涙が止まらない名曲「ウミユリ海底譚」が比喩するもの
「ヨルシカ」のユニット名で活躍中の大人気ボカロP「n-buna(ナブナ)」。
バラードロックをメインに、いくつもの名曲を生み出してきた彼の2曲目のミリオン達成楽曲にあたる「ウミユリ海底譚」は、2014年2月に公開されて以来、多くの人に感動を巻き起した人気の楽曲となっています。
この記事では「涙が止まらない」と好評されるその楽曲の歌詞に込められた意味を探っていきます。
それでは、まずは始まりの歌詞から見ていきましょう。
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待って わかってよ
何でもないから僕の歌を笑わないで
空中散歩のSOS
僕は僕は僕は
≪ウミユリ海底譚 歌詞より抜粋≫
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最初の注目は「SOS」です。
主人公である「僕」は助けを求めており、前脈の歌詞からは「僕」が誰かに自分の「歌」を笑われた事に傷付いているさまも歌われています。
「SOS」はこの歌詞と何らかの関りがあると思われます。
さらに注目は「空中散歩」。タイトルの「海底譚」からもわかるように、この歌は「海の中」の出来事を歌っているのに、なぜかここで「空中」という空を指す言葉がでてきています。
ここでタイトルの「ウミユリ」に注目してみましょう。
「ウミユリ」は、ウニやヒトデといった『棘皮動物』と呼ばれる海洋生物の名です。
彼らには、幼体の頃は自由に海の中を浮遊できるのに対し、成体になると海の底に固着し動けなくなるという性質があります。
とすると、「空中散歩」とはこの自由だった幼体の頃を指しているのではないでしょうか。
続く歌詞もこのように歌っています。
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今 灰に塗れてく
海の底 息を飲み干す夢を見た
ただ 揺らぎの中 空を眺める
僕の手を遮った
≪ウミユリ海底譚 歌詞より抜粋≫
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「僕」が「海の底」にいる事が想像できますね。
「揺らぎの中」というのは、海面の揺らぎの事をさしているのでしょう。
しかし冒頭で「歌」とあるように「僕」は歌を歌える生き物、つまりはウミユリではなく『人間』である事が想像できます。
つまり、この歌はウミユリの生態を用いて一人の人間の人生を比喩表現した歌となっているのです。
「SOS」の正体
彼には幼体のウミユリのように「自由」だった頃があったが、今は海底のような暗いどん底におり、成体したウミユリのように動けなくなっている様子が想像できます。なぜ、そのようになってしまったのか。
その理由はCメロで歌われていました。
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消えない君を描いた
僕にもっと
知らない人の吸った
愛を
僕を殺しちゃった
期待の言葉とか
聞こえないように笑ってんの
≪ウミユリ海底譚 歌詞より抜粋≫
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かつての「僕」の人生は、他者から「期待の言葉」をかけられるような人生だったようです。これが「自由」であった頃の「僕」なのでしょう。
ですが「殺された」とも歌われています。これは肉体的な死ではなく、精神的なものをさしていると思われます。
他人からの期待に応えられなかった、または重荷になり苦しくなってしまった、という事なのでしょう。
しかしまだ頑張ろうとしているのか、無理をしているのでしょう。
さらにこのような歌詞もあります。
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「なんて」
≪ウミユリ海底譚 歌詞より抜粋≫
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サビの前に必ず歌われるこの歌詞からは、それまで内容を全て冗談めかし、誤魔化している印象をうけます。
他人からの期待を聞こえないフリをしている点と重なる歌詞です。
つまり「僕」が発する「SOS」は、他人からの期待に耐えきれずに殺されてしまった「僕」の心の「精神的な悲鳴」なのでしょう。
しかしそんな僕にも、一筋の光のような存在があったのです。
「一等星」のように輝く「僕」の憧れの存在「君」
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夢の跡が 君の嗚咽が
吐き出せない泡沫の庭の隅を
光の泳ぐ空にさざめく
文字の奥 波の狭間で
君が遠のいただけ
≪ウミユリ海底譚 歌詞より抜粋≫
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1番のBメロで現れた「君」。
続く「嗚咽」と前脈の「夢の跡」という歌詞から考えると、かつて追いかけていた「夢」の最中に他人からの言葉で潰れてしまった「僕」の姿に対し泣いているらしい様子が見て取れます。
また「僕」は2番のサビで、「君」の事をこう歌っています。
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君はここで止まらないで
泣いて笑ってよ一等星
愛は愛は愛は
≪ウミユリ海底譚 歌詞より抜粋≫
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「僕」にとって「君」は「一等星」のように輝かしい存在であったようです。
もしかしたら同じ「夢」を目指す憧れの存在だったのかもしれません。
そんな「君」に「僕」は「ここで止まらないで」と歌っています。
ここから「君」が今、「夢」に向かっていた足を止めてしまっている様子が想像できます。
今の「僕」の姿に泣く程の優しい心の持ち主ですから、「夢」に潰れた「僕」を見捨てられず、歩みを止めてしまっているかもしれません。
そんな「君」に対する「僕」の思いは、1番のサビでも歌われています。
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もっと縋ってよ 知ってしまうから
僕の歌を笑わないで
海中列車に遠のいた
涙なんて なんて
取り去ってしまってよ 行ってしまうなら
君はここに戻らないで
空中散歩と四拍子
僕は僕は僕は
≪ウミユリ海底譚 歌詞より抜粋≫
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「最終列車」は「夢」へ向かう「君」の姿を指しているのでしょう。
かつて自分が「自由」に「夢」を追いかけていたあの頃のように「夢」へ突き進む「君」の姿を前に「僕」は「泣き止んだ」、つまりSOSを発する事を止めたようです。
それは夢への諦めを歌った絶望的な光景にも見えますが「君」が前へ進む事を願っていた「僕」としてはきっと絶望だけの光景ではないようにも思えます。
なぜなら「夢」を叶える事ができなかった「僕」が、その最後の最後にようやく思った通りに「願い」を叶える事ができたのですから。
TEXT 勝哉エイミカ