大正浪漫な世界観
2020年4月、YouTubeに投稿された空白ごっこの『だぶんにんげん』。アニメーション作家の壇上大空が手掛けたMVは、大正浪漫風の世界観で描かれたリリックビデオとなっています。
その世界観はMVだけでなく楽曲の雰囲気や歌詞、メロディさえも巧みに表現されています。
ここで言う大正浪漫とは、実際の大正時代の文化のことではなく近年インターネットを中心に形作られたイメージのことです。
ボーカロイド楽曲には千本桜をはじめとした、本来の大正浪漫とは異なる独自のイメージがあります。
インターネットシーンから登場したアーティストである空白ごっこも新たなイメージに則り、その世界観を展開していると考えられます。
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遅ようさん 木偶の坊殿
縁取られた時計の音 お前は僕
空っ穴の輪 洞窟の泥
掘り返した 時計の音 煩いな
≪だぶんにんげん 歌詞より抜粋≫
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歌詞を見ると、この大正浪漫とは一体何なのかがわかるでしょう。
現代ではあまり見慣れない言葉や少し古めかしい様子の言い回し、これらが雰囲気を形作っています。
明確な定義はありませんが「なんとなく昔っぽくてなんとなく知的に感じる」といった形でしょうか。
この歌詞中では「遅ようさん 木偶の坊殿」「空っ穴の輪」などがそれに当たります。
意味はわからないけれど、どこか古風な感じを漂わせていますよね。
「煩いな」など現代では見かけることが少なくなった漢字をあえて当てるのも、その特徴の一つと言えるでしょう。
曲名に隠された意味
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大きなバツを頂戴した
先生は笑いながら宣った
価値はないものと理解した
口を結び 僕は笑う
何も言えないままで
≪だぶんにんげん 歌詞より抜粋≫
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大正浪漫風の歌詞は「なんとなく」の感覚で成り立っています。
そのため言葉の意味や内容をはっきりと推測することは難しいです。
感覚を研ぎ澄まして、歌詞の内容にも触れていきましょう。
先生が登場することから学校での一幕だということがわかります。
大きなバツとは解答を間違えたことや赤点を取るなど、学校生活における烙印を押されたのでしょう。
これに対して先生が笑っているということは「僕」は馬鹿にされているのです。
そんな扱いを受けて悔しく思いつつも、自分に価値がなく劣っていることを自覚していることから「口を結び 僕は笑う 何も言えないままで」黙りこんでしまったのでしょう。
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お前は駄文 駄文 まだ探してるのだ
≪だぶんにんげん 歌詞より抜粋≫
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曲名にもある「駄文」は、この楽曲の内容に関わる重要なワードです。
意味はくだらない文章、このことから『だぶんにんげん』はくだらない人間という意味になることがわかります。
歌詞の文脈から考えて先生が「大きなバツを取るようなお前は駄文のようにくだらない、価値のない人間だ」と言っている描写となります。
さらに「駄文」が2回繰り返されていることと、その後ろの歌詞との繋がりから、そのままの意味も込められているようです。
つまり「お前は駄文ばかり探しているような人間だから駄文人間なんだ」という意味もあるということです。
そう仮定すると続く歌詞も理解がしやすくなります。
楽曲が伝えたいこととは?
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あれがない これがない
こんな時に限って もう見つからない
詰まり明日もない 明日を捥いでいる
知りませんでした
すみませんでした
≪だぶんにんげん 歌詞より抜粋≫
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ここでは「駄文」を探しても見つからず、見つからなければ明日はないと言うほど、それに対する思い入れがわかるフレーズです。
あなたの趣味と置き換えてかんがえてみましょう。
例えばC級映画を観ることが何よりも好きなあなたは、何本もの作品を観てお気に入りのC級映画を探すことに全力を注いで生きています。
そんなあなたが学校で悪い成績をとってしまい「C級映画ばかり見てるからお前もC級の人間なんだ」と悪態を突かれたらどうでしょう。
悔しいですが、図星かもしれないとも感じるのではないでしょうか。
しかし、そうだとしてもC級映画を探すことをやめることができない。
そんな様子をこの歌詞は描いているように思います。
駄文であれ映画であれ、それがなければ明日さえも生きられないと思えるものがある人間を肯定する気持ちを表現してくれているのです。
趣味などを頭ごなしに否定してくる人間は一定数いるでしょう。
そんな人々に何を言われても傷つかないように『だぶんにんげん』という仲間の存在で勇気付けている。
これが『だぶんにんげん』に隠されたテーマなのではないでしょうか。
TEXT 富本A吉