映画「水曜日が消えた」で描かれる日常
映画『水曜日が消えた』は、確かな演技力で世間から注目を集める俳優・中村倫也の主演作です。
この映画の驚くべき点はメインキャストの少なさ。
石橋菜津美、深川麻衣、中島 歩、休日課長、きたろうに、主演の中村倫也を加えた6名を中心として物語が進んでいきます。
主人公は曜日ごとに人格が変わるという多重人格者。
中村倫也は1人7役という特殊な役どころを演じています。
つまりメインキャストは6人でありながら、主人公の身体に存在する7つの人格を含めば13人の人間を巡る物語になっているのです。
人間ドラマにサスペンスのようなスリルと謎を含む映画『水曜日が消えた』。
主題歌の『Alba』も、主人公の曜日ごとに人格が入れ替わるという「普通ではない日常」に焦点を当て、「当たり前の日常」の愛おしさを描き出しています。
では、須田景凪が描き出す「当たり前」のありがたさとは何か、歌詞から読み解いていきましょう。
退屈さえも愛おしい日々
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使い捨ての毎日へ 指先で空をなぞる
例えばこの退屈も心から受け入れたら
≪Alba 歌詞より抜粋≫
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「使い捨ての毎日」という言い回しが、何気なく過ぎていく退屈で当たり前な日常と重なります。
今日も明日もあさっても当たり前に生きている人にとって、今日という1日は特別なものではなく、まさに「使い捨て」。
明日もまた、似たような日々が続いていくことに退屈を感じるのでしょう。
しかし、曜日ごとに人格が入れ替わる「僕」にとって、連続した毎日はありません。
私たちが当たり前に過ごしている毎日も、「僕」にとっては決して手に入れることができない、憧れのような日常なのではないでしょうか。
そう考えると、退屈だと感じている日々も、急に愛おしく思えてきます。
心の内に秘めた葛藤
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これから何処へ流れて行くのか
瞳は雨に晒されていないか
行き場を無くして鳴いてはいないか
心の中でさえ
≪Alba 歌詞より抜粋≫
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抱えた理想に怯えていないか
言葉の渦に囚われていないか
痛みを隠して笑っていないか
自由と呼んでまで
≪Alba 歌詞より抜粋≫
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人は誰しも、本心をさらけ出して生きているわけではありません。
元気そうに見えても、心の内に寂しさや苦しさを抱えながら日常を過ごしている人もいるでしょう。
主人公の「僕」も、人格が変わるという不便な日々を当たり前に受け入れ、平穏に過ごしてきました。
しかし、水曜日の「僕」が消えてしまったことから、物語は動き出します。
当たり前だった日常が変わることで、平穏に見えていた「僕」の葛藤や、多重人格者ならではの難しさにスポットが当たるのです。
ここで歌われる歌詞には、「僕」が抱える心の痛みをすくい上げるような、愛しい誰かを気遣おうとする優しさを感じます。
「特別じゃない毎日」への強い憧れ
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特別な日々は要らない
在り来たりで良いと静かに笑ってみせた
季節よ 巡って風を纏え
いつか心に花が咲いて全てを愛せたなら
≪Alba 歌詞より抜粋≫
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サビの歌詞では、まさに「僕」が持つ思いが歌われています。
「特別な日々は要らない 在り来たりで良い」というのは強がりでなく「僕」の切実な願いではないでしょうか。
私たちが当たり前に過ごしている退屈な日々も、「僕」にとってはこの上なく羨ましいもの。
たとえば、「火曜日」の「僕」は一週間の内、火曜日の世界しか見ることができません。
休館日が火曜日のためいつも閉まっている図書館。ゴミ出し、部屋の掃除に通院。
彼の行動はいつも決まっていて、そこから抜け出すことはできません。
「火曜日」の「僕」にとって、明日も明後日もしあさっても、迎える朝はいつも火曜日。
図書館は永遠に閉まっていて、訪れることのできない場所なのです。
