「ロビンソン」を紐解くヒント
2007年、スピッツ結成20周年に出版された彼らの回顧録『旅の途中』の中で、草野マサムネは『ロビンソン』についてこう語っています。「なんであの曲がこんなに長く売れているんだろう?そのとき抱いた疑問の答えはいまでも出ていない」
『ロビンソン』がリリースされた1995年は、J-POPの華やかなりし時代でした。
その中で、マスコミへの露出が少なかったスピッツの、しかもどちらかといえば地味な曲調の『ロビンソン』がなぜ大ヒットを記録したのか。
もしかすると、冒頭のフレーズにその答えの大きなヒントが隠されているのかも知れません。
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新しい季節は なぜかせつない日々で
≪ロビンソン 歌詞より抜粋≫
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『ロビンソン』は、1995年4月にリリースされた曲でした。まさに「新しい季節」ですよね。
春は新しい出会いの季節であると同時に、別れの季節でもあります。春が訪れる度、暖かい風の中に春特有のせつなさを感じる人も多いでしょう。
憂いのあるギターのアルペジオに導かれて始まるこのフレーズには、聴く度にその空気を感じさせる「不思議な力」がある気がします。
なぜタイトルが「ロビンソン」なのか
『ロビンソン』というタイトルも、この曲がヒットした理由の1つかも知れません。
歌詞の中に「ロビンソン」という言葉は一度も出てこないのになぜ『ロビンソン』なのかと、多くの人に強いインパクトを与えたことでしょう。
草野マサムネは、作曲中につけた適当な仮タイトルをそのままタイトルにしてしまうことがあり、『ロビンソン』もそうでした。
しかし、そんな事情を知らない多くの人は『ロビンソン』というタイトルから『ロビンソン漂流記』を連想したのではないでしょうか。
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河原の道を自転車で 走る君を追いかけた
≪ロビンソン 歌詞より抜粋≫
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子供の頃に読んだ冒険物語のようなノスタルジーを感じながら聴くと、ふと昔好きだった人を思い起こさせるようなフレーズですよね。
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思い出のレコードと 大げさなエピソードを
疲れた肩にぶらさげて しかめつら まぶしそうに
≪ロビンソン 歌詞より抜粋≫
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当時好きだったレコードについて、友人と大げさに語り合った日々の記憶が蘇ってきた人もいるかも知れません。
様々な解釈を生む「二人だけの国」
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同じセリフ 同じ時 思わず口にするような
ありふれたこの魔法で つくり上げたよ
≪ロビンソン 歌詞より抜粋≫
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恋人や親友との間には、同時に同じ言葉を発したり、偶然同じ場所にいたりするような不思議な繋がりを感じることがありますよね。
その繋がりは、恋愛や友情という名の魔法なのかも知れません。その力で二人は何を作り上げたのでしょうか。
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誰も触われない 二人だけの国 君の手を離さぬように
≪ロビンソン 歌詞より抜粋≫
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それは、自転車で河原を走ったり好きな音楽について話し合ったりした、二人にとっての大切な時間。
他人にとってはくだらないものでも、二人にとっては宝物のような、そんなかけがえのない日々のことではないでしょうか。
一方で、「誰も触れない 二人だけの国」というフレーズが、『ロビンソン』の歌詞が「怖い」と言われるキーワードにもなっているようです。
『ロビンソン』の歌詞は怖い?「後追い」の意味とは?
