待望の新作「盗作」をリリース
ボカロPとして絶大な人気を誇るn-bunaとボーカルのsuisからなる2人組のロックバンド・ヨルシカ。
ネットシーンから始まり、現在では日本音楽シーンで多大な注目を集めている彼らが2020年7月29日に『盗作』をリリースしました。
この作品は「音楽の盗作をする男」を主人公として、男の破壊衝動を描いたコンセプトアルバムとなっています。
この作品に収録された『レプリカント』は、盗作に遠くも近い「複製品」をテーマにした楽曲。
疾走感のあるギターサウンドに乗せて、思考を駆り立てるように人間の本質を問うこの楽曲にはどんな意味が込められているのでしょうか?
歌詞に焦点を当てて、この楽曲に込められたテーマを紐解いていきましょう。
「レプリカント」の意味とは?
まずはじめに、タイトルである「レプリカント」の意味を把握しておきましょう。
レプリカントとは、複製品を意味する「レプリカ」から派生された造語です。
映画「ブレードランナー」で人造人間を意味する言葉として登場し、世間一般に広く浸透。
その後、様々なSF作品で人造人間やクローン人間など「人間の複製品」を意味する言葉として用いられるようになりました。
このことを念頭に置いて、歌詞を考察していきます。
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君は映画をずっと観ている
誰一人もいない劇場で
今思えばチープなセットで人のよく死ぬSF映画
いつか世界が真面になって、人の寿命さえ随分伸びて、死ねない世界になればいいのにね
≪レプリカント 歌詞より抜粋≫
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『レプリカント』の物語は、映画や小説のような物語の幕開けを感じさせるシーンから始まります。
静まり返った劇場でやかましく上映される映画を、容易に想像できる優れた情景描写です。
ユートピアとも言える世界を望む最後の一文と「誰一人もいない劇場」から逆説的に推測するに、もしかするとこの世界では人がほとんど死に絶えてしまったディストピアの世界なのかもしれません。
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そしたら心以外は偽物だ
言葉以外は偽物だ
神様だって作品なんだから
僕ら皆レプリカだ
いつか季節が過ぎ去って
冷たくなって年老いて
その時に
≪レプリカント 歌詞より抜粋≫
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続くフレーズは楽曲のサビに当たる歌詞です。
ここでは複製に関連する「偽物」や「レプリカ」といった言葉が登場。
この歌詞によると心と言葉以外は偽物で、神様のことを作品と捉え、さらには「僕ら皆レプリカだ」と人間が複製品であるとも言っています。
世界には「人間は神様の姿を与えられた存在だ」とする思想があります。
神様の姿がオリジナルの作品であり、その作品を真似て作られた人間は神様のレプリカに過ぎないという考え方です。
おそらく、このフレーズはこの思想に基づいて描かれたものでしょう。
だからこそ心と言葉以外、つまり体は偽物でレプリカだと言っているのです。
裏を返せば、心と言葉は人間一人ひとりが持つ固有のもので、その全てがオリジナルだと捉えることができます。
歌詞に込められた意味を紐解くヒントが隠されていそうですね。
「主観と客観」「本物と偽物」
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僕は映画をずっと観ている
つまらないほどに薄い映画
席を立ってからやっと気付く
これは僕を描いたドラマだ
≪レプリカント 歌詞より抜粋≫
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はじめのフレーズと対応するような歌詞がここで登場します。
先程は「君は映画を〜」と客観的視点だったのが「僕は映画を〜」と主観的な一人称視点へと変化しました。
このことから、僕と君は一緒に映画を観ていて、先程と同じシーンを描写したものだと推測できます。
ということは「チープなセットで人のよく死ぬSF映画」と「つまらないほどに薄い映画」「僕を描いたドラマ」は全て同じものだということになるでしょう。
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いつか僕らは大人になって、
手に入れるものも大きくなった
次は愛でも買えればいいのにね
≪レプリカント 歌詞より抜粋≫
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自分の人生を描いたドラマが「つまらないほどに薄い」と自覚した後に、僕は愛を望みます。
歌詞冒頭で平和な世界を望み、ここでは愛を望むことから、やはり、主人公にはユートピア思想のようなものがあるのではないのでしょうか。
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あんたの価値観なんて偽物だ
思い出だって偽物だ
心は脳の信号なんだから
愛も皆レプリカだ
いつか季節が過ぎ去って
思い出ばかりが募って
その時に
≪レプリカント 歌詞より抜粋≫
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物語は2回目のサビへ突入します。
先程は、心と言葉だけは偽物ではないという主張が見て取れました。
ここで登場する価値観や思い出は、大きくくくれば心に該当するものです。
ですが、今回のフレーズでは価値観に思い出、愛までも偽物だと否定して先程とは矛盾を感じる内容となっています。
1つ考えられるのは、1回目のサビで述べられていた内容は自分に対しての言葉で、2回目のサビは自分以外の人間へと向けられたものではないか、ということです。
この場合、複製品の基準は神様ではなく「主観」になります。
主観を持つ自分がオリジナルであり、他人が持つ客観性は全てレプリカであるということです。
これは、自分自身にしかオリジナリティは感じられないとも言い換えられるでしょう。
客観的な意見も、それは主観を通して述べられたものであるため、結局人は主観でしか物事を考えることができないのです。
否定の先にある人間の本質
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満たされるならそれで良かった
歌を歌うのに理由も無いわ
他人の為に生きられない
さよなら以外全部塵
人を呪う歌が描きたい
それで誰かを殺せればいいぜ
夏の匂いに胸が詰まっていた
≪レプリカント 歌詞より抜粋≫
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続くのは自分以外を全て否定するような言葉の数々です。
「他人の為に生きられない」などの言葉からも、主人公が自分本位的な考えを持っていることが確認できます。
やはりこの物語は自分以外を「レプリカ」だと否定するものなのでしょうか?
