禁断の扉
届きそうで届かない距離感が切なく、すれ違う明智とマリアを思わせる『Time』。
第一話が放送された時から、ドラマの世界観にマッチして、話題を集めました。
まるで演出の一部と見まがうほどに、ドラマの世界観に溶け込んでいます。
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カレシにも家族にも言えない
いろんなこと
あなたが聞いてくれたから
どんな孤独にも運命にも耐えられた
≪Time 歌詞より抜粋≫
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『美食探偵 明智五郎』は、探偵事務所を営む明智五郎(中村倫也)に、平凡な主婦(小池栄子)が不倫の調査依頼をすることから運命が動いていきます。
長い夫婦生活の中で、夫の愛情も感じられず、淡々と過ぎ去るばかりの日々を過ごしていた主婦の孤独に触れ、心の解放を促したのが彼です。
まさに「カレシにも家族にも言えない」ことを打ち明けられる、唯一の相手だったのですね。
明智の言葉に背中を押され、夫を殺した彼女は、マグダラのマリアと名乗る連続殺人鬼と化します。
彼が開いたのは、決して開けてはならない、禁断の扉だったようです。
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降り止まない雨に打たれて泣く私を
あなた以外の誰がいったい笑わせられるの?
≪Time 歌詞より抜粋≫
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これまで誰にも言えなかった思いに、耳を傾けてくれた明智。
それはマリアにとって彼が特別な存在になった瞬間でもあるでしょう。
もはや彼女の心を満たせるのは、明智五郎だけ。だからこそ彼女は、彼に会いたくて、殺人を繰り返し、自分の存在を示そうとするのです。
近くて遠い2人
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キスとその少しだけ先まで
いったこともあったけど
恋愛なんかの枠に収まる二人じゃないのよ
≪Time 歌詞より抜粋≫
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殺人を犯したマリアと再会した時、彼女は明智にキスをします。それは愛の告白でありながら、彼女が殺人鬼として始動する合図でもありました。
明智に薬を飲ませて眠らせ、崖に身を投げたのち、マグダラのマリアという殺人鬼に生まれ変わった彼女。
マリアは彼を愛し、彼も地味な主婦から見事な変貌を遂げた彼女に心惹かれていきます。
2人は互いに惹かれ合いながらも、探偵と殺人鬼という、一筋縄ではいかない関係。まさに「恋愛なんかの枠に収まる二人」ではないのです。
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大好きな人にフラれて泣くあなたを
慰められる only one である幸せよ
≪Time 歌詞より抜粋≫
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大好きな人が振られることは、ある種のチャンスです。気持ちを伝えることができなくても、慰め役ができるのは自分だけ。
オンリーワンであることが、報われない恋心に安らぎと喜びを与えてくれるのでしょう。
恋人になれなくても、近くで慰められる存在でいられることは、幸せなことです。
“もしかしたら、いつか振り向いてもらえるかもしれない”そんな期待も抱いてしまうことでしょう。
主婦として明智と出会い、殺人鬼となることで、彼にとって忘れられない存在になったマリア。
しかし、この関係は明智の実質的な助手・小林苺にも当てはまります。
キッチンカーで弁当を売る苺・デリの店主である彼女は、明智の最も身近な人物です。
いつも何かにつけて仕事の手伝いをさせられている上、弁当やの常連である彼が、毎日店に顔を出しますから、一緒に過ごす時間は自ずと長くなりますよね。
そんな苺は、マリアの殺人によって無力感に苛まれ、憔悴した彼にもそっと寄り添います。
つまり、自分の罪によって明智を追い込み、彼にとって唯一無二の存在になりたいマリア。傷ついた彼をそばで見守る苺。
この2人は、正反対の立場で彼を見守る存在なのです。
互いの存在を強く意識し合うものの、なかなか出会うことのできないマリア。いつもそばにいるのに、心の内に触れられない苺。
どちらをとっても彼は、近くて遠い存在なのです。
そばにいるのに触れられない
『Time』で描かれている関係は、恋人ではありません。「カレシにも家族にも言えない」ことを聞いてくれるその人への思いは、まさに「カレシにも家族にも言えない」もの。
そばにいるのに、心に秘めた思いを打ち明けることのできない人です。
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いつも
近すぎて言えなかった、好きだと
≪Time 歌詞より抜粋≫
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伝えたいのに伝えられない「好き」という言葉。思いが届かない辛さは、彼女たちにも共通しています。
明智とマリアは互いに惹かれ合いながらも、犯罪者とそれを止める探偵という相容れない存在です。2人が愛し合うことは、まさにタブー。
一方、明智と苺は、客と店主を超え、探偵と助手、という特別な関係です。しかし、彼女はあくまで助手であり、恋人ではありません。
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だけど
抱きしめて言いたかった、好きだと
≪Time 歌詞より抜粋≫
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辛そうな姿をすぐ近くで見ていても、慰めることはできても、抱きしめられないもどかしさ。それはまさに、苺が抱く明智への思いです。
ドラマ開始直後から描かれ、回を追うごとに大きくなっていく彼女の恋心そのものだといえるでしょう。
そして、抱きしめたいのに抱きしめられないのは、マリアも同じです。
自分の心を解放してくれた彼への思いは、犯罪者である以上、彼に届くことはないでしょう。マリアに惹かれながらも、同時に強く拒絶してきた明智。
「だけど抱きしめて言いたかった、好きだと」という歌詞は、触れたいのに触れられない彼女たち、それぞれの心の叫びにも聞こえます。
「時間」を軸に描かれる恋の行方
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ずっと
聞きたくて聞けなかった、気持ちを
誰を守る嘘をついていたの?
≪Time 歌詞より抜粋≫
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明智にこき使われ、文句を言いながらも尽くす彼女は、一体彼にとってどんな存在なのか?
それは、苺本人が最も知りたいことでしょう。
当初、探偵と助手という関係でしかなかった明智と苺ですが、一緒の時間を過ごすことで、彼女の中で彼に対する思いは変わりつつあります。
そして、ドラマの第4話では、苺が誘拐されてしまったことで、彼の中に罪悪感と責任感が生まれます。
「無関係の助手を巻き込んだ」という罪悪感は、彼女に対する見方を変えるのには十分でしょう。
しかしそれが、単なる罪悪感で終わるのか、彼の心境に違った変化をもたらすのかは、まだ分かりません。
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教えてあげたくなるくらい
溢した水はグラスに返らない 返らない
あの頃より私たち魅力的 魅力的
友よ
失ってから気づくのはやめよう
時を戻す呪文を君にあげよう
≪Time 歌詞より抜粋≫
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彼女たちと明智との距離感は、出会った頃より遥かに近く、特別なものに変わっています。
マリアはもう、事件が起きる前の平凡な主婦には戻れません。そして苺も、ただの店主と常連客という関係には戻れません。
『Time』は、巻き戻すことのできない「時間」という軸の中で、3者の関係性を描き出しているのです。
3人それぞれが一歩踏み込んだ関係になっている今、複雑に絡み合う恋心がどう作用していくのか?
今後の展開から目が離せません。
そして、マリアによってもたらされる悲しみや、重い空気をそっと和らげるようにドラマに寄り添う『Time』。
イントロが流れ始めると、それまでの重い空気にどこか救いがもたらされたような感覚になります。
まるで『Time』までが「美食探偵 明智五郎」の一部であるかのような演出が見事です。
ドラマチックで切ないメロディー、聴く人の心にそっと染みわたるような宇多田ヒカルの声にじっくり耳を傾けたくなる、そんな曲です。
TEXT 岡野ケイ