2019年10月に放送された『関ジャム完全燃SHOW』の「スピッツ特集」で、ゲスト出演したゲスの極み乙女。の川谷絵音が『ロビンソン』の歌詞について独自の解釈を展開。
「誰も触れない 二人だけの国」が「天国」を表し「亡くなった彼女の後追い自殺をしたのでは」と解説して大きな反響を呼びました。
スピッツをリスペクトしている彼ならではの深い考察ですよね。
また、草野マサムネの歌詞世界には、グリム童話と同じような恐ろしさがあるような気がします。
狼に食べられる『赤ずきん』や、塔に閉じ込められる『ラプンツェル』は、冷静に考えればかなり怖いお話。
草野マサムネの歌詞にも、グリム童話のような夢と毒が共存していますよね。
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片隅に捨てられて 呼吸をやめない猫も
どこか似ている 抱き上げて 無理やりに頬よせるよ
≪ロビンソン 歌詞より抜粋≫
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非力な子猫を捨てる残酷さと、その子猫拾って抱き寄せる慈悲深さ。このフレーズにはそんな人間の二面性を感じませんか。
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いつもの交差点で 見上げた丸い窓は
うす汚れてる ぎりぎりの三日月も僕を見てた
≪ロビンソン 歌詞より抜粋≫
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丸いものと尖ったものは、草野マサムネの歌詞の中で重要な意味を持つキーワードですが、ここではこの曲の主人公の心の純粋さと不純さを象徴しているのかも知れません。
「宇宙」が意味するものを考察
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待ちぶせた夢のほとり 驚いた君の瞳
そして僕ら今ここで 生まれ変わるよ
誰も触われない 二人だけの国 終わらない歌ばらまいて
≪ロビンソン 歌詞より抜粋≫
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こうして考えてみると『ロビンソン』はまさにおとぎ話のような曲。
『不思議の国のアリス』でアリスがウサギ穴を降りて夢の国へと迷い込むように、美しいイントロにのって、リスナーは心の奥にある「二人だけの国」へ降りて行けるのではないでしょうか。
そして、大好きな音楽が終わりなく流れ、驚いた大きな瞳が美しい君に会えるその国で、あの頃の自分を取り戻せるのかも知れません。
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大きな力で 空に浮かべたら ルララ 宇宙の風に乗る
≪ロビンソン 歌詞より抜粋≫
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草野マサムネにとって「宇宙」とは何を意味しているのでしょうか。彼を含め「詩人」と呼ばれる人の多くは、生と死について深く考えているような気がします。
詩人にとって、星が生まれては消えて行く宇宙は、繰り返される生命の営みの象徴であり、「永遠」を意味するものなのではないでしょうか。
現実世界ではすでに失われてしまった「誰も触れない 二人だけの国」は、心の中に永遠に存在し続けると、このフレーズは歌っているのかも知れませんね。
『ロビンソン』の背景を読む
『ロビンソン』は、スピッツがバンドとして大きく変化し始めた時期に生まれた曲でした。
もともとパンクバンドで、メジャーデビューしてからもコアなロックファンが好んで聴いていたスピッツ。
しかし、セールス的に低迷していた彼らは、プリンセスプリンセスやユニコーンを手がけた敏腕プロデューサー笹路正徳を迎え、よりポップな音楽性へと変わり始めます。
草野マサムネのボーカルも、笹路のアドバイスによって本来の澄んだ高音を生かすスタイルへと変化。そして誕生した『ロビンソン』が、見事に幅広い層の支持を獲得しました。
また、当時の社会情勢も『ロビンソン』のヒットに影響を与えたと言えるでしょう。
『ロビンソン』は、阪神・淡路大震災が発生した1995年1月17日にレコーディングされたそうです。
ビルや高速道路が倒壊したこの震災は、この世に永遠に続くものはないのだという思いを、多くの人に強く再認識させたのではないでしょうか。
その中で、『ロビンソン』のどこか「永遠」を感じさせる歌詞と、レコーディングに携わった人々が音に込めた被災地への思いが、人々の心の深い部分に触れたのかも知れません。
スピッツの音楽には、人間の美しさと醜さ、強さと弱さ、どちらも受け入れてくれるような大きな優しさに満ちています。
優しさとは、いつの世も人間が必要とするものであり、それが『ロビンソン』がリリースから四半世紀以上が過ぎた今もなお、人々の心をとらえる理由なのではないでしょうか。