主人公は「愛されたい」と願っている
「東京テディベア」は、ボカロP「Neru」の初ミリオン達成楽曲です。Neru特有の激しいギターロックで奏でられるダークな世界観で多くの人々を魅了し、ボカロ界を代表する大人気曲の1つとなっています。
タイトルにつけられている「テディベア」は、不穏な空気とは真逆の可愛らしさが感じられます。
はたして、なぜこのような言葉がタイトルに選ばれたのでしょうか。
その理由を探る為、タイトルの意味を歌詞から考察してみようと思います。
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父さん母さん 今までごめん
膝を震わせ 親指しゃぶる
兄さん姉さん それじゃあまたね
冴えない靴の 踵潰した
≪東京テディベア 歌詞より抜粋≫
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不穏な空気の出だしの歌詞。
兄と姉の存在が歌われていることから、彼が末っ子だとわかります。
末っ子と言えば可愛がられるイメージがありますよね。
しかし、続く歌詞の「冴えない靴」という描写から、お下がりを着させられているのか、身なりがあまりよくないようです。
続く歌詞でもこう歌われています。
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見え張ったサイズで 型紙を取る
何だっていいのさ 代わりになれば
愛されたいと口を零した
もっと丈夫な ハサミで 顔を切り取るのさ
≪東京テディベア 歌詞より抜粋≫
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「愛されたい」とこぼす主人公。家族から主人公への態度は、良いものではないようです。
そこで主人公は、あるものを作り出します。
次はその点について考察してみましょう。
「テディベア」の言葉に込められた意味
歌詞をよく見ると、タイトルの「テディベア」を連想できる言葉が散りばめられています。----------------
あー、これじゃまだ足りないよ
もっと大きな ミシンで 心貫くのさ
≪東京テディベア 歌詞より抜粋≫
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「型紙」「ハサミ」「ミシン」これらの言葉から、主人公が何かを作ろうとしているのがわかります。
それこそが「テディベア」なのでしょう。
「ミシン」で貫いた「心」とありますが、主人公の「愛されたいと願っている心」を指しているのだと思われます。
すると、1番の「見え張ったサイズ」で取られた「型紙」も、主人公自身が張っている見栄のこと。
丈夫な「ハサミ」で切り取った「顔」というのは「愛されたい」と口から出た言葉をなかったことにする為に、顔ごと切り裂いたと捉えられます。
また「テディベア」というのは、人々から愛される存在ですよね。
「愛されたい」と願う主人公が作るには、ぴったりな代物です。
しかし「見え張ったサイズ」からわかるように、これはあくまでも主人公の「見栄」であり、元来の主人公自身とは全然違うものなのです。
つまり楽曲タイトルの「テディベア」とは、主人公の見栄の姿であるということです。
そんな無理して作ったもので可愛がられようとしても、本当にそこに幸せはあるのでしょうか。
次はこの楽曲の主人公の末路を見てみましょう。
主人公の末路
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もう何も無いよ 何も無いよ 引き剥がされて
糸屑の 海へと この細胞も
そうボクいないよ ボクいないよ 投げ捨てられて
帰る場所すら何処にも 無いんだよ
≪東京テディベア 歌詞より抜粋≫
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Cメロでは、ついに主人公は自分自身が「何も無い」ことに気づきます。
周囲に「愛されたい」という思いで、無理やり作り上げた「テディベア」。
結果、主人公自身の面影がどこにもなくなってしまいました。例えこの「テディベア」が愛されても、本当の意味で自分自身が愛されるわけではないとわかったのです。
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存在証明。
あー、shut up ウソだらけの体
完成したいよ ズルしたいよ 今、解答を
変われないの? 飼われたいの? 何も無い? こんなのボクじゃない!
縫い目は解けて引き千切れた
≪東京テディベア 歌詞より抜粋≫
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大サビでは、はっきりと「ウソだらけの体」と歌っています。
愛される為に作り上げようとする反面「こんなのボクじゃない!」と怒り狂い「テディベア」を破壊する。
まるで主人公自身が、この現実に耐えられなくなってしまったかのようです。
そして最後の歌詞で、ついにこのような内容が歌われてしまいます。
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煮え立ったデイズで 命火を裁つ
誰だっていいのさ 代わりになれば
≪東京テディベア 歌詞より抜粋≫
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ここで出て来た「命火」には、2つの考察パターンが挙げられます。
1つは、主人公自身の「命火を絶つ」といったもの。
モチーフであるテディベアとかけて「絶つ」を「裁つ」に例えているのだと仮定すると、主人公が自らその命を絶ってしまったと捉える事ができます。
もう1つのパターンは、失敗作であった「テディベア」を文字通り「裁つ」といったもの。
作り上げたものが失敗作であるならば、それを一度切り捨て、また新しく作り直せばいいだけなのです。
つまりこの「命火」とは、また新しい理想の「ウソだらけの体」を作る為に、己の「本音」という名の「命火」を裁ったと捉える事ができるのです。
どちらにせよ、主人公が自分自身を殺そうとしている事には変わりありません。
そしてこの考察に深く関わってくるのが、楽曲名にもある「東京」であったりします。
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冴えない靴の 踵潰した
≪東京テディベア 歌詞より抜粋≫
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楽曲の最初の方で歌われていたこのフレーズ。ここから主人公が靴を履き、外に出て行ったことが推測できます。
きっと外に広がっている場所こそが、この楽曲の「東京」なのでしょう。
東京は人が多くはびこる場所です。
街を歩く人が1人、姿を消したところで、それに気づく者はいないでしょう。
つまり命火を絶ち消すには、ぴったりな場所だということです。
愛されたかった主人公が愛される為にもがき苦しみ、結局愛されぬまま「東京」で「命火」を裁つ。
「東京テディベア」とは、そんな主人公の過酷な人生を、一言で表現する為につけられたタイトルだったのかもしれません。
TEXT 勝哉エイミカ