ディスレクシアを抱えた少女たちの戦い
『ネガティブ進化論』は、小説の世界とインターネット音楽の世界を繋げたコラボMVとして、2019年12月20日に公開された楽曲です。
ベースになった小説は、児童文学作家である梨屋アリエのYA小説「きみの存在を意識する」。
小説では文字を読むことが苦手な少女を始め、周りからは見えづらい困難さを抱えた中学生たちの物語が描かれています。
作詞作曲は、サウンドプロデューサーのDECO*27が担当し、MV動画作成をイラストレーターの津田が担当し、それぞれの持ち味や魅力がぎゅっと詰まった濃厚な仕上がりになっています。
癖になるアップテンポな曲調とは裏腹に、歌詞に綴られた少年少女たちの心の叫び声に触れていきましょう。
画像引用元 (Amazon)
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「ねえ一緒なんじゃない?」 なんて信じられない
これは面倒くささと好奇心らの病みのバトル
"あなたのことが私は嫌い"
言葉が痛いほど視界をエグる
≪ネガティブ進化論 歌詞より抜粋≫
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小説「きみの存在を意識する」では、文字を読むことを苦手としている少女・石崎ひすいの物語から始まります。
ある時彼女は、弟から「もしかしたらディスレクシアかもしれないよ」と指摘されます。
「ディスレクシア」とは、知的能力や理解力に問題はないものの、読み書きなどの学習に対する能力が著しく低下する学習障害のこと。
しかし彼女はそんなことはない、と反発。
その様子が歌詞の冒頭「一緒なんじゃない? なんて信じられない」に繋がっていると推測できます。
続く歌詞の「面倒くささと好奇心からの闇のバトル」という歌詞から、彼女が弟からの指摘を面倒に思う気持ちと「ディスレクシア」への関心との間で揺れている様子が伺えますね。
「あなたのことが私は嫌い」とは、誰からも好かれていたいと強く願う彼女の性格を表しているのでしょう。
続く歌詞の「言葉が痛いほど視界をエグる」から、他人からの嫌悪感をまるで暴力を振られたかのように表現しています。
彼女にとって嫌われることは、身体的な苦痛を伴うほどショッキングなことのようです。
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想定の範囲内 自由なんてもんはない
どうせ届かないから言わないだけ バカにしてさ
秘密があれば私は無敵
流した涙でいい子になれるんだ
≪ネガティブ進化論 歌詞より抜粋≫
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続く歌詞は、書字障害を抱える少女・猪熊心桜を表していると推測。
彼女はうまく文字を書くことができないためにテストでも結果を残せず、勉強ができない子というレッテルを貼られてしまいます。
答えはわかっているのに書くことができない自分への悔しさが募り、そこから、なぜ自分だけ他の人と違うのかと疑問を持ち始めます。
書けない原因を探す中、ある人物と出会う彼女。
その人物から「ディスレクシア」という言葉を教えてもらい、彼女の世界は広がっていきます。
「秘密があれば私は無敵」という歌詞の「秘密」とはその人物を指しているのではないでしょうか。
「障害」という言葉にショックを受けながらも事実を受け止め、前を向き歩き出す。
知識も理解力もあるのに学習障害であるがゆえに満足に勉強ができない、そんな理不尽な現状を変えようと、彼女は学校に訴え始めます。
しかし学校は取り合いません。
「あなたの努力が足りないのでは?」と言われ突き放される現実。
「流した涙 でいい子になれるんだ」は、学校や親に理解を得ようと奮闘する姿を表しているのでしょう。
DECO*27が魅せる「主人公たちの矛盾した感情」
サビの歌詞はかなり印象的な言葉が盛り込まれていますね。
掴めそうで掴めないハイパーもだもだソングと呼ばれた歌詞で人気を博したDECO*27らしい歌詞。
このサビ部分の歌詞には、DECO*27の非凡な才能が随所に散りばめられています。
彼の作り出すもだもだな魅力に注目しながら、歌詞を見ていきましょう。
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死んじゃおっかこのまま なんてネガいも
生きたくってついつい言ってみただけ
どうか「いいよ」なんて答えないで まだ私じゃない
≪ネガティブ進化論 歌詞より抜粋≫
