米津玄師なりの応援歌
『パプリカ』は、2018年8月15日に発売された、Foorinのシングルです。米津玄師がプロデュースし、NHK2020応援ソングプロジェクトとして話題になりました。
5人の子供たちによって歌われる明るいメロディーと歌詞が多くの人たちに受け、2019年8月9日には米津玄師バージョンのMVを配信。
さらに英語バージョンとしてFoorin team Eが歌う『Paprika』も登場し、『パプリカ』は世界的にも幅広く知られる曲となりました。
2019年12月31日には「第61回 輝く!日本レコード大賞」を受賞し大きな話題に。
FoorinによるダンスMVの再生回数は2億回を超え、歌だけでなくダンスも幅広い世代に受け入れられました。
こうして『パプリカ』は、世代も国境も越えて愛される人気曲となったのです。
『パプリカ』の特徴は、応援歌らしい応援歌ではないところ。歌詞やメロディーは明るく、口ずさみやすいものの、応援歌といわれるとしっくりこない曲です。
その理由は、米津玄師自身が子供の頃から、分かりやすい応援歌というもの嫌悪感を抱いていたことを知れば納得がいくでしょう。
『パプリカ』は「子供たちが歌って踊れる応援ソング」をキーワードに作られた、米津玄師なりの応援歌だからこそ、それまでの応援歌とは異なる雰囲気や存在感を放っているのです。
それでは、米津玄師が『パプリカ』に込めた思いを、歌詞から読み解いていきましょう。
子供たちだけの秘密の逢瀬
『パプリカ』は、2019年8月9日に、米津玄師によるセルフカバーのMVが公開されています。ここではセルフカバーされた米津玄師版MVを参照に歌詞を読み解いていきましょう。
イントロからどことなく切なく、ノスタルジックな空気感が漂っていますね。
青い空と入道雲が切なさと懐かしさをかき立てます。
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曲りくねり はしゃいだ道
青葉の森で駆け回る
遊び回り 日差しの街
誰かが呼んでいる
≪パプリカ 歌詞より抜粋≫
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冒頭で登場する青年が、一瞬で少年の姿に変わることから、回想シーンであることが分かります。
少年少女が駆け回る野山が「青葉の森」なのでしょうか。
「誰かが呼んでいる」という歌詞と重なるように、赤いマントを身につけた少女が登場します。
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夏が来る 影が立つ あなたに会いたい
見つけたのは一番星
明日も晴れるかな
≪パプリカ 歌詞より抜粋≫
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野山を駆けていく少年少女とマントの少女。彼らは互いに待ちわびていたように合流します。
「あなたに会いたい」とはまさに、この3人の関係性を表しているのでしょう。
そこには大人はおらず、子供だけの世界が広がっています。どことなく秘密基地を思わせますね。
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パプリカ 花が咲いたら
晴れた空に種をまこう
ハレルヤ 夢を描いたなら
心遊ばせ あなたにとどけ
≪パプリカ 歌詞より抜粋≫
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雲の上で遊び回る子供たち。まるで空想世界を描いたような、開放感溢れる場面が広がります。
夢と現実が入り交じった不思議な世界を楽しめるのは、子供たちの特権でしょう。
1番の歌詞では、楽しかった思い出が走馬灯のように描き出されています。
赤いマントの悲しい少女
子供たちと遊び回る赤いマントの少女は、2番では異質な存在として描かれています。
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雨に燻り 月は陰り
木陰で泣いてたのは誰
一人一人 慰めるように
誰かが呼んでいる
≪パプリカ 歌詞より抜粋≫
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一家団欒の中に訪れた少女の姿に、少年少女(兄弟のようです)は嬉しそうな表情を見せますが、大人たちは無関心。
しかし、母親に抱かれた赤ん坊は無邪気に笑っています。
このことから、おそらく赤いマントの少女は大人たちには見えていないのでしょう。
まるでヒーローごっこのような赤いマントを身につけた姿。親兄弟とのシーンが描かれず、常にひとりぼっちの少女。
この異質感は、雲の上を駆け抜ける場面で、さらに顕著になります。
