「逃亡」に込められた意味を考察
ボカロPとして絶大な人気を誇るn-bunaとボーカルのsuisからなる2人組のロックバンド・ヨルシカ。
ネットシーンから始まり、現在では日本音楽シーンで多大な注目を集めている彼らが、2020年7月29日に『盗作』をリリースしました。
この作品は「音楽の盗作をする男」を主人公として、男の破壊衝動を描いたコンセプトアルバムとなっています。
この作品に収録された『逃亡』は「もっと遠く行こうよ」「もっと逃げて行こうぜ」と、タイトル通りに「逃亡」をテーマにした楽曲です。
しかし、曲調はジャズを基調とした落ち着いたミドルテンポ。
歌詞も蒸し暑い夏を感じさせる情緒に溢れたものとなっており、「逃亡」というテーマにはそぐわないようにも感じられます。
歌詞の内容に注目して、この楽曲の本質とタイトルに込められた意味を明らかにしていきましょう。
「逃亡」からはほど遠い美しい情景
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夏の匂いがしてた
あぜ道、ひとつ入道雲
夜が近づくまで今日は歩いてみようよ
隣の町の夜祭りに行くんだ
≪逃亡 歌詞より抜粋≫
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こちらが冒頭の歌詞になります。
少し田舎臭い夏の情景を即座に思い浮かべることができる、シンプルながら深みのある歌詞です。
しかし、焦りや忙しない様子は一切なく逃亡というよりは、思索にふける散歩のような印象を持ちます。
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温い夜、誘蛾灯の日暮、鼻歌、軒先の風鈴、
坂道を下りた向こう側、祭り屋台の憧憬
夜が近付くまで今日は歩いてみようよ
上を向いて歩いた、花が夜空に咲いてる
≪逃亡 歌詞より抜粋≫
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小気味いいリズムで刻まれる漢字の羅列が世界観を深めていきます。
言葉の意味だけに注目すると、一昔前の日本の風景を思い描くことができ、語感や字面からもどこか田舎っぽさや懐かしさを感じますよね。
音楽と歌詞、その両方で深く世界観を構築するヨルシカの技量がうかがえます。
ですが「夜祭りに行くんだ」と、やはり逃亡の雰囲気はありません。
「一夏の美しい思い出」
ここまでの歌詞だけを見ると、そんなタイトルが思い浮かぶようです。
夏の匂いは思い出の中に
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夏の匂いがしてた
あぜ道のずっと向こうへ
誰一人人の居ない街を探すんだ
ねぇ、こんな生活はごめんだ
≪逃亡 歌詞より抜粋≫
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ここで初めて、逃亡と結びつくような歌詞が登場します。
「誰一人人の居ない街を探すんだ」という台詞は、人目を気にしながら逃げ回る人物らしい言葉です。
続く歌詞も、逃亡生活が苦しいことを表しているように読み取れます。
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さようなら、手を振る影一つ、夜待ち、鼻先のバス停
思い出の中の風景はつまらぬほど綺麗で
夜が近付くまで今日も歩いていたんだ
目蓋を閉じれば見える、夏の匂いがする
≪逃亡 歌詞より抜粋≫
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物語を紐解くにあたって核心的な歌詞が出てきました。
このフレーズ全体から推測できるのは、これまでに美しく描写されてきた情景は「思い出の中の風景」だったということです。
「目蓋を〜」からわかるように、綺麗な夏は目を閉じて思い浮かべていた回想のシーンでした。
驚くほどに情緒的で美しく描かれた記憶は、時間が経って美化された思い出だったからなのかもしれませんね。
この歌詞は、逃亡中に記憶の中の綺麗な思い出に浸っている様子を描いた物語、ということが明らかになりました。
逃亡中の心境、思い出の存在
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さぁ、もっと遠く行こうよ
さぁ、もっと逃げて行こうぜ
さぁ、僕らつまらないことは全部放っといて
道の向こうへ
≪逃亡 歌詞より抜粋≫
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サビ部分に該当する以上の歌詞。
タイトルのみに注目して目を通すと、逃亡中の心境を表しているように見えます。
確かにこれは、逃亡中の台詞と言えるでしょう。
ですが、逃げる最中に記憶を思い起こしていたことを考えると、ただ遠くへ逃げたいだけの台詞には思えませんよね。
この台詞には何か別の心情が隠されているのではないでしょうか?
しかし、この楽曲の歌詞だけに着目しても、その全容は明らかにならないでしょう。
「つまらないこと」などの言葉も意味深ですが、曖昧で捉えどころがありません。
そこで思い出して欲しいのは、この楽曲が収録されている『盗作』は「音楽を盗作する男」を主人公としたコンセプトアルバムだということです。
つまり、この歌詞中において逃亡している人物は「音楽を盗作する男」であり、美しい夏の思い出も彼のものであると推測できます。
そして、この作品に収録されている他の楽曲にも「夏」の描写は登場します。
主人公が持つ、この「夏」への感情はアルバムを通して紐解くことで、初めて理解できるのではないでしょうか?
この楽曲の歌詞からわかるのは「夏の思い出」が主人公にとって特別なもので、逃亡することよりも優位性が高いということです。
『逃亡』を聴く際には、ぜひアルバム全体を通して歌詞の内容を考察してみてください。
TEXT 富本A吉