「チェリー」のタイトルの意味は?
1996年4月にリリースされ、ミリオンヒットとなったスピッツ13枚目のシングル『チェリー』。
それ以降も、多くのアーティストによってカバーされ、幅広い層から愛されるスピッツの人気曲の1つですよね。
草野マサムネならではの、決してわかりやすいとは言えない意味深な歌詞で綴られたこの曲が、なぜこんなにも長く人々の心を掴むのでしょうか。
改めて歌詞を考察してみましょう。
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君を忘れない 曲がりくねった道を行く
産まれたての太陽と 夢を渡る黄色い砂
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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スピッツは当時のインタビューで、春に咲く桜を意味する『チェリー』というタイトルについて「何かから抜け出す、出発するようなイメージ」と語っています。
その言葉通り、冒頭のフレーズからは「君」と別れて、この先どうなるかわからない未来への一歩を踏み出す、旅立ちの風景が思い浮かぶのではないでしょうか。
「産まれたての太陽」は新たな目標を、「夢を渡る黄色い砂」は、その目標へと続く道のりを表しているのかも知れません。
「チェリー」は失恋ソング?
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二度と戻れない くすぐり合って転げた日
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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このフレーズの「くすぐりあって転げた日」とは、別れた「君」と過ごした無邪気な日々のことでしょう。
そして、その日々には二度と戻れないという意味ですよね。
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こぼれそうな思い 汚れた手で書き上げた
あの手紙はすぐにでも捨てて欲しいと言ったのに
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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旅立ちのあと、新しい世界で過ごす中で、ふと初恋を思い出しているようなフレーズです。
中高生の頃、好きな子にラブレターを書いたことがある人も多いでしょう。
そしてその内容は、書いた時は名文だと思ったのに、後から思い返せばすぐさま破りすててほしいくらいに恥ずかしいものだったというパターンが多いのではないでしょうか。
そんなありがちな経験を、草野マサムネは歌っているのかも知れません。
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少しだけ眠い 冷たい水でこじあけて
今 せかされるように 飛ばされるように 通り過ぎてく
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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無意識のうちに蘇ってくる過去の思い出を強引に頭から追い出しながら、飛ぶように過ぎ去っていくめまぐるしい日々を表しているようなフレーズです。
『チェリー』の歌詞を考察する時、最も重要なキーワードは「君」なのではないでしょうか。
旅立ちの歌であると同時に失恋ソングだという解釈もある『チェリー』。となると、「君」は、家族や友人ではなく、やはり恋人なのかも知れませんね。
続きを見ていきましょう。
草野マサムネの歌詞が怖いと言われる理由
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どんなに歩いても たどりつけない 心の雪でぬれた頬
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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このフレーズは、主人公が新しい世界でなかなか夢を叶えられない苦しみを表現しているのかもしれません。
「心の雪でぬれた頬」は、頬を伝う涙のことですよね。
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悪魔のふりして 切り裂いた歌を 春の風に舞う花びらに変えて
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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「悪魔のふりして 切り裂いた歌」とは、夢を叶えるために犠牲にしたものや捨ててきたものを表しているのでしょうか。
犠牲にしたものを「春の風に舞う花びら」のように美しい思い出に変えて前へと進んで行こうと、草野マサムネは歌っているのかも知れません。
タイトルの『チェリー』を連想させる、とても美しいフレーズですよね。
ところで、「悪魔のふりして 切り裂いた歌」のように、草野マサムネの歌詞には、人間の心の闇の部分が必ずと言っていいほど織り込まれているような気がします。
それが、スピッツの歌詞が怖いと言われる理由であると同時に、人々の心を掴む理由かも知れません。
それはきっと、人間なら誰でも心に闇の部分を抱えているからではないでしょうか。
草野マサムネの歌詞は凡人に優しい
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"愛してる"の響きだけで 強くなれる気がしたよ
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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「愛してる」という言葉は、世界共通の魔法の言葉のような気がします。
「愛してる」と言っても言われても、人の心には希望が生まれ、生きる意味を感じるでしょう。
でも、常に強い心でいられる人は、ほとんどいませんよね。
そんな人々にとって、「強くなれる」で終わるのではなく「気がしたよ」と付け加えてくれている草野マサムネの歌詞は、とても安心感があるのではないでしょうか。
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ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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世の中には大きな成功を収めセレブと呼ばれるような人たちもいますが、多くの人は平凡な一生を送るでしょう。
それは、小さな幸せをつなぎ合わせた人生なのではないでしょうか。
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ズルしても真面目にも生きてゆける気がしたよ
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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草野マサムネはこのフレーズで、小さな幸せを大切にする真面目で平凡な人たちに、長い人生たまにはズルしてもいいんだよと、歌ってくれているような気がします。
人間の心は、出口を失うと歪んで壊れてしまうでしょう。
草野マサムネの歌詞は、決して人を追い詰めず、必ず出口を用意してくれているような気がします。
それが、スピッツの楽曲が幅広い層の支持を得る理由かも知れませんね。
年を重ねてこそ解る「騒がしい未来」の意味
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きっと 想像した以上に 騒がしい未来が僕を待ってる
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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このフレーズは、もしかすると10代、20代の若者世代よりも、30代以上の世代の方が、胸に刺さるかも知れません。
若い頃は、自分の将来にはきっと色々なことが起こるのだろうと漠然と思ってはいても、具体的に何が起こるかは想像できないでしょう。
しかし、30代以上になると、いいことも悪いことも含めて、これまでの人生で起こった出来事が事実として存在しています。
それはまさに、若い頃の自分が想像もしなかった「騒がしい未来」ですよね。
そして、20代でこの達観した歌詞を書いた草野マサムネの才能に、驚かされるのではないでしょうか。
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いつかまた この場所で 君とめぐり会いたい
≪チェリー 歌詞より抜粋≫
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こうして歌詞を見てくると、草野マサムネはこの曲で自分のことを歌っているようにも聞こえてきますよね。
『チェリー』がリリースされた1996年は、前年に『ロビンソン』でスピッツが大ブレイクし、次々とヒット曲を産んでいた頃でした。
スピッツの運命が大きく動いた時期と言えるでしょう。
その状況で、草野マサムネは明らかに新しいステージへと踏み込んで行く自分の姿を歌ったのではないでしょうか。
そして、いつかまためぐり会いたい「君」とは、スピッツとして有名になることなど知る由もなく、ただ夢中でバンドをやっていた頃の自分自身のことなのかも知れません。
若者にこそ聴いてほしい「チェリー」
2021年にデビュー30周年を迎えたスピッツ。
今の若い世代にとって、もしかすると『チェリー』は「親が好きな曲」というイメージが強いかも知れません。
しかし『チェリー』は、いつの時代も「曲がりくねった道」を歩きだした10代、20代にこそ聴いてほしい楽曲。
そして、自分にはどんな「騒がしい未来」が待っているのだろうと楽しみにしながら、聴き続けて欲しい楽曲です。