主人公は王に仕える宮廷道化師
未成年とは思えない類まれなワードセンスと中毒性のあるメロディーで、多くのボカロファンを虜にしているボカロP・Kanaria(カナリア)。2021年3月1日に、自身4曲目となる楽曲『エンヴィーベイビー』をリリース、YouTubeで公開したMVは、公開から1ヶ月足らずで早くも300万回再生を突破するなど、その人気ぶりが窺えるでしょう。
この楽曲は、Kanariaの人気曲『KING』のメロディーや歌詞の内容に似た部分がたくさんあります。
あまりの似方に「ストーリーがリンクしているのでは?」と考えるファンも続出。
この記事では、MVの内容と『KING』の歌詞との関連を押さえながら、『エンヴィーベイビー』の歌詞の意味を考察していきましょう。
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Hi. I wanna people save.
all right?
ジャマママ マ
≪エンヴィーベイビー 歌詞より抜粋≫
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冒頭は、派手な服装をした主人公の語りから始まります。その服装や涙のメイクから、道化師だと推定できます。
『KING』の舞台が中世のフランスだとするならば、この主人公は、当時ヨーロッパで王や王の周囲の人を笑わせる従者として雇われていた、宮廷道化師かもしれません。
宮廷道化師は、たとえ国王が相手でも笑いのためなら無礼な態度を取っても許された特別な存在です。
どんなに失礼なことをしても、罰を受けることはほとんどありませんでした。
その特別な立場から、時には民衆の代弁者として国王に意見する異質な存在だったようです。
「I wanna people save」というフレーズは「人々を救いたい」という意味なので、民衆のために、ひいては国を束ねる国王自身のために、意見を伝えたい気持ちでいるのだと考えられます。
しかし、暗転した後、舌を出したおどけた表情で「ジャマママ」と歌う様子を見ると、国王を邪魔に思う気持ちもあると予想できますね。
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タイトロープは崩れる 壊される
とんだレイディ
ライトめがけて無様に 砕かれる
そんな将来
≪エンヴィーベイビー 歌詞より抜粋≫
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「タイトロープ」とは綱渡りに使う張り綱のことで、道化師が使う小道具としてはメジャーなものでしょう。
失敗しそうに見せかけて観客をハラハラさせるのが得意な道化師ですが、ここでは「タイトロープは崩れる 壊される」とあるため、何者かによって道化師の身に危険が生じたことがうかがえます。
「とんだレイディ」と続くことを考えると、ある女性が関わっているのでしょう。
「ライトめがけて無様に 砕かれる」とあるように、道化師はタイトロープから落ちて破滅の結末を迎えます。
一転、「そんな将来」と付け加えられることから、現実にはそうなっていない様子。しかし、同じように身を滅ぼす出来事が起こりそうと予感しているのかもしれませんね。
MVに注目すると、主人公はトランプらしきカードで右目を隠しています。
古代エジプトのシンボル「ホルスの目」では、右目は知性を表し、過去を見つめているとされています。反対に、左目は感情を表し、未来を見つめているのだそう。
「右目は女性を表す」という考え方もあることを踏まえて総合的に考えると、主人公は本来持つ知性を隠して愚か者を演じながら、先行きを見ている道化師の男性と考察できます。
ある女性によって身を滅ぼすかもしれないと考えていることからも、主人公は男性の可能性が高そうです。
女性と言えば『KING』の主人公。もしかすると、国王の処刑に加わった彼女は『エンヴィーベイビー』では王の座に君臨していて、彼は彼女に仕えているのかもしれませんね。
嘘つきな彼女の本心はお見通し
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ハイに気ままに ロンリーロンリー
空いた言葉で 弄人 牢人
愛も変わらず 後悔なんてない
Hey,it's a amazing.
≪エンヴィーベイビー 歌詞より抜粋≫
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おどけた言動をしながら、宮廷で「気ままに」振る舞える唯一の存在、道化師。
周囲からは愚かに見られる一方で、国王に進言できる賢さを持った彼らは、どこかに属することもできず、孤独を抱えていたのかもしれません。
続く「弄人」とは、おそらくそのまま人を弄んでいることを指していて、「牢人」は失業して他国を放浪している人のことでしょう。
「空いた言葉で」と並べられているのを見ると、彼の言葉によって就いていた立場から退くことになった人がいるのかもしれません。
「愛も変わらず」は『KING』でも出てきた表現です。
曲同士の繋がりを連想させるために使われているならば、国王が処刑された裏には、国王を邪魔に思っていた道化師の暗躍があったのでは?
