aikoの名曲「カブトムシ」の誕生秘話
シンガーソングライターのaikoの魅力といえば、作詞作曲のセンスの良さです。
彼女が書く歌詞は、よくある男女の恋模様や微妙な関係性を文学的な言葉を用いて独自に表現しているため、意外な切り口でありながら自然と共感しやすい内容になっています。
そんなaikoの代表曲であり、極上のラブバラードとして愛され続けている楽曲が『カブトムシ』です。
「カブトムシ」は、1999年に発売されたaikoのメジャー通算4作目のシングル。
ファンはもちろん、あまりaikoの曲を知らない人たちであっても一度は耳にしたことがある楽曲ではないでしょうか。
ラブソングのタイトルと歌詞に虫の名前が使われることに、当時は否定的な意見もありました。
しかし、これはaikoが自分自身を見つめた時に考え付いたものだそう。
カブトムシは甲羅は硬い一方で、裏を向けたら自分では起き上がれず、内側は意外と弱い生き物です。
そうしたところが、周囲には強気な態度を見せながらも好きの一言も伝えられず、落ち込んだりメソメソしたりする自分と重なったそう。
子どもの頃から動物に囲まれて育ったaikoですが、カブトムシと自分を重ねるというところに彼女らしいユニークさが感じられますね。
家に一年中カブトムシがいたため、夏の虫だと知らずに冬の曲としてリリースしたという秘話もあります。
では、知れば知るほど味わい深い『カブトムシ』の歌詞の意味を考察していきましょう。
歌詞に漂う失恋の予感
----------------
悩んでる体が熱くて 指先は凍える程冷たい
"どうした はやく言ってしまえ"そう言われてもあたしは弱い
あなたが死んでしまって あたしもどんどん年老いて
想像つかないくらいよ そう 今が何より大切で
≪カブトムシ 歌詞より抜粋≫
----------------
この楽曲には「あたし」と「あなた」という二人の登場人物がいます。
主人公の女性は相手の男性に何かを伝えようとしていますが、伝えられずにいるようです。
身体は熱いのに指先は冷たいという矛盾から、彼女の緊張ともどかしい気持ちが感じられます。
「どうした はやく言ってしまえ」と心の声は急かしますが「あたしは弱い」から言えない。
つまり、本当は言いたくないことを伝えようとしているのでしょう。
それから続くのは「あなたが死んでしまって あたしもどんどん年老いて」という未来のこと。
「今が何より大切」だから「想像つかないくらいよ」と歌っていますが、そんなに先の悲しいことは考えたくないとも思っているのかもしれません。
一見、今に幸せを感じているようにも思えますが、彼女には言わなくてはならないことがあります。
----------------
スピード落としたメリーゴーランド 白馬のたてがみが揺れる
≪カブトムシ 歌詞より抜粋≫
----------------
「スピード落としたメリーゴーランド」は、夢のような時間の終わりを意味していると考えられるでしょう。
作り物の「白馬のたてがみが揺れる」ように見えたのはなぜか。
それは、白馬に乗った王子様のようなメルヘンな存在が、夢のように素敵な彼と出会ったことで、
現実のように感じられたからではないでしょうか。
ここまで、歌詞にどことなく悲しさや終わりを感じさせるような表現が続いていることに注目すると、
『カブトムシ』は、「主人公の女性が恋人である男性に別れを告げようとしている曲」だと解釈できます。
この二人の関係は悪いものになってしまったのでしょうか?
