同性愛者のために作られた作品
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2020年1月に公開された映画『his』は、過去に恋人関係だった男性が大人になり再会。
家族の在り方や同性愛の偏見や差別に悩まされながらも、一緒に生きていこうとする姿を描いた作品です。
本作に原作はなく、脚本・企画をアサダアツシが担当しました。
かつての仕事仲間から「自分たちゲイが学生時代に観たいと思っていた、恋愛っていいと思えるドラマを書いてほしい」という言葉を思い出し映画化が始まりました。
映画公開後の同年4月には、本作の前日譚となるドラマ『his〜恋するつもりなんてなかった〜』を放送。
映画の13年前が舞台で、高校生の2人が出会い、友情から恋へと変化していく、切なくてもどかしい純愛ストーリーが描かれています。
別れた恋人が娘を連れて会いに来た
訳あって両親と離れ、1人江ノ島で暮らす日比野渚。
そこへ春休みを迎えた井川迅が、単身赴任中の父親に会うためやってきます。
ひょんなことから出会った2人は友人となり、仲を深めていきますが、いつしか渚は彼に対して友情以上の特別な感情を抱くようになるのです。
それは彼も同じでした。
お互いの気持ちに気づいた2人は、初めての感情に戸惑いながらも、恋人となり幸せな生活を送ります。
しかし、迅の大学卒業を間近に迎えた頃、渚は彼に突然「一緒にいても将来が見えない」と別れを告げます。
そのまま2人は離れ離れになってしまいました。
それから8年後……。
大人になった迅は、周囲に自分がゲイだと知られないように、田舎でひっそりと暮らしていました。
そこへ、かつての恋人である渚が現れます。
しかも彼には6歳になる娘・空がいました。
そして「しばらくの間、居候させてほしい」と言い出すのです。
突然の再会とお願いに動揺する迅でしたが、流されるままに彼らを受け入れます。
実は彼は妻である玲奈とは離婚し、娘の親権を巡って協議中でした。
迅と別れたのも、自身のマイノリティに悩んだ結果、女性と結婚して子どもを育てていこうという気持ちがあったからでした。
けれど、彼が心から愛するのは迅でした。
自分の心に嘘をつけなくなった彼は妻との離婚を決意し、迅のもとへ現れたのです。
ある日、妻がやってきて娘を東京へと連れて帰ってしまいました。
娘を失い、落ち込む彼の姿を見た迅は、ある決意を言葉にします。
「渚と空ちゃんと3人で一緒に暮らしたい」
一緒に生活していくうちに、迅の中にもずっと塞いでいた渚への愛情が戻ってきて、彼らと家族になりたいという気持ちが芽生えてきていたのでした。
娘と一緒に暮らすため、2人は離婚調停を進めていきますが、彼らはその過程で関係者たちから、同性愛に対する偏見や差別の言葉を浴びてしまいます。
自分たち同性カップルが取り巻く環境の厳しさを、改めて知ることになった2人。
誰もが自分らしく生きるためには、一体どうすればいいのか……。家族の在り方とは。
LGBTQの偏見が生々しくてリアル
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映画『his』では、同性同士の恋愛ストーリーだけでなく、LGBTQと社会における根強く残る偏見やシングルマザーが抱える現状、新しい家族の在り方が生々しく描かれています。
現在の日本において「LGBTQ」という言葉が周知され、どんな人たちなのかというのはざっくりと知られていますが、社会の環境としてはかなり厳しいのが現状です。
彼らを認める法律は日本にはまだありませんし、私たちも実際に自分の身近にいる人がそうだったとしても、すんなりと受け入れることは難しいでしょう。
そしてそこにもう一つ、社会の問題として挙げられるのが「シングルマザーの過酷な現状」。渚の妻・玲奈は、バリバリのキャリアウーマンです。
家庭での役割は妻が一家の大黒柱として仕事をし、夫が家庭と娘の面倒を見ていました。
しかし突然、心を許していた夫に裏切られてしまいます。心にぽっかりと穴が空いてしまった妻にとって、唯一の救いは娘の存在でした。
けれど、今まで夫がやっていたことを、全部1人でこなすことはとても大変なこと。
妻も夫と同じように、社会とのギャップに悩まされていたのです。
本作ではこのように、社会との偏見や格差を切なくなるほど生々しく描写。
ですが最後には、みんなが心から笑えるような結末を迎えています。
「普通」とは「幸せ」とは何か。LGBTQの問題を通して、家族の在り方を教えてくれる作品です。
若手俳優が同性カップルを演じる
映画『his』を手掛けたのは映画『愛がなんだ』の監督、今泉力哉。主役の井川迅を演じたのは、ドラマ『偽装不倫』で杏の相手役を務め話題になった宮沢氷魚。
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本作では落ち着いているように見えて、心の中では自身のマイノリティと静かに葛藤している繊細な役柄を演じました。
そして、もう1人の主役である日比野渚を演じたのは藤原季節。映画『ケンとカズ』や『全員死刑』で、インパクトのある役を演じてきました。
本作では、娘との微笑ましい親子シーンを見せ、父親らしい姿を披露しています。
同性カップルという難しい役柄を演じた2人。
若手ながら、繊細で観ていて思わず息を呑むような美しい演技に見惚れてしまうほど。
本当に家族なのではと思うほど、仲睦まじい姿は必見です。
<キャスト一覧>
井川迅:宮沢氷魚
日比野渚:藤原季節
日比野玲奈:松本若菜
吉村美里:松本穂香
日比野空:外村紗玖良
野田文子:中村久美
緒方:鈴木慶一
吉村房子:根岸季衣
水野弁護士:堀部圭亮
桜井弁護士:戸田恵子
登場人物に寄り添う主題歌「マリアロード」
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映画『his』の主題歌『マリアロード』を担当したのは、シンガーソングライターのSano ibuki。
2017年に音楽活動を始め、2019年に1stアルバム「STORY TELLER」でメジャーデビュー。
同年12月にアニメ映画『ぼくらの7日間戦争』と2020年に本作で主題歌に抜擢された、今注目の新人アーティストです。
『マリアロード』は今泉監督の依頼で、本作のために描き下ろした楽曲。
制作にあたって監督とSanoは、数時間話し合いをして楽曲の雰囲気や世界観を作り上げていったとのこと。
主人公たち、そして彼らに関わる人物たちが「普通」という型に縛られながらも、自分らしく生きていこうとする彼らに寄り添う楽曲です。
切なさに暮れる彼らを、音楽が優しく包み込みこんでいます。
Sanoの歌声も魅力的で、彼の優しさや体温すべてが感じられる、ぬくもり溢れるものになっています。
LGBTQの理解を深める作品
LGBTQという言葉が世界中で広まっていますが、日本ではまだまだ理解が進んでいません。
映画を通して、少しでも多くの人にLGBTQの人たちが抱える問題や現状を知り「そういう人がいる」「そういう考えもある」と感じるきっかけになればと思います。
また、本作にはLGBTQの問題だけでなく、様々な問題にフォーカスした作品になっています。
自分のマイノリティに葛藤している人、仕事や家事、育児の両立に悩んでいる人、身近にそういう人がいる人にも希望になる作品です。
TEXT あるこ
2017年、本格的なライブ活動を開始。 ⾃主制作⾳源「魔法」がTOWER RECORDS 新宿店バイヤーの⽿に留まり、同年12 ⽉に同店限定シングルとして急遽CD 化、期間限定販売 (現在は販売終了)。 2018年7月4日、初の全国流通盤となる1st mini album 『EMBLEM』を発売。 構想約2年かけて、Sanoが紡ぎ···