岡野昭仁が手がけた初期の作詞曲
『冷たい手~3年8ヵ月~』は、2000年9月13日に発売された4thシングル『サウダージ』のカップリング曲です。
作詞を岡野昭仁、作曲を元メンバーのTamaが担当しています。
現在は作詞を行っている岡野ですが、3人体制だった頃は、ほとんど新藤晴一が作詞を担当していました。
そのため当時は、岡野の作詞曲は非常にレアだったことでしょう。
文学的で芸術性の高い新藤の歌詞と比べ、人間味溢れる歌詞が特徴の岡野。
そんな岡野が手がけた『冷たい手~3年8ヵ月~』は、男女の別れを歌った曲です。
タイトルの数字が表す意味も含めて、楽曲の内容に触れていきましょう。
空気から伝わる2人の距離
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冷たい君の手を握る疲れた左手が
汗ばんで乾かないのは何故なんだろう?
錆び付いた二人の空気が軋んで熱を持ってしまった
愛の行方はもう僕には見えないんだ
≪冷たい手~3年8ヵ月~ 歌詞より抜粋≫
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歌い出しから登場する「冷たい手」。
冷たいのは「君」の手で、それを握る「僕」の手は汗ばんでいます。
いったいなぜでしょうか。
手を繋ぐほどの仲なのに、2人の空気は「軋んで熱を持って」しまうほど、凝り固まっています。
「錆び付いて」という歌詞からも分かるように、この2人の空気には穏やかさがありません。
会話も距離もスムーズにはいかないほど、決定的にすれ違ってしまっているのでしょう。
だから手を繋ぐこともぎこちなく、冷えた手を握っているはずなのに汗が引かないのです。
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乱れた心拍数 いつからこんな苦しく
耐え難いものになった?
≪冷たい手~3年8ヵ月~ 歌詞より抜粋≫
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恋人だからといって、いつまでも仲睦まじくいられるとは限りません。
小さな違和感が、いつの間にか取り返しのつかないことになることはよくあります。
そして「僕」もまた、気づいた時には、一緒にいることが幸福だった日々が嘘のように、耐えがたく辛いものに変わってしまっていたのです。
「3年8ヵ月」が意味するもの
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僕ら二人だけで温めたストーリー
3年8ヵ月で幕は下りてしまう
もうこれ以上は何も続かない
救われないのならば すべて消し去ってしまいたい
I will never forget my past
You were the only one for me
I will never forget my love
Where you were
≪冷たい手~3年8ヵ月~ 歌詞より抜粋≫
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ここで初めて「3年8ヵ月」が登場します。
タイトルにもある3年8ヵ月とは、2人で過ごした時間です。
決して短いとはいえない時間を共に過ごし、様々な思いを共有してきたはずの2人。
きっと幸せな頃は、この関係が永遠に続くとさえ思ったかもしれません。
しかし、2人は終わりの時を迎えます。
「救われないのならばすべて消し去ってしまいたい」というのは、悲痛な心の叫びでしょう。
幸福だった時間がこんな形で終わってしまうのなら、いっそなかったことにしたいと願うのも無理はありません。
あとに残る後悔や苦い感情が、美しい思い出を汚していくのは辛いものです。
「僕」は一刻も早く「君」との時間に別れを告げ、美しい過去のままにとどめておきたいのかもしれません。
痛いほどに愛した記憶
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愛の記憶の断片が頭をかすめるんだ
あの時と変わらないままの君が居る
今さら確かめても? きっとそこにあるものは
ただ美しい過去だけ
≪冷たい手~3年8ヵ月~ 歌詞より抜粋≫
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3年8ヵ月という長い期間を一緒に過ごしていれば、忘れがたい思い出はいくつもあるでしょう。
目の前にある現実とはかけ離れた「愛の記憶の断片」が「僕」を苦しめます。
目の前にいる「君」は、昔と何も変わっていないはずなのに、2人の空気はまるで変わってしまいました。
だからこそ、もう一度確かめたくなるのも人情。
しかし、取り返しがつかないことは分かりきっているのでしょう。
「美しい過去」にすがっても、虚しくなるだけ。それなら、過去を振り切って前に進むしかないのです。
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もしも僕の部屋に君の匂いが
残っているのならば返してあげるから
あんなに注ぎ込んだ愛の結末
救われないのならば溢れて還らないでいい
I will never forget my past
You were the only one for me
I will never forget my love
Where you were
≪冷たい手~3年8ヵ月~ 歌詞より抜粋≫
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もしかすると2人は、同棲していたのかもしれません。
どちらにせよ、長い時間を共にしていれば、家のいたるところに「君」の気配が残っていることでしょう。
幸せな記憶の断片が「僕」を苦しめることは目に見えているからこそ、匂いまで返すといっているのです。
別れても忘れられない人や、過去の記憶にすがる人もいますが「僕」は一刻も早く「君」から逃れたいのでしょう。
「跡形もなく消えて欲しい、思い出など全部溢れて、どこかへ流れていってしまえばいい」
そんな歌詞とは裏腹に、痛いほどの愛情が伝わってきます。愛していたからこそ、消えて欲しいのです。
アレンジ違いで別の曲も存在
こうして見てみると、岡野昭仁の歌詞には、非常に五感が関係していることが分かります。
「熱」「汗」「心拍数」で心の距離や温度を描き「匂い」で「君」の存在や消せない思い出を描き出しています。
作詞経験が浅かったであろうものの、聴く人の心に響く、温もりある歌詞になっています。
真面目で温かい、岡野の人柄がそのまま歌詞の世界観に繋がっているのでしょうか。
このように、作詞者が異なるだけで、楽曲の印象は大きく変わります。
作詞者の人間性を垣間見るのも、一つの楽しみ方なので、ぜひ色々な角度から楽曲を味わってみて下さい。
実はこの曲には、アレンジ違いで『Search the best way』という曲が存在します。
同じメロディに違う歌詞を乗せることで、まったく雰囲気の違う曲になるといった非常に面白い試みとなっています。
こちらの楽曲は作詞を新藤晴一とTamaで行っているので、歌詞から伝わる個性の違いを楽しむのもおすすめです。
『冷たい手~3年8ヵ月~』と合わせて聴いてみると新しい発見があるかもしれません。
TEXT 岡野ケイ