米津玄師「news zero」のテーマ曲を書き下ろし
有働由美子がメインキャスターを務める日本テレビ系ニュース番組『news zero』では、著名なアーティストが書き下ろすテーマソングが話題となります。
2021年1月の放送から起用されている楽曲は、米津玄師の『ゆめうつつ 』です。
この楽曲について、米津玄師はインタビューの中で「夢と現実の間を反復する」曲と語っています。
コロナ禍で生まれた混乱への怒りや不安を音楽に落とし込み、本当に大切にするべきこととは何かを伝える歌詞は、きっと多くの人が共感できるはずです。
どんな内容になっているのか、歌詞とその意味を考察していきましょう。
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夢の続きを いつまでも探してた
あまねく町の側で 揺蕩う路地裏
広告を携えて 飛び立つ紙飛行機
何処まで飛んで行くんだろう
≪ゆめうつつ 歌詞より抜粋≫
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最初の「夢の続きをいつまでも探してた」というフレーズから、主人公がいるのは現実世界であることが分かります。それも思わず夢の残像を追いかけるほどつらい現実のようです。
どこの町にも暗い路地裏があるように、どんな現実世界の中にも心を不安定にさせる出来事があふれていて、その中をありもしない夢の続きを追って彷徨っています。
多くの音楽で自由の象徴として描かれてきた紙飛行機も「広告を携えて」という言葉がつくだけで、チラシで作った紙飛行機が自由を奪われた儚い存在のように思えてきますね。
主人公は自由もないのに飛んで行く紙飛行機に自分を重ね、どこまで行くべきなのか考えているようです。
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虚しさばっかり 見つめ続けるのは
誰かの痛みに気づきたかった ひたすら
何かを得れば何かが 目の前を通り過ぎる
さよならまた会えるかな
≪ゆめうつつ 歌詞より抜粋≫
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ニュースで報じられる現実の「虚しさ」は、嫌でも目について無意識に心を苦しめるもの。
しかし、ここではそんな当たり前の反応を「誰かの痛みに気づきたかった ひたすら」と表現し、人間の優しい心根を言い表しています。
その一方で、何かを得ようとすると別の何かを見逃してしまう不器用さもあるため、出会いと別れを繰り返しながら、十分には満たされないまま日々を過ごしているのではないでしょうか。
虚しい現実の中で願う安らぎの時間
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背中合わせの旅は まだ続いてく
誰も知り得ない傷が 癒えずに増える
どうせいつかは 風に溶け消える
ならば今夜くらいは
≪ゆめうつつ 歌詞より抜粋≫
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「背中合わせ」つまり存在は感じていても目には見えない状況は、虚しい出来事が知らず知らずの内にどこかで起こっている現実社会と似ています。
「誰も知り得ない傷」をすべての人が抱えていて、その傷が癒えないままにまた誰かの心に新しい傷が増えていく。
今は苦しいけれど人間は「どうせいつかは風に溶け消える」存在だから、と諦めにも似た率直な気持ちが綴られていますね。
しかし、そんなつらいばかりの現実の中でも少しの希望を抱いているので、「ならば今夜くらいは」という言葉に続くサビで切実な願いが明かされます。
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羽が生えるような身軽さが 君に宿り続けますように
むくれ顔の蛇も気づきはしない 日々の隙間でおやすみ
君が安らかな夢の中 眠り続けられますように
あんな姿じゃいられない
子供みたいなまま遊び疲れてそれじゃ また明日
≪ゆめうつつ 歌詞より抜粋≫
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主人公は「君」が夢の中だけは安らかでいられるようにと願います。
現実はあまりに虚しいから「羽が生えるような身軽さ」に似た自由な時間を少しでも過ごしてほしいのです。
誰もが明日もまた、同じ現実の中を生きなくてはなりません。
だからこそ、子供が遊び疲れて眠るように、現実から完全に離れる時間が必要なのです。
この現実を変えることも抗うこともできないから、踏ん張って生きていくために夢という自分だけの世界を大切にすることが不可欠であると教えてくれます。
羊のモチーフで伝える現実の実態
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間抜けな惑星に住み着いた羊の群れ
風と花と鳥に開かれた 瀟洒な宇宙船
何かを探し何かを 見捨てるアドバルーン
わたしは何処にいるんだろう
≪ゆめうつつ 歌詞より抜粋≫
