屍のように生きる主人公の歌
2020年3月歌い手Adoが表現力豊かな歌声でニューバージョンとして投稿し、再び多くの人々の心を魅了した楽曲『シカバネーゼ』。Adoの歌う『シカバネーゼ』は、ニコニコインディーズランキングにて最高7位にランクイン。
YouTubeでは180万越えの動画再生回数を誇る大人気楽曲となっています。
原曲は2013年に『Heretic』にてボカロデビューしたボカロP「jon-YAKITORY」が、2019年に投稿した楽曲です。
今回はそんな人気楽曲の理由「歌詞への共感性」にフォーカスして考察しようと思います。
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明日の事を考える事も嫌になってんだ
「僕らなんて、僕らなんて」
そう言いながら屍と化したんだ
≪シカバネーゼ 歌詞より抜粋≫
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絶望に伏しているような不穏な歌詞から始まる出だし。
明日の事すら考えるのが嫌な主人公が「屍」と化した事が歌われており、非常に暗い歌詞となっています。
しかし「屍」と言っても実際に死んでいるわけではない事が、2番サビにて歌われています。
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何年経ってもまた
死んだ様に生きる僕を
さあ神様 壊して壊してよ ねえ
どうなったって知らない
カラカラに乾く僕の心臓にさ
触って触ってよ ねえ
≪シカバネーゼ 歌詞より抜粋≫
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「死んだ様に生きる」という歌詞から、主人公の「僕」が実際に死んでいるわけではないとわかります。
「屍」や「カラカラに乾く僕の心臓」というのは、そんな死んでいるような心地で生きる主人公の状態を比喩しているのでしょう。
楽曲タイトルにもある「シカバネ」も、この部分から由来しているのかもしれません。
しかしなぜ主人公は、このようになってしまったのでしょうか。
主人公を「屍」にしたもの
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あれやこれやと考えてはまた
這い回ってんだ
死を想って 血を吐いて
何処か遠く 彷徨続けんだ
この地獄から抜け出せないと悟りきってんだ
≪シカバネーゼ 歌詞より抜粋≫
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1番Bメロにて歌われる「死を想って」という歌詞。
ここから、主人公が死にたいと思っていると考察できます。
その原因は前脈の「あれやこれやと考えて」のところにあると思われます。
はたして主人公の頭を悩ます「考え」とは何か。
その答えと思われるものが、続く2番Aメロにて歌われています。
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誰かを恨めたらどれほど気楽だったんだ
故に極刑 自分を罰せ
健康な心を食い殺すんだ
自分の醜さにほとほと呆れてしまったんだ
目を潰して 耳を切って
それでも声は消えてくれないのさ
≪シカバネーゼ 歌詞より抜粋≫
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答えと思われるのは「誰かを恨めたらどれほど気楽だったんだ」という歌詞。
ここから主人公が誰かを恨まずに過ごして来た人間であると推測できます。
普通に考えれば、とてもいい事のように聞こえます。
しかし裏を返せば「他人の責任にできない」「他人のせいで自分に迷惑がかかっても全て自分の責任にしてしまう」と言った言葉にも聞こえなくありません。
臆病で気弱な人間の言葉に聞こえますが、多くの人々が一緒に生活をしている人間社会の中では、本音で言えることばかりではないのが事実です。
主人公が現実に絶望している理由も、ここにあるのかもしれません。
これはそうした社会の中において、抑えつけられてしまった主人公の本音。
主人公自身は、そんな自分の思考を醜いものと捉えているようです。
どんなに醜く思っても自分の本当の気持ちは変えられない。
その矛盾の結果が「健康な心を食い殺すんだ」という歌詞なのでしょう。
どうやら主人公の心は病んでしまったようです。
主人公の言う「屍」とは、病んでしまった心を示したものなのでしょう。
抑え込まれた本音、それを醜いと思う主人公の矛盾する思い。
それらが心を蝕み「屍」にさせてしまったようです。
現代社会を生きる人々だからこそ、生まれる「共感性」
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本性なんて見せない
美しい僕らのまま
さあ神様 壊して壊してよ ねぇ
≪シカバネーゼ 歌詞より抜粋≫
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「本性」というのは、先刻の主人公自身の本音の事だと思われます。
他人には決して言えない本音。むしろ他人には絶対に見せないと決めているようです。
続く「美しい」という言葉からもそんな本性を隠し、表面的に人当たりの良い言葉ばかりを述べるさまが想像できます。
神様にそのままの自分で壊してと願い乞うのは、きっと他人に本性がバレる前に「いい人」でいる今のまま死にたいと願っているのかもしれません。
さらに1番と大サビで、主人公はこのように歌っています。
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千年たっても癒えない
この傷を背負ってお終い
ねえ、神様
殺して 殺してよ、ねぇ
全部僕のせいさ
同じように戻せはしない
最後にまた
笑って笑ってよ 僕に
≪シカバネーゼ 歌詞より抜粋≫
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「全部僕のせい」という歌詞からは、主人公自身が自分の心が病んだ理由さえも自分の責任であると言っている事が推測できます。
己の醜い考えのせいで今のような自分になったのだと、歌うさまが想像できます。
しかし本音を隠し、いい人であらねば生きていけない、またはそうするように考えさせられてしまう社会そのものにも、原因はあるように感じられます。
多くの人々が共感するのは、我々もまた主人公と同じくそんな社会の中で生きている人間だからなのかもしれません。
同じくこの世界で生きる者として、覚えのある苦しみに心詰まるものがあるのでしょう。
本音を隠し、いい人でいる事で生きていられる社会。
しかしそれでは本当の意味で生きてるとは言えない。
これは現代社会の中で生きる我々だからこそ感じる事のできる、この楽曲の魅力なのでしょう。
TEXT 勝哉エイミカ