祖父の死を受けて書かれた歌詞は「ウェッ」の音が気になる?
2018年3月14日にリリースされた米津玄師のメジャー通算8枚目のシングル『Lemon』は、ドラマ『アンナチュラル』の主題歌として書き下ろされた楽曲です。
YouTubeで公開されたMVは、映画監督としても活躍する女性ダンサー・吉開菜央が独りで踊るシーンと米津自身がハイヒール姿で踊る映像が印象的です。
そんなMVは日本人アーティスト初の3億回再生突破という快挙を成し遂げました。
当初は法医学者を取り上げたドラマの主題歌のため、「傷ついた人たちを優しく包み込むような曲」といコンセプトで依頼を受けたそう。
しかし、制作中に祖父との死別を経験したことから新しく作り替え、ドラマのストーリーとリンクした歌詞で亡くした人への深い悲しみが色濃く表現された楽曲となりました。
特に気になるのは、タイトルや歌詞にレモンが登場すること。
どのような意味を持つのか、歌詞の意味を考察していきましょう。
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夢ならばどれほどよかったでしょう
未だにあなたのことを夢にみる
忘れた物を取りに帰るように
古びた思い出の埃を払う
≪Lemon 歌詞より抜粋≫
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あまりに悲しい出来事が起きた時、「夢ならば」と考えることがあるかもしれません。
主人公が「未だにあなたのことを夢に見る」と歌うことから、大切な「あなた」が亡くなってからもう数年の月日が経っていると想像できます。
その度に「忘れた物を取りに帰るように」過去の記憶を掘り起こしているようです。
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戻らない幸せがあることを
最後にあなたが教えてくれた
言えずに隠してた昏い過去も
あなたがいなきゃ永遠に昏いまま
きっともうこれ以上 傷つくことなど
ありはしないとわかっている
≪Lemon 歌詞より抜粋≫
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死別という永遠の別れによって「戻らない幸せがある」ことを知った彼女。
つらい事実ではあるものの、それすらも恋人が遺した忘れ形見のように感じていると考えられます。
そんな彼女は、彼に「言えずに隠していた昏い過去」がありました。
「昏い」とは、日が暮れて景色がぼんやりしていることを指します。
あえてこの字を選んでいるので、他の人には言えても彼を愛しているからこそ言い出しにくい過去があったのでしょう。
しかし彼が亡くなった今、その過去を明らかにすることも叶わなくなってしまいました。
人生の中で「これ以上傷つくことなどありはしない」と言えるほど、今もなお強い愛を抱いていることが窺えます。
このAメロで特徴的なのは、歌詞の合間に聴こえる「ウェッ」という音です。
ラジオ対談で明かされたところによると、これは人の声のサンプリングで、聴く人が戸惑うことを想定しながらも自身の中で重要な音でどうしても必要だったそう。
もの悲しいメロディと歌詞に相反する違和感のある音ですが、愛する人を失った時の平常ではいられない内心を表しているようにも感じられますね。
「苦いレモンの匂い」歌詞の意味
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あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
そのすべてを愛してた あなたとともに
胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
雨が降り止むまでは帰れない
今でもあなたはわたしの光
≪Lemon 歌詞より抜粋≫
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サビからも、彼女の想いが伝わってきます。
思い出されるのは「悲しみ」や「苦しみ」という決して幸せとは言えない記憶ですが、それでも彼といられたからその日々さえ愛することができていました。
ここで、タイトルにもなっている「レモン」が登場します。
米津の作品には個性ある人間の象徴としてカラフルな果物が多く登場しますが、今回なぜレモンを選んだかは本人も分からないそうです。
さらにインタビュー記事では、理由を具現化できないものの「どうしてもレモンでなければならなかった」とも語っています。
レモンのイメージと言えば、みずみずしくてその香りは爽やかです。
反対に、口にした時の強い酸味は大きな衝撃を与えるでしょう。
香りは記憶と強く結びついていると言われています。
心地良くも感じられるレモンの香りを嗅ぐと、思わずあの酸味が思い出されて苦手に感じる人もいるかもしれませんね。
このことから「苦いレモンの匂い」は、彼女が彼を失った複雑な心情を表しているように思えませんか?