ですが、最後の一文「夏の匂い〜」からは、とても人間的な情緒を感じます。
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僕らの心以外は偽物だ
言葉以外は偽物だ
この世の全部は主観なんだから
君も皆レプリカだ
さよならだって投げ出して
このまま遠く逃げ出して
≪レプリカント 歌詞より抜粋≫
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先述した考察を裏付ける「この世の全部は主観なんだから」という言葉。
主人公は「君も皆レプリカ」だと考えているのです。
これらの言葉は否定のようにも聴こえますが、果たしてそうなのでしょうか。
最後の2文は、悩みや葛藤、やるせなさを抱えたことから衝動的な感情が爆発してしまった様子です。
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言葉で全部表して
心も愛も書き足して
それでも空は酷く青いんだから
それはきっと魔法だから
いつか季節が過ぎ去って
冷たくなって年老いて
その時にやっとわかる
僕もその青さがわかる
≪レプリカント 歌詞より抜粋≫
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最後の歌詞からわかるのは、心と言葉だけはやはり「本物」だということではないでしょうか?
言葉で表現し、心や愛を豊かにしていく。
そんな理想が描かれているのでしょう。
「空の青さ」に関する描写は「魔法」「年老いたらわかる」と、現時点では空の美しさを理解できていないような含みのある描写となっています。
美しさに憧れを持ちつつも、それを理解できないことを悔しく思っているのではないでしょうか?
以上で、歌詞の全文を考察してきたことになります。
まとめると、主人公は「この世は全て主観だ」と思っていて、自分以外の人間を否定するような言葉も吐いていました。
ですが、節々で非常に人間らしく愛を求めたり、夏の匂いや空の青さに情緒を感じている様子もあります。
これらを踏まえて導き出した仮説は以下の通りです。
主人公は主観でしか物事を考えることのできない人間の性に心を悩ませていた。
主観でしか判断できないという悩みは膨れ上がり、次第に自分以外の全てをレプリカだと考えてしまうようになる。
時に自分も誰かのレプリカなのではないかと悩みもした。
だが心の中にはレプリカ同士である人間がわかりあえる日が来る、といった理想も抱えていて、人間のコミュニケーションから生まれる言葉や愛にこそ本質があると願っている一面もある。
主観と客観の境界線で揺れる主人公には、夏の匂いに胸が詰まったり空の青さに心を打たれる理由がわからないが、いつかわかりたいと願っており無意識に憧れを感じている。
この歌詞で描かれた物語には、このような背景があるのではないでしょうか?
人間の持つ主観性やアイデンティティの悩み、「レプリカ」を引き合いに出して描いた物語。
主人公が抱える悩みは、人間が誰しも直面したことのある悩みでしょう。
主観でしか物事を知ることができないということは、他者がロボットのような自分とは違う存在であっても気付けないということ。
そんな他者との繋がりから生まれる愛や感受性に、疑問を感じてもおかしくはありません。
タイトルの『レプリカント』とは自分から見た他者であり、他者から見た自分でもあります。
人間の本質は自分の心の中にあるのか、それとも他者を認めることにあるのか。
1つの生き方を問う壮大なテーマです。
一つの可能性として、この物語に登場する全ての登場人物は文字通りの「レプリカント」で、人間ではない存在だということも考えられます。
複製品である彼らが、オリジナリティや自分の存在意義を探している物語が『レプリカント』なのだとしたら。
TEXT 富本A吉