またこのフレーズには、「新たに王となった彼女の前国王への愛は変わっていない」という意味も取れるのではないでしょうか。
これに対して彼は「Hey,it's a amazing.」と言いつつも悲しい表情、寂しさが滲んでいます。
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アンレディ ディス ディス ラヴァ ベイビー
愛の苑 迫りくる 引く手に
まさに ディス ディス ラヴァ クレイジー
害の苑 人の芽は ライアイア
≪エンヴィーベイビー 歌詞より抜粋≫
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「アンレディ」は準備ができていないことを指す単語「unready」のこでしょう。前国王を愛し続ける彼女を受け入れる、心の準備ができていないのかもしれません。
「ディス ディス ラヴァ ベイビー」が「this this lover baby」だとすると、babyは好きな人への呼びかけで、彼女への愛情を明言しているように聞こえます。
彼女のそばは「愛の苑」のように幸せに満ちていながら、カードゲームのように本音を隠す彼の切り札へと彼女の手が「迫りくる」。
その様子は「クレイジー」で「害の苑」と言えるほど危険に満ちています。
苑という言葉には、鳥獣を飼うための飼育場所としての意味合いもあり、彼女に心を囚われて離れられない彼の心情を表しているかのようです。
彼女という苑の中では「芽」が象徴しているような、生まれたばかりの希望も結局嘘。
彼は苦しい想いを抱えているのでしょう。
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嗚呼
愛してる 過ぎたことまで
好きすぎる 一つ二つで
ライライラヴィンギュ そんな言葉で
そんなことして ジャマママ マ
≪エンヴィーベイビー 歌詞より抜粋≫
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過去のことまで愛していると言えるほどの強い想いは、罪人として処刑されてもなお前国王を想う彼女にぴったりです。彼はその様子に「好きすぎる」のではとさえ感じています。
次の「ライライラヴィンギュ」を英文に当てはめるなら「lie,lie,loving you」となるでしょう。
「そんな言葉で そんなことして ジャマママ」と続くということは、彼女は道化師の彼に愛してると嘘をついてまで、自身の立場のために彼に取り入ろうとしているのかもしれません。
MVの道化師は舌を出しているように見えますが、よく見るとハートをくわえているようにも見えます。
ハートが愛を意味するのだとすれば、彼女から彼に示された偽りの愛や、前国王への捨てられない愛情に噛みついているようにも考えられますね。
そして同時に、叶わない恋をする彼自身の愛情を喰らう気持ちもあるのかもしれません。
歌詞の意味を紐解くキーワードは「3つ」
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必中 到来 ラブマニア
全部 泣き言 重ねて
ハイファイ 恋せよ ライアイア
演技 真似て 解は隠して
≪エンヴィーベイビー 歌詞より抜粋≫
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「ラブマニア」が愛に熱中する彼女のことだと想定すると、彼女は性懲りもなく泣き言を言って、弱い部分を見せて道化師の気を引こうとしているのでしょう。
「ハイファイ」は、オーディオ機器の再生音の質が高いことを示す用語です。続く歌詞に「演技 真似て」とあるため、そのモノマネの再現度の高さを表現しているのでしょうか。
演技で愛を伝える彼女を真似て、彼は本音を隠したまま滑稽に彼女に恋をしているふりをしているようです。
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3つ数ねて ロンリーロンリー
きっとあなたは 弄人 牢人
相も変わらず 後悔なんて無い
Hey,it's a amazing.
≪エンヴィーベイビー 歌詞より抜粋≫
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「3つ重ねて」の部分は、MVでは「3つ数えて」と表示されています。
3つという数は『KING』と『エンヴィーベイビー』に加えて、その間にKanariaが楽曲提供した『レイジークレイジー』を合わせた3曲を指しているのではないでしょうか。
『レイジークレイジー』は、高い地位から転落していった人物を描いた楽曲で、王から一転して罪人とされた前国王の歌ではないかと考えられています。
この3曲を数えるように1つずつ聴くのと、重ねるように関連づけて聴くのとでは、かなり印象が変わりますよね。
それぞれの主人公である3人の気持ちはどれも一方通行で、誰もが孤独さを感じさせます。
道化師の彼だけでなく、渦中の彼女もまた周囲を翻弄してしまう力のある人。
その被害者とも言える彼ですが、彼女を王に押し上げたことを「相も変わらず 後悔なんて無い」と断言しています。きっと、それも愛の表れなのでしょう。
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嗚呼
愛してる 過ぎたことまで
好きすぎる 一つ二つで
ライライラヴィンギュ そんな言葉で
そんなことまで ジャマママ マ
≪エンヴィーベイビー 歌詞より抜粋≫
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最後の部分は1番とほとんど同じ表現ですが、「そんなことして」から「そんなことまで」に変わっている点に着目すると、今度は彼自身の感情を歌っているように聴こえてきます。
偽りの愛を語ってまで前国王への愛を守り抜こうとする彼女を、その嘘ごと愛しているのでしょう。
歌詞には出てこないタイトルの「エンヴィーベイビー」という表現は、英語では「envy baby」直訳すると「妬む赤子」です。
しかし、『KING』に登場する主人公の女性に宛てた歌だとすれば、恋人に呼び掛けるような親しみのこもった呼びかけで「君が羨ましいよ」と言っているようにも捉えられます。
道化師が隠していた本音が実らぬ愛だとすれば、過去の愛を抱き続ける彼女の想いの強さへの憧れや嫉妬心を表しているのではないでしょうか。
このままでは身を滅ぼすと気づいていながら、愛を捨てられない彼の複雑な心情が読み取れます。
『エンヴィーベイビー』は愛情の本質を突いた楽曲
Kanariaが手がける『エンヴィーベイビー』の歌詞が表す意味は、王への複雑な想いを抱える宮廷道化師の気持ちを歌った楽曲と考察できました。愛情に潜むダークな面や、決して抗えない愛の引力が伝わってくるでしょう。
ポップなメロディラインやGUMIの使い方からも、Kanariaの技術力の高さを感じられる曲です。
聴けば聴くほど新たな解釈が生まれる深い歌詞に注目しながら、じっくり楽しんでくださいね。