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2番では羊のモチーフが登場します。
米津玄師の楽曲では羊は「迷える羊」として用いられ、か弱く無防備な人間の存在を象徴しています。
つまりここでは、混乱する「間抜け」な世界で生きるすべての人について描写しているのでしょう。
続く「風と花と鳥」はおそらく花鳥風月を意味していると考えられます。
花鳥風月は美しい自然の風景のことですが、この歌詞では月がなく順番も入れ替わっていることから、現実が混乱していて何か良いものが欠けている状態であることを暗に示しているのではないでしょうか。
そこに開かれた「瀟洒な宇宙船」を宇宙旅行を実現させるスペースシャトルと捉えると、現実から逃れて夢の世界で生きようとする考え方を表していると想像できます。
そして、「アドバルーン」は広告宣伝目的に使われる係留気球のこと。
1番の紙飛行機と同様のものとして挙げられていますが、アドバルーンは元々宣伝を目的としていることから、メディアを示すものとして用いられているように思われます。
「何かを探し」ながら「何かを見捨てる」というフレーズからは、受け入れる人を取捨選択するメディアの厳しさと、求めるもの以外は受け入れない現実社会の頑なさが伝わってくるようです。
そんな世界で生きているために、自分自身を見失ってしまうこともあります。
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眩い光に絶えず 誘われている
零れ落ちた羊は まだ夢をみる
どうせわたしも 風になり消える
ならば今夜くらいは
≪ゆめうつつ 歌詞より抜粋≫
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「眩い光に絶えず誘われている」のは、暗い現実よりも明るい希望の中に身を浸したいから。
光を求めるあまり道を踏み外してしまっても、まだ懲りずに夢を求めてしまいます。
いつか「風になり消える」のならば、少しだけでも望む世界を見ていたいと願ってしまうのはきっと仕方がないことです。
君と一緒にゆめうつつで生きていこう
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声が出せるような喜びが 君に宿り続けますように
革命家の野次も届きはしない 夜の淵で踊りましょう
君が望むならその歌は 誰かの夢に繋がるだろう
あんな人には解らない
物語の裏 隠れたままそれじゃ また明日
≪ゆめうつつ 歌詞より抜粋≫
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苦しい現実の中では、自分の思いを自由に声に出すことさえ難しい時があります。
しかし「革命家の野次も届きはしない」夢の中であれば、どんな言葉を語っても否定したり反発したりする人はいません。
とはいえ、もし「君が望むなら」その思いは自分だけの世界を越えて誰かに心に届くはずです。
「物語の裏」に隠された本当のメッセージに気づこうとしない価値観の違う人には決して伝わらない、自分の思いに共感してくれる人はどこかにきっといます。
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ゆめうつつで生きていく 一つずつ愛し合う
躊躇わず渡っていく 君の元へ
やるせなくて嫌んなる面影は遠くなる
疲れたら言ってよ話をしよう
≪ゆめうつつ 歌詞より抜粋≫
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ここでタイトルの「ゆめうつつ」という言葉が使われています。
「ゆめうつつ(夢現)」とは、夢と現実の境がはっきりしない状態のことです。
つまり「ゆめうつつで生きていく」という言葉には、夢と現実をほどよいバランスで受け入れていこうという考えが表現されていると思われます。
つらい現実にただ苦しむのではなく、夢の中に逃げ込んでしまうのでもなく、夢で安らぎを得ながら現実と向き合っていくということです。だからどちらか一方ではなく「一つずつ愛し合う」のです。
希望の見えない現実の中では、大切な存在がいることこそが希望になり、生きる力になるでしょう。
「やるせなくて嫌んなる」ことばかりを経験し、純粋に毎日を楽しんでいた頃の「面影は遠くなる」としても、夢から覚めた現実に「君」がいることは何よりの救いになる。
だから「君」が苦しまなくていいように「疲れたら言ってよ 話をしよう」と伝えています。
現実社会に漂う暗さに呑み込まれないために、自分の世界や大切な人との関係から安らぎを得る時間を大切にしたいと思えますね。
「ゆめうつつ」がきっと心を軽くする
米津玄師といえば多くのドラマ主題歌を手がけ、恋愛や別れなどドラマの世界観に合わせつつも独自の表現で新たな世界を作り出すのが巧みなアーティストです。
『ゆめうつつ』でも社会の現状を伝えるニュース番組のテーマソングとして、現実のつらさと願う夢の心地良さの両面を見事に描いています。
報じられる現実は暗くても希望を持って明日も励むために、心穏やかな眠りへと連れて行ってくれそうです。