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喜びを数えたら あなたでいっぱい
帰り道を照らしたのは
思い出のかげぼうし
≪パプリカ 歌詞より抜粋≫
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遠い日の思い出を振り返った時、鮮やかに甦る人。
「喜びを数えたら あなたでいっぱい」という歌詞から分かるように、赤いマントの少女との思い出は、兄弟たちにとって特別な思い出なのでしょう。
米津玄師は、この少女を「風の子」として表現しています。
『パプリカ』冒頭に登場する少年が、幼少期に出会った「風の子」との思い出を回想しているというストーリーになっているのです。
子供にしか見えないであろう特異な存在「風の子」を登場させて、子供時代の思い出を鮮やかに描いているところに、米津玄師のセンスを感じますね。
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会いに行くよ 並木を抜けて
歌を歌って
手にはいっぱいの 花を抱えて
らるらりら
≪パプリカ 歌詞より抜粋≫
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『パプリカ』には、現在と過去が混在しています。
「風の子」との思い出を巡る旅は、やがて大人になった少年少女の姿で描かれます。
帽子にたくさん花を摘んで会いに行った先には、いつかのように「風の子」が待っていて、再会を懐かしんでいるよう。
しかし、大きくなった少年少女の間で笑う「風の子」は、子供の姿のままです。
子供の頃に出会った特別な友達(「風の子」)は成長せず、子供の姿のままであることにわずかな寂しさが漂います。楽曲全体のノスタルジックさを、ぐんと引き立てているようです。
『パプリカ』は原爆や震災の歌?死をイメージさせる歌詞
応援ソングとして制作された『パプリカ』ですが、MVのイントロに漂う切なさのせいか、応援ソング以外のテーマも注目されています。
一部では、実は死をテーマにしているのではないか、という説もあるようです。
ポイントになるのはやはり、MVに登場する赤いマントの少女(「風の子」)。
子供たちにしか見えていないであろう「風の子」の姿が、『パプリカ』の歌詞の意味を紐解く鍵のようです。
楽曲の最後で分かる通り、「風の子」は成長しません。
小さな子供は感覚が鋭いですから、大人には見えない「風の子」の姿が見えているのでしょう。
人間の子供ではない異質な存在「風の子」に怖さや悲しさを感じるのだとしたら、その要因は彼岸花にもあるでしょう。
兄弟が「風の子」に会いに行く場面、周りをよく見ると真っ赤な彼岸花が咲き乱れているのです。
彼岸花はお墓やお寺に植えられていることも多く、「死人花」「幽霊花」「地獄花」といった別称もあります。
お墓やお寺、そして別称が「死」を連想させ、「怖い、悲しい」といった印象を与えるのかもしれません。
そして、赤い彼岸花の花言葉には「諦め」「悲しい思い出」といったものがあるため、不吉さや悲しいイメージを抱きやすいのでしょう。
こうしたイメージや、描かれている季節が夏であることから、原爆や震災といったものが裏テーマにあるのではないか?という説があるようです。
夏はお盆がありますから、死者と再会できる季節とも考えられます。
あの兄弟が花を摘んで会いに行った先には、すでに亡くなってしまった懐かしい友達が待っているのかもしれません。
米津玄師の口からは原爆や裏テーマに関することは語られていないため、あくまで解釈の一つではありますが、歌詞の意味やMVを深読みしてみると、違った魅力を発見できるかもしれませんね。
花言葉からタイトルに込められた意味を徹底解説
この楽曲には、タイトルにもなっているパプリカの花が登場します。
パプリカの花言葉は、「同情」「憐れみ」「君を忘れない」。
『パプリカ』では、子供の頃に出会った「風の子」との思い出や、懐かしい再会が描かれています。
そう考えると「パプリカ 花が咲いたら」という歌詞に込められた思いも自ずと分かりますね。
彼岸花の花言葉にも「また会う日を楽しみに」という意味があるため、再会を描いた楽曲にはぴったりだといえそうです。
Aメロのノスタルジックなメロディーと、Bメロの疾走感。サビの開放的で楽しいメロディー。
そこにシンプルで分かりやすい言葉が当てられることで、子供時代に戻ったような感覚を味わうことができます。
誰にでも分かりやすい応援歌に抵抗があった米津玄師ならではの応援歌は、まるで子供時代の自分から届くエールのよう。
まだ純粋に夢を見ていた子供の言葉だからこそ、心にまっすぐ届くものがあるのでしょう。
子供にとっては楽しく、大人にとってはどこか懐かしく温かい応援歌。それが米津玄師の『パプリカ』なのです。
この歌が幅広い層に受け入れられ、愛される理由がよく分かりますね。
TEXT 岡野ケイ