彼との時間を思い出すときの幸福感、失った衝撃や喪失感、最後に残る懐かしさ。
そんな一言では言い表せない感情が見えてきます。
続く「雨」は、おそらく彼女の悲しい気持ちを表します。
この悲しみが終わるまでは、彼との幸せな記憶の中から出て行くことはできません。
昏くなる空に残る夕日の光ように、彼女にとって彼は人生を照らす希望だったのです。
明るい黄色のレモンは、光を象徴するものとしての意味合いも持っているのではないでしょうか。
二度と会えない人への深すぎる恋愛感情
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暗闇であなたの背をなぞった
その輪郭を鮮明に覚えている
受け止めきれないものと出会うたび
溢れてやまないのは涙だけ
≪Lemon 歌詞より抜粋≫
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隣に人がいると分かっていても暗闇の中では心細く、触れて存在を確かめたくなるものです。
二人にもそんな日があったのでしょう。
失ってからは触れることもできず、ただ記憶に残る感触を思い出すだけです。
死という現実があることを誰もが知っていますが、実際に自分や大切な人の身に迫ると「受け止めきれない」ほど大きな恐怖となって心が押し潰されそうになります。
現実に抗うことも感情を言葉にすることもできず、涙を流すばかりです。
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何をしていたの 何を見ていたの
わたしの知らない横顔で
≪Lemon 歌詞より抜粋≫
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本当の別れを前にして初めて、愛する人について何も知らないことを痛感します。
また、この部分は亡くなった彼が彼女に対して最期に抱いた気持ちとも考えられるでしょう。
お互いに言えなかった過去や言わなかった想いがあったはずです。
しかし、死は待ってくれません。
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どこかであなたが今 わたしと同じ様な
涙にくれ 淋しさの中にいるなら
わたしのことなどどうか 忘れてください
そんなことを心から願うほどに
今でもあなたはわたしの光
≪Lemon 歌詞より抜粋≫
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彼女は彼を失った悲しみの底にいながらも、自分より彼のことを心配しています。
悲しませるくらいなら「わたしのことなどどうか忘れてください」と願えるのは、彼女の強さと愛の表れです。
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自分が思うより
恋をしていたあなたに
あれから思うように
息ができない
あんなに側にいたのに
まるで嘘みたい
とても忘れられない
それだけが確か
≪Lemon 歌詞より抜粋≫
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彼女は失ってはじめて、自分がどれほど彼を愛していたのか気付きました。
呼吸のように当たり前にできていたはずのことでさえ、うまくできなくなってしまうほどに、彼女の人生にとって彼はかけがえのない存在だったのです。
それなのに、亡くなってしまえば一緒に過ごした日常が「まるで嘘みたい」に消えてしまいます。
しかし日常から彼が消えても、彼女の心に焼き付いている記憶が彼の存在と愛し合った時間を証明してくれます。
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切り分けた果実の片方の様に
今でもあなたはわたしの光
≪Lemon 歌詞より抜粋≫
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最後に歌われるのがこのフレーズです。
「切り分けた果実」を元に戻そうとしても、もう1つになることはありません。
それでも、切り口がぴたりと合うのはその片割れだけです。
同じように二人が再び一緒に過ごすことはもうなくても、愛し合った日々までなくなるわけではありません。
まるで自分自身の一部がなくなったかのように悲しいのは、それほど大切に想い合っていた証拠。
だからこそ、その日々の思い出が生きる希望として、彼女の心の中で光り輝き続けているのです。
怖いほどの愛情で人の本質を描く名曲
米津はこの楽曲を「すごい自分勝手で怖い」と語っています。
希望的である反面、自分の思いをひたすらぶつける歌詞は、確かに愛情の重さを感じるでしょう。
それは同時に、死が人の理性的な部分を奪ってしまうことや、失ってからでないと大切なことに気が付けない人間の未熟さを絶妙に表現しているようにも思えます。
『Lemon』は美しい音楽と歌詞を通して、死に揺さぶられる人の心の弱さを肯定してくれる温かい楽曲です。
TEXT MarSali