岡野昭仁が紡ぎ出す愛の形とは
『夕陽と星空と僕』は2003年11月6日発売のシングル『愛が呼ぶほうへ』に収録されている楽曲です。
愛をテーマにした表題曲に続き、この楽曲では男女の愛について歌われています。
人が人を愛するということはどういうことか、愛とはどんなものなのか。
そんな問いに対する答えを見出せる楽曲になっています。
作詞はボーカルの岡野昭仁が担当しており、彼の柔らかな言葉で紡がれる歌詞によって、ポルノグラフィティを別の角度から楽しむことができるでしょう。
ポルノグラフィティの世界観は、長い間、新藤晴一の作詞と本間昭光の作曲によって作り上げられてきました。
そこに岡野昭仁の世界観が加わることで、ポルノグラフィティに新たな化学変化が起こります。
ポルノグラフィティというバンドが色褪せないのは、常に化学変化を繰り返し、彼らがまとう色を塗り替えているからでしょう。
作詞者が2人いることがポルノグラフィティの強みだと、この楽曲からも分かると思います。
繰り返す自問自答
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もうすぐ夕暮れ高層ビルの向こう落ちる
こうして立ってる僕の影も長くなる
五車線道路に架かる歩道橋の上で
落ちゆく夕陽に向かって声に出さず言った
「サヨナラ。」すべてが消え去るはずないけど
君への想いは太陽とともに沈んでゆけ
≪夕陽と星空と僕 歌詞より抜粋≫
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たった1人で夕陽を見つめながら呟いた「サヨナラ」は、誰にも届きません。
自分自身に言い聞かせるための「サヨナラ」だったのでしょう。
声に出して、もう終わったんだということを自分の耳で聞かないと受け止められない。
それくらい、彼女のことを引きずっていることが分かります。
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夜空見上げるかすかに光る星達に
僕は自分に偽りないと誓えるだろうか?
何故にすれ違う事選んでしまう
過ぎた時間は帰らないと知っているけれど
≪夕陽と星空と僕 歌詞より抜粋≫
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夕陽が沈み、いつの間にか星空が広がっています。
夕陽に向かって「サヨナラ」を言い、星空に問いかけるというのは、何ともセンチメンタルですね。
さっきまで「君」への想いに踏ん切りをつけることに精一杯だった「僕」の心に、自分と向き合う余裕が生まれました。
自分に偽りなく生きている人は、きっと多くはないでしょう。
誰しも、自分にも他人にも嘘を吐き、上手くごまかして生きているのです。
それでも、大切な人には誠実に向き合い、自分の素直な気持ちを伝えていたら、別れを迎えてはいなかったかもしれません。
だからこそ「何故にすれ違う事選んでしまう」という問いかけが、胸に刺さるのです。
じれったさが心地いい
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君の形 僕の形 重ねてはみ出したものを
わかり合う事をきっと愛とか恋と呼ぶはずなのに
君の前では流せなかった涙が今ごろ頬をつたう
風もない静かな夜だからそのまま涙は足元に落ちた
≪夕陽と星空と僕 歌詞より抜粋≫
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実はこの楽曲、1番にはサビがありません。
歌詞の短さに対して曲が長いという、岡野昭仁のクセによって、楽曲全体にゆったりとした空気感が生まれているのではないでしょうか。
なかなかサビに到達しないもどかしさは「僕」が1人で「君」のことを考えている時間ともリンクするようで、不思議な心地よさがあります。
考えて続けて夜になり、ようやく自分の中に答えを見出すことができたのでしょう。
2人の形を重ね合わせ、そこからはみ出した部分こそ、愛し合い、認め合うべきものだったと、今更気づく愚かさ。
失ったものの大きさは、後になってみなければ分かりません。
それをようやく理解して「僕」は涙を流したのです。
大切な人と別れるその瞬間には流せなかった涙が、今になって溢れ出す。
虚しさと共に「君」とはもう会えない現実が、じわじわと「僕」の中に染み込んでいく印象的なシーンです。
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あの夕陽にも星空にも僕の想いは乗せられない
今言える事はひとつ「サヨナラ。」って事だけ
君の形 僕の形 いつかはその形を変えて
どこかで出会えるはずさ この世界はとても広く
素晴らしい愛があるはずだから
≪夕陽と星空と僕 歌詞より抜粋≫
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夕陽や星空にいくら呼びかけても「君」に届くことはもうありません。
「僕」が流す涙や後悔を、「君」が知ることはないのです。
終わった恋は戻らない。しかし、愛は恋愛だけではありません。
2人の愛が恋愛から形を変えたとしても、新しいつながりが生まれることだってあるのです。
「今はまだ忘れることはできないけれど、恋人以外の関係でまた出会えるかもしれない。」
そんな願いにも似た想いが伝わってくる、とても温かく優しい終わり方です。
岡野昭仁にしかできない表現
バンドにおいて、歌詞を書けるメンバーが2人以上いた場合、その片方の1人がメインで作詞を担当することが多いでしょう。
ポルノグラフィティも、ほとんどの歌詞を新藤晴一が手掛けてきました。
そして、メインで作詞を担当しているメンバーは文章力、表現力に優れ、非常に高いクオリティの歌詞を提供します。
作詞の上手さでは、新藤晴一は申し分ないといえるでしょう。
一方で、たまにしか作詞を担当しないメンバーは、素直な感情や人としての熱さが歌詞に表れることが多いようです。
岡野昭仁の歌詞には、彼の人間性が表れてています。
お人好しで優しく、思いやりに溢れた、どこか憎めない愛らしさを持つ彼。
そんな岡野の人柄が随所に表れているからこそ、聴く人の心に刺さるのではないでしょうか。
新藤晴一と岡野昭仁、それぞれが手掛けた楽曲の違いを意識しながら聴いてみると、新たな魅力を発見できるかもしれません。
TEXT 岡野ケイ