてるように聴こえませんか。
理想や夢というのは誰しもが一度は思い描くものです。しかし現実は厳しく、成し遂げられる人はそう多くはありません。
しかしだからこそ、本当に忘れてはいけない事もある筈。主人公はこの歌の中でそれを思い出しました。
そんな主人公からの最後の「君もそうでしょう」という言葉は、私達の胸の奥底にあるものを見透かし問いかけているようにも感じられます。
まるで次は「君達の番だ」とでもいうように歌われる歌詞。
それを前に、はたして私達は主人公のような答えを選ぶことができるのでしょうか。
TEXT 勝哉エイミカ
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