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「死んじゃおっかこのまま なんてネガいも」の「ネガ」は「願い」と「死にたいと思うネガティブな気持ち」をかけているようです。
自分ではどうにもならない場面に遭遇した時、「いっそ死んでしまおうか」とついつい思ってしまう人もいるでしょう。
ですがその言葉をよくよく紐解いてみると、本当に死にたいのではなく「苦しみから逃れて楽になりたい」という願いであることがわかります。
また「どうか「いいよ」なんて答えないで まだ私じゃない」という歌詞から、こんな弱い自分は本当の私ではなく、きっと変われるはずだ、という未来への期待も伝わります。
サビ全体を客観的に聞くと主人公たちが何がしたいのかいまいち掴めない印象を持つ人もいるのではないでしょうか。
そう、これがDECO*27の非凡な才能なのです。
「死にたい」と願っておきながら、本音は「生きたい」と思っている。
「わからないくせに」と言っておきながら「ねえ、そうじゃない?」と同意を求める。
一見ちぐはぐな印象を受ける歌詞ですが、これが主人公のむき出しの本音。
矛盾する感情に本人でさえ整理がついていないのです。
理路整然としない曖昧な表現をすることで、主人公たちの揺れ動く繊細な気持ちをうまく表現しています。
ネガティブな気持ちの中で足掻きながらも進化しようとする主人公たち。
これぞ『ネガティブ進化論』なのでしょう。
自分の中の違和感と正義感の間で揺れる心
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「ねえ一緒なんじゃない?」 なんて信じられない
どこが似ているのか違っているのか教えてほしい
見ないふりがやさしさだとしたら
私の居場所はどこにあるの
≪ネガティブ進化論 歌詞より抜粋≫
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2番の歌詞も「ねえ、一緒なんじゃない?」と投げかけられて始まります。
しかしその言葉を受け取った主人公は、また別の人物のようです。
名前は、入来理幹。
体は女性ですが、心は男女のどちらにも当てはまりません。
性別で区別することに疑問をもっている理幹は、ベリーショートヘアーにスカートの下にジャージを履いたスタイル。
がっちりした体格だったこともあり、よく男性と間違えられていました。
2番の冒頭「一緒なんじゃない?」は、「同じ女の子だよね?」と女の子に確認されれている場面だと解釈します。
友達は理幹を女の子として扱いますが、そのちぐはぐな見た目に違和感を感じている様子。
そんな周りの様子を感じていながら理幹は「女でも男でもない。ジブンはジブン」と強く意見を主張します。
そうしていくうちに、理幹はだんだんと浮いた存在に。
「見ないふりが優しさだとしたら」という歌詞は、腫れ物扱いする周りに対しての言葉なのでしょう。
性別を強く意識させられる学校という世界で、居場所を見つけられないず彷徨う理幹。
そんな様子がこの歌詞から伝わります。
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冗談の進化論 それは便利なんだろう
雨後晴の血 この命巻き戻し
正しさだけで殴り合うならば 勝ち目はないんだよ
特別などないや
≪ネガティブ進化論 歌詞より抜粋≫
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続く歌詞の主人公は、小説の後半に出てくる賀川小春だと推測します。
彼女は、誰にでも優しく常に正しい行動をとる正義感の強い性格。
クラスでも慕われている存在であることから、学級委員長を務めています。
ある時、友達の留美名が柔軟剤や制汗剤などの匂いを強く感じてしまうことが原因で体調を崩してしまいます。
そしてだんだんと不登校に。
「冗談の進化論」とは「クサいから学校にいけない」という留美名が冗談を言っているのではないか、と疑っている小春を表しているようです。
だんだんと塞ぎこむ留美名を見た小春は、冗談でないことを悟ります。
そして留美名がまた学校に来れるようにと行動を始めるのでした。
ニオイの原因をなくすためにクラス全員で協力しますが、問題は一向に改善しません。
自分のことばかり気にかけ文句ばかり言う留美名に、小春もクラスメイトも次第にストレスが溜まっていきます。
「正しさだけで殴りあうならば 勝ち目はないんだよ」というのは、小春が留美名に放った一言なのでしょう。
たった1人のために不自由を強いられるクラスメイト。
寄り添おうと思えば思うほどに苦しめられていく小春。