身長差のある彼に寄り添う時間は幸せだった
----------------
少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ
甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし
流れ星ながれる 苦しうれし胸の痛み
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう
≪カブトムシ 歌詞より抜粋≫
----------------
サビの「少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ」という歌詞から、二人は身長差があることが伝わってきます。
幸せそうに寄り添う二人からは別れの気配は感じられませんが、ここで彼女は自分を「かぶとむし」と表現しています。
カブトムシが樹木から漂う「甘い匂いに誘われ」るように、彼女は彼に抗いようもなく惹き付けられて恋に落ちたのでしょう。
しかし、所詮は「かぶとむし」。彼が与えてくれるものを欲しがるばかりで、愛情を表すこともできない弱い自分に気づきます。
好きだけど別れなくてはいけないと思い至った彼女は、別れるつらさに胸を痛めているようです。
しかし、これほどまでに彼を愛せたという嬉しさもあります。
この先一生忘れられないと思えるほどの恋ができたことは、彼女にとってかけがえのない経験になったはずです。
----------------
鼻先をくすぐる春 リンと立つのは空の青い夏
袖を風が過ぎるは秋中 そう 気が付けば真横を通る冬
強い悲しいこと全部 心に残ってしまうとしたら
それもあなたと過ごしたしるし そう 幸せに思えるだろう
≪カブトムシ 歌詞より抜粋≫
----------------
彼女は彼とそれぞれの季節を共に過ごしてきました。
春の花や太陽の温かな香り、夏の目が覚めるような空の青さ、秋の寂しさを感じる風、冬の存在を主張するような寒さ。
四季折々の様々な情景が目に浮かぶ素敵な歌詞ですよね。
そこにはたくさんの幸せと笑顔あふれる出来事があったはずですが、時を経て思い出されるのは「強い悲しいこと」ばかりです。
それでも彼女は「それもあなたと過ごしたしるし」と考えていて、良いことも悪いことも含めて幸せな恋だったと感じているよう。
この別れは関係を断ち切るためのものではなく、自分と彼がよりよい幸せを掴むための新たな一歩なのかもしれませんね。
歌詞が意味するのは忘れられない思い出
----------------
息を止めて見つめる先には長いまつげが揺れてる
≪カブトムシ 歌詞より抜粋≫
----------------
彼女が見つめているのは彼。「息を止めて」という表現から緊張した雰囲気が伝わってくるので、ついに別れを告げたところなのではないでしょうか。
「長いまつげが揺れてる」のは、彼の動揺を表していると思われます。
彼女からの思いもよらない発言に戸惑いながらも、その決断を否定しようとしない彼の優しさも感じられる歌詞です。
----------------
少しくせのあるあなたの声 耳を傾け
深い安らぎ酔いしれるあたしはかぶとむし
琥珀の弓張月 息切れすら覚える鼓動
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう
≪カブトムシ 歌詞より抜粋≫
----------------
木々のざわめきは「かぶとむし」にとって心地良く、安らぎを覚えるものなのでしょう。
そんな風に「少し癖のあるあなたの声」に、彼女は安心感を得ていました。
「琥珀」は黄金色に輝く樹液の化石のことで、「弓張月」は弓に弦を張ったような形の月のこと。
美しい琥珀色の半月が浮かぶ夜に「息切れさえ覚える」ほどの胸の高鳴りを感じた愛しい時間は、
きっといくつ歳を重ねても忘れられない思い出として記憶に残るはずです。
最後にも繰り返される「生涯忘れることはないでしょう」というフレーズから、彼女の深い愛や彼との時間の尊さがにじみ出ています。
結果は悲しいものになってしまいましたが、心の底から愛せる人がいることの幸せに気づかされる歌詞ですね。
「カブトムシ」の歌詞は恋の魅力を教えてくれる
aikoの『カブトムシ』は失恋をテーマにした楽曲で、歌詞から好きな気持ちだけではやっていけないという大人の恋愛観が垣間見えました。
幸せと切なさが共存する恋愛の本質を切り取っていて、この曲を聴くと恋がしたくなるという人も少なくないでしょう。
言わずと知れた名曲ですが、改めてじっくり聴くと歌詞の深さと音楽の繊細さが感じられるので、aikoの楽曲を知りたいならまずおすすめしたい曲です。
アルバムやライブを含め、20年以上も精力的に活動を続けるaikoのルーツに触れてみてくださいね。