「STRAY SHEEP」がチャートを席巻
前作から2年9ヶ月ぶりに発売された、米津玄師の5枚目のオリジナルアルバム『STRAY SHEEP』。
2020年8月5日にリリースされると、オリコンの「週間アルバムランキング」「週間デジタルアルバムランキング」で2週連続1位を獲得。
「週間ストリーミングランキング」では、6曲が同時にTOP10入りを果たします。
累積売り上げは100万枚を突破し「平成生まれのアーティスト作品(ソロ作品が対象)史上初ミリオン」を記録。圧倒的な人気を見せつけました。
モチーフは「銀河鉄道の夜」
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カムパネルラ 夢を見ていた
≪カムパネルラ 歌詞より抜粋≫
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破竹の快進撃を続ける『STRAY SHEEP』のプロローグを飾る重要な曲が『カムパネルラ』です。
『カンパネルラ』というタイトルから、この曲のモチーフが宮沢賢治の有名な童話『銀河鉄道の夜』だと気がつく人も多いでしょう。
『銀河鉄道の夜』は、孤独な少年ジョバンニと親友のカムパネルラが銀河鉄道に乗って星空を旅する物語。
実は、その旅はジョバンニが星祭の夜に見た夢で、夢の中の銀河鉄道は死者を天上へと運ぶ列車でした。
そして、目が覚めた時、ジョバンニはカムパネルラが川に落ちて亡くなったことを知らされます。
「リンドウの花」が意味するもの
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君のあとに 咲いたリンドウの花
≪カムパネルラ 歌詞より抜粋≫
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ジョバンニとカムパネルラが銀河鉄道で見た美しくも不思議な景色の中に現れる、たくさんの「リンドウの花」。
リンドウには、宮沢賢治の亡くなった最愛の妹トシへの想いが込められているという説や、カムパネルラの亡くなった母への想いが表現されているという説があります。
賢治にとって死者を想う気持ちを象徴するリンドウは、カムパネルラが既に死者であることも表現しているのかもしれません。
童話でありながら、死生観と宗教観を独自の造語を交え幻想的に描いた『銀河鉄道の夜』。
その雰囲気を醸し出す『カムパネルラ』のMVも必見です。
「銀河鉄道の夜」のその後
『銀河鉄道の夜』は、宮沢賢治の死後に発表された未完の作品。
物語はジョバンニがカムパネルラの死を知るところで終わり、その後は描かれていません。
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この街は 変わり続ける
計らずも 君を残して
≪カムパネルラ 歌詞より抜粋≫
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このフレーズから、米津が『銀河鉄道の夜』のその後を描いているのだとわかるでしょう。
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真昼の海で眠る月光蟲
戻らないあの日に想いを巡らす
オルガンの音色で踊るスタチュー
時間だけ通り過ぎていく
≪カムパネルラ 歌詞より抜粋≫
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「月光蟲」とは、音楽の世界でしばしば表現される架空の生物。
「スタチュー」は「彫像」を意味する言葉で、小さな人形をコレクトするフィギュアの世界ではポーズが固定されたものがそう呼ばれています。
「眠る月光蟲」も「踊るスタチュー」も、この世には存在しない幻のようなものですよね。
このフレーズから読み解くと、カンパネルラを失ってから過ぎていく日々は幻のように虚ろだと表現しているような気がします。
この曲の主人公はザネリ
この曲の主人公は、一見ジョバンニのように思われますが、米津はインタビューで「ザネリのイメージ」だと語っています。
ザネリはジョバンニとカムパネルラの同級生で、いつもジョバンニをからかう意地悪な子。
そして、星祭りの夜、川に落ちたザネリを助けようとしてカムパネルラは亡くなったのです。
それを知ってから改めて冒頭の歌詞を聴くと、ハッとさせられるでしょう。
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カムパネルラ 夢を見ていた
君のあとに 咲いたリンドウの花
≪カムパネルラ 歌詞より抜粋≫
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亡くなったカムパネルラの後に、死者を想うリンドウの花が咲く夢を見たのはザネリ。
この曲は、自分が原因でカムパネラを死なせてしまった罪を背負う、ザネリの後悔と苦悩の物語だったのです。
「あの人」とは誰なのか?
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あの人の言う通り わたしの手は汚れてゆくのでしょう
追い風に翻り わたしはまだ生きてゆける
あの人の言う通り いつになれど癒えない傷があるでしょう
黄昏を振り返り その度 過ちを知るでしょう
≪カムパネルラ 歌詞より抜粋≫
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ザネリに罪を再認識させるように繰り返し登場する「あの人」とは、ザネリのせいで親友を失ったジョバンニでしょうか。
ジョバンニは「ほんとうの幸(さいわい)」について考える少年でした。
そんな彼が、親友のカムパネルラが自分を犠牲にしてまで救ったザネリを責めることはないでしょう。となると「あの人」とは「世間」のことなのではないでしょうか。
ザネリは、自分のせいでカムパネルラが死んだと、世間からの冷ややかな視線を浴びながら生きていかなければならないからです。
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光を受け止めて 跳ね返り輝くクリスタル
君がつけた傷も 輝きのその一つ
≪カムパネルラ 歌詞より抜粋≫
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このフレーズには、自分の犯した罪を受け入れ強く生きていこうとする、いじめっ子だったザネリの心の成長が表現されているのかも知れません。
米津玄師は止まらない
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終わる日まで寄り添うように
君を憶えていたい
カムパネルラ
≪カムパネルラ 歌詞より抜粋≫
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このフレーズは、死ぬまで罪を背負いカムパネルラを想い続けるザネリの決意を表しているのではないでしょうか。
そして、米津自身の決意でもあるように感じます。
カムパネルラのように遠い世界にいる人たちを想い、彼らに寄り添える音楽を作り続けると言う決意。
この曲は『STRAY SHEEP』の制作の中で、最後に作られたそうです。
それをトップに持ってきたことにも、彼の並々ならぬ決意が感じられるでしょう。
一曲目でアルバムの世界へと一気に引き込み、ほとばしるような才能で聴く人を圧倒する『STRAY SHEEP』。
時代を象徴するアーティストとなった米津玄師は、このアルバムから彼の物語の新たな章に入ったような気がします。
TEXT 岡倉綾子