なんとも不自由で、ストレスが溜まりそうな生活ですね。しかしそんな日常を、"7人の僕"たちは何年も過ごしているのです。
そう考えると「特別な日々は要らない」という歌詞が、胸に突き刺さりますね。
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暗がりの中で生まれた光はただ
あまりに綺麗で見惚れていた
季節よ 巡って夜を纏え
いつか心に穴が空いて痛みが住み着こうとも
≪Alba 歌詞より抜粋≫
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「暗がりの中で生まれた光」は、水曜日が消えたことによって動き出した、「僕」たちの心の変化にも重なります。
7人いるから、1週間の内に1日しか自由に過ごせなくても仕方がないと、そう受け入れていたのでしょう。
しかし「水曜日」が消えたことで「火曜日」は初めて、水曜日の世界を知ることになります。
空いている図書館。いつもと違うテレビ番組。
昨日までの自分とは違う世界、違う景色を味わえる喜びは、いかほどでしょうか。
1人1日というルールが破られたことで、”7人の僕”が保っていた公平性は失われました。
それによって「月曜日」の「僕」は”「自分」のままで、他の曜日も過ごしたい、もっと自由が欲しい”という願いを抱くようになります。
これまで大人しく月曜日だけを生きてきた彼にとって、他の曜日も自分でいたいという切なる願いこそが、「暗闇の中で生まれた光」なのかもしれません。
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煩いくらいに鼓動は胸を叩く
今も消えない想いばかり
季節よ 巡って糸を辿れ
いつか心に朝が差して全てを赦せたなら
特別な日々は要らない
在り来たりで良いと静かに笑ってみせた
季節よ 巡って風を纏え
いつか心に花が咲いて全てを愛せたなら
≪Alba 歌詞より抜粋≫
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どんなに葛藤しても、自分が消えてしまうかもしれない恐怖に怯えても、手に入らない「明日」に憧れても「僕」の毎日は動き続けます。
これまで、”7人の僕”がそれぞれの曜日で、それぞれの人格で築き上げてきた人間関係があります。
「今も消えない想い」をつなぐ「糸」は、1人1人の「僕」が持っている切るに切れない縁なのでしょう。
「心に朝が差して」というのは、葛藤や不満を抱えた「僕」の心の闇が晴れることを意味しているのではないでしょうか。
「全てを赦せたなら」という歌詞に、”いつか全てを受け入れられる自分になりたい”という思いがにじみ出していますね。
それぞれの「僕」にとって、1週間の内1日しか自由に使えないという不便な生活が当たり前でした。
本当は他の曜日も手に入れたい。
明日もあさっても、同じ「僕」でいたい。
そんな当たり前の欲望が、”7人の僕”にとってどれほど難しく、羨ましいことなのか、『Alba』を聴いていると、少し分かるような気がします。
まるで映画の世界!MVがすごい
『Alba』はMVも公開されています。
手がけたのは映画『水曜日が消えた』の監督を務めた吉野耕平。
CGアニメーションで描かれた世界には、映画に登場する小物が数多く登場しておりまるで”7人の僕”の生活を覗き見ているような、不思議な感覚に陥ります。
楽曲と映画の世界観が見事に融合した、素晴らしい映像作品に仕上がっているので、ぜひチェックしてみてください。
当たり前の毎日が愛おしくなる歌
須田景凪は『Alba』に「百人百様の日々を肯定する楽曲にしたい」というテーマを掲げています。
“7人の僕”のような特殊な生活ではなくても、人はそれぞれ違う日常を過ごしています。
だからどんな日常であっても、否定するのではなく全てを受け入れたい。
『Alba』を聴いていると、須田景凪のそんな温かな思いが伝わってきます。
“7人の僕”のバランスが崩れ、己の欲望に気づいてしまった「僕」たち。
しかし、それぞれの曜日に、大切な人や愛おしい日常がある。だからこそ、そんな日常を奪うのではなく愛したい。
まるで、お人好しの「火曜日」の思いを代弁したような歌ではないでしょうか。
7人7様の生活スタイルや趣味があり、不便なりに面白おかしく、不自由なりにの自由を過ごしていた「僕」。
『Alba』は、「僕」たちの風変わりな日常がたまらなく愛おしく思えてくるような楽曲です。
消えてしまった「水曜日」がどうなってしまうのか…。
その結末を劇場で、『Alba』と共に見届けたいですね。
TEXT 岡野ケイ