「ダイバー」が指し示す主人公の現状
2017年に公開された、ボカロP「うみろ」のオリジナル曲『臨界ダイバー』。
ニコニコ動画YouTube共に、MV再生回数20万回超え、さらには人気歌い手のメガテラ・ゼロの歌ってみた動画は1000万回再生を超えるほど人気を誇るボカロ曲です。
タイトルの意味は「臨界を泳ぐ者」、「臨界」とは”境界”を意味する言葉であり、どうやらこの歌が何かの境界を泳いでいる人物の事を描いている、という事が察せられます。
しかし”境界”とは、一体どのような場所の事を示しているのでしょうか。
そもそも”泳ぐ者”とは何者で、なぜ「境界」を泳いでるのでしょう。
そのタイトルが示すものに迫る為、歌詞の意味を考察していきます。
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切って剥いで呑んで消化し 狂った心拍とコンタクト
メーデーなんて模した通信は どうせ大概被害妄想
≪臨界ダイバー 歌詞より抜粋≫
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注目する点は、救難信号を意味する「メーデー」という言葉。
どうやら歌の主人公は誰かに「助けて」と訴えかけているようです。
ですが続く「大概被害妄想」という歌詞から、その声は誰にも届かなかった事が想像できます。
そもそもなぜ助けを求めているのでしょうか。そのヒントは続く歌詞にあると思われます。
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1分前の『愛』をアンインストールなんかして何回も
『歪』を『白』で塗り潰す
≪臨界ダイバー 歌詞より抜粋≫
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「愛」と「歪」と「白」。
この3つが主人公が助けを求める理由だと思われます。
何か主人公を狂わす「歪」な出来事があり、その結果自分の傍にあった「愛」を「アンインストール」、つまりは消す事になった事がここから想像できます。
さらに続く歌詞からも、主人公がその出来事により傷付いている様が読み取れます。
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ちょっと経った宵の水面に 点いて消えてった信号灯
点と点を接いだ線上に 何の照明証明も無いじゃんか
蹴って背いて食らう致命傷手前の低迷を定義して
黒く澄んだ街を泳ぐ
≪臨界ダイバー 歌詞より抜粋≫
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「宵の水面」という歌詞から、夜になったばかりの時間帯である事が想像できます。
「水面」というのは、夜空を表す比喩描写のようなものなのでしょう。
後半に出てくる「黒く澄んだ街」という歌詞からも、主人公は水中にいるのではなく、夜の街の中にいる事が分かりますね。
その中を「致命傷手前」で低迷する主人公。きっと主人公は「歪」な出来事によって負った傷を治す事ができないまま、さまよっているようです。
”泳ぐ者”とは、あてもなく街中を歩き続けている主人公を比喩した言葉なのでしょう。
「臨界」は越えてはならない”限界”のライン
主人公が泳ぐ「臨界」とは、どういった”境界”を表しているのでしょうか。それを解くヒントは2番の歌詞にありました。
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10分待って降った雷鳴と 声は絶え絶えのセンセーション
先天性の眩暈を吸い込んで 回る空調午前3時
全部取って食ったセオリー 限った積載を何度超過して
いくつ捨てればいい?
(さよなら)
≪臨界ダイバー 歌詞より抜粋≫
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1番では「宵」だった時間帯が「午前3時」と日を跨いだものになっています。
「回る空調」という歌詞からも、外から室内に移動した事が分かるでしょう。
そこで主人公「セオリー」に反したことをやっていたようです。
「セオリー」は”理論”を意味する言葉です。
それに反するという事は、起きてはならない事、つまりはやってはいけない事をした、という意味合いになるのではないのでしょうか。
続く「限った積載を何度超過して」という歌詞からも、主人公が何か人として越えてはいけない限界ラインを越えようとしているように読み取る事ができます。
この限界ラインが、主人公の泳ぐ「臨界」なのではないのでしょうか。
主人公は今、その越えてはならないラインを越えるか否かの範囲を歩いている、危険な生活を送っているのかもしれません。
そうして最後の「さよなら」と歌われている事から、主人公自身はそれを越えても良いと思っているのでしょう。
過去には戻れない。臨界を泳ぐ主人公の末路
こうなってしまった理由は、きっと「歪」な出来事がきっかけなのでしょう。では、その「歪」な出来事とは一体どのような事だったのでしょうか。
そのヒント思われるものは、Cメロの歌詞にありました。
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影を忘れて旧校舎
帰れないなら遊ぼうか
上手に汚したその手を今翳せ
≪臨界ダイバー 歌詞より抜粋≫
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どうやら、出来事が起きた場所は「旧校舎」のようです。
つまり主人公が学生の頃に、その場所で何か「歪」な行為が行われたようです。
「帰れないなら遊ぼうか」という歌詞からは、最初は帰ろうと足掻いていたものの、最後は諦めてしまった主人公の心情風景が読み取れます。
これが主人公の発した、誰にも聞かれなかった「メーデー」の正体なのでしょう。
1番の「愛」という歌詞を含めて見ると、自分が愛していた相手、または自分を愛してくれていると思っていた相手から何か酷い事をされた可能性も考えられます。
きっと主人公は、この時の行為によって「愛」を信じる事が出来なくなってしまったのでしょう。
主人公が反した「セオリー」というのも、この「愛」にまつわる行為なのかもしれません。
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崩れそうな臨界のダイバー 晴天を切り裂け
消した輪郭を再度 刻むように
僕が望んだ世界が 海底にあるなら
無くして しまうな 感じた冷たさを
≪臨界ダイバー 歌詞より抜粋≫
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しかし大サビで、ついに「臨界」が崩れそうになっている事が歌われています。
2番の「さよなら」という歌詞も含めて考察すると、もしかしたら主人公自身も、この「臨界」に限界が来ている事を感じ取っているのかもしれません。
きっといつ「臨界」を越えてしまってもおかしくないのでしょう。
しかし、そこから抜け出す手段は主人公にはありません。
きっとその時が来るまで、主人公はずっとこの危険な世界を泳ぎ続けなければならないのでしょう。
もしかしたら「臨界」を越える事こそが唯一の主人公の救いなのかもしれません。
元の「歪」な出来事が起こる前に「帰れない」というなら、それこそ、このまま諦めてここで「遊ぶ」しかないのでしょうから。
TEXT 勝哉エイミカ