映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」テーマソング
宇多田ヒカルが歌う『One Last Kiss』は、新型コロナウイルスの影響で二度の公開延期を経て、2021年3月8日に待望の劇場公開を迎えたアニメ映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』のテーマソングです。
これまでも『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の主題歌を手がけてきた宇多田ヒカルですが、その完結編となる本作ではストーリーのテーマである別れをイメージした楽曲を書き下ろしました。
エヴァンゲリオンシリーズの総監督である庵野秀明が監督を務めたMVは、YouTubeでの公開日から約20日間で再生回数2000万回を突破。
宇多田ヒカルの自然体の表情が映し出されていて、愛する人がいることの幸せと別れの物悲しさを見事に伝えています。
それでは、この楽曲にどんな意味が隠されているのか、さっそく読み解いていきましょう。
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初めてのルーブルは
なんてことはなかったわ
私だけのモナリザ
もうとっくに出会ってたから
初めてあなたを見た
あの日動き出した歯車
止められない喪失の予感
≪One Last Kiss 歌詞より抜粋≫
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楽曲冒頭で出てくるのは、世界三大美術館に数えられるルーブル美術館。
なかでもレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」は、多くの人を魅了する名画としてよく知られています。
しかし、主人公は初めて訪れたルーブル美術館を「なんてことはなかったわ」と言ってのけます。
それは「私だけのモナリザ」に「もうとっくに出会ってたから」。
つまり名画「モナリザ」のように、心を惹き付けられるほど愛する人がいるということを意味しています。
初めて会った瞬間から、運命の歯車が動き出すのを感じていたのです。
それなのに「止められない喪失の予感」と続き、すでに別れが決まっていることが明らかになります。
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もういっぱいあるけど
もう一つ増やしましょう
(Can you give me one last kiss?)
忘れたくないこと
≪One Last Kiss 歌詞より抜粋≫
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「Can you give me one last kiss?」という英文は、「最後のキスをしてくれませんか?」と訳せるでしょう。
このフレーズと前後の歌詞に注目すると、キスは思い出の象徴として使われていると考えられます。
これまで忘れられないたくさんの思い出を作ってきたけれど、別れる前にもう一つ増やしたいと思っています。
それは別れてからも、相手のことを「忘れたくない」と強く願っている証拠です。
別れる前に忘れられない最後のキスをしよう
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「写真は苦手なんだ」
でもそんなものはいらないわ
あなたが焼きついたまま
私の心のプロジェクター
寂しくないふりしてた
まあ、そんなのお互い様か
誰かを求めることは
即ち傷つくことだった
≪One Last Kiss 歌詞より抜粋≫
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彼女の愛する人は写真が苦手で、二人は思い出を写真として残すことはしてこなかったようです。
それでもまるでプロジェクターで映し出すかのように、心には数多の思い出が鮮明に焼きついています。
湧き上がる寂しさを誤魔化して平気なふりをした瞬間もありましたが、それは自分だけでなく彼にもあったはずだと納得し、どちらも不器用だったことを認めていますね。
「誰かを求めることは即ち傷つくことだった」とあるように、愛されたいという願いが生まれると、思うように愛してもらえず傷ついてしまうことはきっとよくあることです。
別れもその一つで、この人とずっと一緒にいたいとどれほど願っても、想いに反して訪れる別れは人の心を傷つけるつらいものでしょう。
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Oh, can you give me one last kiss?
燃えるようなキスをしよう
忘れたくても
忘れられないほど
Oh oh oh oh oh…
I love you more than you'll ever know
≪One Last Kiss 歌詞より抜粋≫
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二人は別れを選び、彼女は最後に「燃えるようなキスをしよう」と告げます。
「忘れたくても忘れられないほど」という表現は、キスそのものよりも「あなた」を愛したことや共に過ごした日々を大切にしていきたい気持ちの表れのように感じますね。
「I love you more than you’ll ever know」は「あなたが思う以上に私はあなたを愛している」という意味になります。
もしかしたら彼女は、彼を愛しているからこそ別れを決断し、別れる前に愛し合った時間を証明するようなキスをしたいと願うのでしょう。
シンジにとってのゲンドウやマリらの存在と重なる解釈
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もう分かっているよ
この世の終わりでも
年をとっても
忘れられない人
≪One Last Kiss 歌詞より抜粋≫
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彼女が「もう分かっている」のは、印象的なキスがなくても「あなた」のことを忘れられないという事実。
いつか年老いても、たとえ「この世の終わり」の瞬間にも、他の誰でもなく「あなた」を思い浮かべてしまう。
ここで新劇場版エヴァンゲリオンシリーズの内容を思い返してみましょう。
主人公の碇シンジは優しくも家族愛に飢えた少年で、人とのコミュニケーションが苦手でした。
ところが、エヴァンゲリオン初号機のパイロットとして使徒と戦う宿命を背負わされ、その戦いの中で仲間との絆や友情を育むようになっていくのです。
そして『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』では、父親であり敵でもあるゲンドウとの関係、綾波レイやマリ、アスカにカヲルといった仲間たちとの関係にも変化が生じます。
シンジにとって彼らへ抱く思いは、それぞれ違っても忘れられない存在であることは確かです。
彼らがいなければ成長はおろか、愛を知らないまま孤独に生きることになっていたかもしれません。
また、同時に彼らにとってのシンジの存在も大きなものでしょう。
シンジの真っ直ぐな思いに動かされていたシーンがたくさんありました。
決して良い思い出ばかりではないはずですが、そこには確かに忘れたくないと思えるほどの愛があったのではないでしょうか。
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吹いていった風の後を
追いかけた 眩しい午後
≪One Last Kiss 歌詞より抜粋≫
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「吹いていった風」は別れの後の状況を指していると思われます。
意味もないのに風を追いかけてしまうように、もう戻らない過去の記憶をふと思い返しているのでしょう。
しかし、歌詞にはその別れを悲観するような暗い表現ではなく、爽やかな言葉で締めくくられています。
どんなに別れたくなくても、様々な理由で別れの時はやってきます。
それでも、短い人生で誰かを本気で愛したことや忘れたくないと思える大切な存在と出会えた事実までなくなってしまうわけではありません。
シンジがこれまで多くの出会いを経て、新たな道を歩み始めたように、別れの辛さよりも出会いの尊さを教えてくれているようですね。
「One Last Kiss」は人への深い愛を歌う
エヴァンゲリオンシリーズの最終章『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』のキャッチコピーは、「さらば、全てのエヴァンゲリオン。」。
主題歌である『One Last Kiss』も別れの曲ですが、これまでの長い物語があったからこそ迎えられた結末にぴったりの深い愛を感じる楽曲となっています。
別れには出会えた喜びと共に過ごした感謝があるものです。
素敵な作品と出会えたことに思いを馳せながら、楽曲と共に映画を楽しんでくださいね。