留美名を特別扱いすることが本当にいいことなのか、悩んでいる様子が伝わります。
主人公たちから垣間見える現代社会の抱える問題
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死んじゃおって そもそも生きているのか
嫌になって誰かを悪にしても
なにも変わらないから "変わりたい"だけは叶えたい
≪ネガティブ進化論 歌詞より抜粋≫
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「そもそも生きているのか」という歌詞から、悩みすぎて自分自身の存在も疑い始めている様子。
かなり追い詰められているようです。
何もかもが嫌になった時、私がこんなに苦しんでいるのは周りのせいだ、とついつい他人を責めたくなります。
しかし、そうして誰かを恨んでも苦しみから解放されることはありません。
「嫌になって誰かを悪にしても なにも変わらないから」という歌詞から頭ではわかっているけれど、心がついていかないといった様子が伝わります。
続く歌詞の「”変わりたい”だけは叶えたい」から、この苦しみから逃れるためには自分が変わるしかない、と覚悟を決めた一言なのでしょう。
ネガティブな感情を持ちつつも、少しずつ進化しようと必死に足掻く主人公たち。
彼女たちの行きつく先に光はあるのでしょうか。
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「それだけ?」って私を笑うくせに あなただって足りてないとこだらけ
"やめて"って言えたらな 溢れちゃう前に
ねえ、そうじゃない?
≪ネガティブ進化論 歌詞より抜粋≫
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学校や親たちは皮肉にも、主人公たちの困難を些細なこととして捉えられているようです。
それが「それだけ?」という歌詞からわかります。
主人公たちが抱える困難や障害は、発見されにくく本人でさえ自覚できないことも。
声を上げても「怠けている」「努力がたりない」と突き放されてしまう現実が確かに存在します。
「障害」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、生まれつき知的に問題があったり体が不自由であったりとわかりやすく大きな困難を抱えたイメージではないでしょうか。
そのイメージと比べたら主人公たちの困難は不自由の度合いが低いとされ、結果見えづらくなっているのです。
世間の固定概念を覆し理解を得ることはなかなか難しく、現代社会において大きな課題とされています。
当事者たちが生きやすい環境になって欲しいと願えば願うほどに、理解されない苦しみは大きくなるばかり。
「”やめて”といえたらな」という主人公たちの悲痛な思いが、切なく胸に迫ります。
見づらい困難を抱える人達を見つけるために
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生きたいってネガえばネガうほどに
死にたいって思うこと許してね
いつか私になる "愛したい"になる
ねえ、そうじゃない?
これは妄想じゃない
≪ネガティブ進化論 歌詞より抜粋≫
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学校とは協調性が強く求められる小さな社会です。
その中で生きる彼らにとって、みんなと同じようにできない苦しみはとてつもなく大きな壁になります。
最後の大サビ部分の歌詞は、「また嫌になって「死にたい」と投げ出してしまうかもしれない。でもいつかその壁を乗り越えて、できない「私」を愛してあげられるようになるんだ」という主人公たちなりの前向きなメッセージなのでしょう。
「これは妄想じゃない」と自分に言い聞かせ、全てを受け入れて進化することを堅く誓う決意の表れなのではないでしょうか。
古代ギリシャの哲学者ソクラテスの名言に「無知の知」という言葉があります。
これは「自分はわかっていないということを自覚することが大切」という考え方を示した言葉です。
安易に知ったふりをするのではなく「もしかしたらきちんと理解できていないのかもしれない」と自分の知識を疑うことで、人はより深く物事を知りたいと思うようになります。
そうした考え方が今、求められているのかもしれません。
見えづらい困難を抱えている人達の存在を知った今、私たちにできることはあるのでしょうか。
歌詞の中で何度も繰り返される「ねえ、そうじゃない?」という問いかけは、無知の人へ向けての強いメッセージなのかもしれません。
TEXT マチオカ アム