東京事変「緑酒」は果たして美酒なのか
東京事変の『緑酒』は、2021年3月30日に配信リリースされ、ニュース番組である『WBSワールドビジネスサテライト』のエンディングテーマ曲にも起用された楽曲です。
同楽曲はSNS楽曲シェアキャンペーンも行っていて、ハッシュタグを付けて楽曲をシェアすると、『緑酒』のスマホ待受画像とやバーチャル背景画像をもらえるといううれしい企画も。
デジタル時代にリンクしたこうした企画は、ファンにとってはたまらないもの。
積極的にファンが喜ぶ提案をしていく姿勢も、東京事変の大きな魅力と言えるかもしれません。
新曲である『永遠の不在証明』(劇場版『名探偵コナン 緋色の弾丸』主題歌)でも話題を集める東京事変。
椎名林檎の歌唱力や独特な声、その世界観で唯一無二の存在となっていますが、曲名もインパクトが強いものが多いですね。
今回も『緑酒』という耳慣れないタイトルですが、読み方は「りょくしゅ」。
「緑酒」に関連する言葉として、「紅灯緑酒(こうとうりょくしゅ)」というものがあります。
「紅灯(こうとう)」は読んで字の如く、赤い灯火。
つまりは歓楽街や繁華街の光のこと。
「緑酒」は緑色の酒を指し、美酒のことを意味しています。
「勝利の美酒」などという使われ方をする言葉をタイトルに持ってきた東京事変。
そこに込められた意味は一体何か、歌詞を読み解いていきましょう。
ハレの日の宴=自由への勝利
『緑酒』のMVには、日本庭園や趣ある古風な建物、着物や膳など、日本の文化が強く打ち出された作りになっています。
映像にも「ハレの日」と書かれたカレンダーが登場する通り、まさに祝杯を上げる日。
タイトルの『緑酒』ともリンクした、映像作品としても面白い仕上がりになっています。
それでは、歌詞を見ていきましょう。
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乾杯日本の衆
今日は今日でまあ一つ
美味しいかどうかはさておきだ
各種生業お疲れさん
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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歌い出しはまさに、日々の疲れをねぎらうようなもの。
日頃の嫌なことは忘れて乾杯しましょう、そんな息抜きのようにも受け取れます。
「各種生業」というところに、この世に生きるすべての人へのエールのようなものを感じますね。
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小さな頃描いた将来大人は
列国の制度のめぼしき面
選んでは取り入れ最終形態を拵えた
気付いたら違っていたバトンタッチが済んで
自分らは扶養側へ責任を負う立場になった
時間がない金すらない
無い無い尽くしと言う増してどうしてこう心身消耗してんだっけ
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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子供の頃思い描いていた自分の将来像。
理想の自分からかけ離れて、気が付いたら消耗させられるばかりの日々。
そんな現実と闘っている人すべてに向けた、ねぎらうような歌詞が印象的です。
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乾杯日本の衆
信じていたい遍く
全員善人でしょう疑念
なぞ抱いても肝を突いちゃならん
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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世の中、皆いい人ばかりだと信じていれば、悩みや心の痛みもないのかもしれません。
それでも生きていれば、嫌が上にも見えてくる社会や人の裏側はあるものです。
そんな膳と悪の狭間で揺れ動く、人生のやるせなさを代弁したような歌詞に、思わずうなずいてしまう人も多いのではないでしょうか。
「自由」への渇望
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大きな不安孕んだ正体憚る
膨満感に噦いて
どこから嚥下できようか
未だ皆目消化不良だ
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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現実を生き抜けば生き抜くほど疑心暗鬼に陥る。
世の中、正しいことばかりではなく、理想だけでは生きられません。
勧善懲悪のように一筋縄ではいかない、強気を助け、弱気をくじく現実もあります。
何が正しくて誰が味方なのか、それすらも曖昧な人生。
まるで暗闇の中を手探りで進むような不安は、誰しも味わったことのある感覚ではないでしょうか。
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気付いたら許していたお年召した御仁と
幼気な御子さん方は恥ずかしそうに黙ってんだ
ぺてんのない世の中を直ぐに作んなくちゃそう願わくば
いっそ老いも若いも多弁であれ
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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この歌詞はまるで、今を生きる人たちに語りかけているようです。
不満があっても声にしない、気持ちを呑み込んで下を向いてしまう人たちに「声を上げろ」と渇を入れているようにも聞こえます。
東京事変が描き出す人間の欲望
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自由よいいように搾取されないで
安く売らないで終始貴様は
誇り高くあって頼むよ自由
フェイクじゃない元来の意味を見せて
騙るまじ腐るまじ追い続けていたい貴様をずっと
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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果たしても選ばれざる服従層と
知らん間に選ばれし支配層を結ぶ争点
自由という名の富買い叩いて奪い合う尊厳
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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何でも手軽に手に入る時代。
便利で満たされているように見えても、実は窮屈なことが多い時代。
自由を手にしやすいはずなのに、不自由を感じる日々。
安易に語られがちな「自由」というものに対して、「誇り高く」あることを願う、自由を擬人化した歌詞が面白いですね。
誰でも簡単に自由を感じやすい時代だからこそ、自由の意味を取り違えないように、都合のいい解釈で、便利に使われないように。
そんな願いが込められているように感じます。
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果たしても選ばれざる服従層と
知らん間に選ばれし支配層を結ぶ争点
自由という名の富買い叩いて奪い合う尊厳
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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支配する側とされる側。
いつの間にかできてしまった格差を埋めるために、自由という名の下に争う人間の愚かさや虚しさが滲みだしています。
『緑酒』の歌詞を見ていると「自由とは何か」を改めて考えさせられますね。
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次世代へただ真っ当に生きうと言い放てる時
遂に祝うその一口ぞ青々と
自由たる香さぞ染み入る事だろう
伝う汗と涙が報われて欲しい皆の衆
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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この歌詞には、自由への強い憧れが如実に表れています。
渇望し追い求めて止まなかった自由を手にした時に味わう酒の味は格別、まさに『緑酒』なのでしょう。
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自由よ愛しているもう遠去かんないで傍に抱き寄せて
終始貴様を尊び敬って求める自由
鳴呼どうしたって意識せざるを得ない
逃すまじ失くすまじ愛されてみたい貴様にやっと
≪緑酒 歌詞より抜粋≫
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誇り高くあれと願った「自由」を手に入れたら、もう二度と手放したくない。
いつまでも自分の側にいてほしいと願うのは人間の性でしょう。
追い求めたからこそ、渇望をしっているからこそ、手にしたら貪欲に自由をまた求めて止まない。
結局、自由というものが人間を縛り付け、不自由にしているのかもしれません。
『緑酒』のミュージックビデオは、ハレの日。
美酒を味わう、めでたい雰囲気に包まれています。
それなのに、歌われているのは自由への強い憧れ。
しかし、曲の中で「自由」を手に入れることは叶いません。
常に仮定の話。
自由を手に入れた未来を想像して思いを馳せているのみで、実際には自由に飢えています。
自由に対する強いこだわりは、人間の欲望と重なります。
手に入らないから恋い焦がれ、手に入ってもなお満たされない。
そんな人間の欲深さをも描き出す椎名林檎の歌詞や、東京事変が作り出す世界観は必見です。