森高千里をテレビで見る機会が増えた。結婚や出産を機に表舞台から離れていたが、デビュー25周年の2012年に、突如としてセルフカバー200曲をYouTubeにアップし始めてから露出を増加。昨今ではFNS歌謡祭などで、司会を務めたり、自身のヒット曲を披露しながら全盛期を彷彿とさせるミニスカートで歌ったりと眠れる往年のファンを奮い起こす活躍を見せている。
森高といえば、アイドルばりのルックスとモデル並みのスタイルを兼ね備えていながら、自身で作詞・作曲も出来ちゃうシンガーソングライターである点が稀有の存在である。曲調も幅広く、『私がオバさんになっても』や『勉強の歌』などユニークな歌詞のアイドルソングから、『雨』や『道』などの落ち着いたバラードチューンまで多岐にわたる。中でも『渡良瀬橋』は、大人の恋に傷ついた女性の心境を優しくもリアルに描いた人気のナンバーだ。
渡良瀬橋で見る夕日を
あなたはとても好きだったわ
きれいなとこで育ったね
ここに住みたいと言った
電車にゆられこの町まで
あなたは会いに来てくれたわ
私は今もあの頃を
忘れられず生きてます
今でも 八雲神社へお参りすると
あなたのこと祈るわ
願い事一つ叶うなら
あの頃に戻りたい
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「いい街だね」と彼が言ってくれたことが嬉しかった。見慣れた風景に"彼"という非日常が入り込む。照れくさいような、嬉しいような。「ここに住みたい」と彼が言った時から、彼が"日常"になることを心のどこかで彼女は期待していたのかもしれない。でも、彼とはお別れをした。今もあなたのことを思い出し、戻らぬ過去を追い求めて馴染みの神社で彼女は手を合わせる。"結婚"を意識した女性の切ない慕情を森高は見事に書き下ろした。
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誰のせいでもない あなたがこの街で
暮らせないことわかってたの
なんども悩んだわ だけど私ここを
離れて暮らすこと出来ない
あなたが好きだと言ったこの街並みが
今日も暮れてゆきます
広い空と遠くの山々 二人で歩いた街
夕日がきれいな街
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あなたが好きと言ったこの街は当然、渡良瀬川がある栃木県足利市だ。熊本県出身の森高は、言葉の響きの美しい川や橋を探して渡良瀬川を見つけるまで、その存在を知らなかった。森高が歌にする前から有名な夕日の名所であったそうだが、別れを経験した女性の世界観をイメージして描いた"夕日がきれいな街"は、夕景に照らされた足利のイメージと見事にシンクロした。実際に訪れた時に森高自身も驚いたほどだという。
今でも『渡良瀬橋』は森高ファンのみならず足利市民にも愛され続けている。携帯電話の普及した昨今、歌に登場する公衆電話に撤去の話も浮上したが、足利市役所の働きかけでNTTも踏みとどまった。また2015年7月からは最寄りの東武伊勢崎線足利駅では列車到着のメロディーとして、JR両毛線足利駅では列車発車のメロディーとして『渡良瀬橋』が流れている。電車にゆられこの足利まで会いに来てくれる彼を、『渡良瀬橋』を聞きながら迎える彼女がいたりして。
また他のアーティストにも愛される一曲だ。松浦亜弥をはじめ多くのアーティストによってカバーされている。これからも多くの歌い手によって歌い継がれ、多くの人に愛されていって欲しい一曲だ。
TEXT:田中利知 【https://twitter.com/toshichika8855】