映画「天気の子」主題歌を徹底解釈
2019年公開の新海誠監督の映画『天気の子』の主題歌『グランドエスケープ』は、人気ロックバンド・RADWIMPSの野田洋次郎が作詞作曲を手がけ、ヴォーカルに三浦透子が参加した楽曲です。
幻想的な映画の映像にマッチするピアノを基調とした音楽と、歌詞のメッセージをしっとりと力強く届ける歌声のリンクに引き込まれます。
同年発売のアルバム『天気の子 complete version』では、新海誠監督が作品を編集し新たに制作したMVも収録され、より映画との繋がりを感じさせるでしょう。
タイトルの「グランドエスケープ(Grand Escape)」を訳すと「壮大な脱出劇」という意味になります。
何から脱出するのかを歌詞から考察していきたいと思います。
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空飛ぶ羽根と引き換えに 繋ぎ合う手を選んだ僕ら
それでも空に魅せられて 夢を重ねるのは罪か
夏は秋の背中を見て その顔を思い浮かべる
憧れなのか、恋なのか 叶わぬと知っていながら
≪グランドエスケープ 歌詞より抜粋≫
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きっと多くの人が鳥を見て飛ぶことに憧れた経験があるでしょう。
主人公は人間が翼を持たないことを「空飛ぶ羽根と引き換えに繋ぎ合う手を選んだ」からだと考えているようです。
人は飛ぶことを諦める代わりに、思いやりの心と触れ合うための手段を手に入れたのかもしれません。
それでも自ら選んだ結果なのに「空に魅せられて」憧れることをやめられないのは罪なのだろうかと自問しています。
後半の歌詞では決して追いつけない季節の関係を擬人化し、叶わない想いを持つことは間違いなのかという疑問を投げかけてきます。
季節は必ず夏から秋へと移り変わり、夏が秋を追い越すのはあり得ないことです。
とはいえ、すぐ近くにいるのに顔を見ることすらできない相手に特別な感情を持つことはおかしいことなのでしょうか?
この部分から、常識だと思っていることも見方を変えると、ただの固定概念でしかないという事実が見えてきます。
何からの脱出?
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通り雨が通り雨と 木漏れ日たちが木漏れ日と
名乗るずっとずっとずっと前から あなたはあなたでいたんだろう?
≪グランドエスケープ 歌詞より抜粋≫
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人々が「通り雨」や「木漏れ日」と呼ぶようになる前から、どちらも名前がないだけで当たり前に存在していました。
大抵、人は名前に縛られてしまいがちです。
名前はそれぞれを区別するために重要なものですが、どんなものも名前があるから存在するようになったわけではありません。
たとえ名前がないとしても誰もが「あなた」というかけがえのない存在で、名前に縛られずもっと自由でいいんだというメッセージが込められていると考察できます。
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重力が眠りにつく 1000年に一度の今日
太陽の死角に立ち 僕らこの星を出よう
彼が眼を覚ました時 連れ戻せない場所へ
「せーの」で大地を蹴って ここではない星へ
行こう
≪グランドエスケープ 歌詞より抜粋≫
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サビの歌詞に登場する「太陽」や「星」という表現からは、より壮大なイメージが伝わってきますね。
「重力が眠りにつく」のフレーズは重力が作用しなくなるということなので、地球の滅亡を表していると考えられます。
ここで出てくる「彼」は重力を指していると解釈できるでしょう。
この重力は、固定概念や名前のように人を縛りつけているものの象徴として用いられているようです。
ひと時でもその束縛から逃れられる瞬間があるなら、もう二度と捕らえられないように自由を求めて違う世界へ飛び立とうという主人公の決意が垣間見えます。
つまりタイトルの「グランドエスケープ」の意味は、自分の考えや存在が縛りつけられているこの不自由な世界からの脱出なのです。
自由な世界へ飛び立て
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夏風邪に焦る心が 夏をさらに早送るよ
めまぐるしい景色の中 君だけが止まって見えた
君と出会ったあの日から パタリと夜、夢は止んだよ
土の中で待ちこがれた 叶えるその時は今だ
≪グランドエスケープ 歌詞より抜粋≫
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夏は多くの楽しみがある季節ですが、夏風邪のせいで夏を満喫できないことがあります。
2番の「土の中で待ちこがれた」というフレーズは、セミを連想させますね。
土の中で長い時間を過ごすセミが、地上で生きられる時間はたったの一週間です。
ずっと楽しみに待っていたのに、その貴重な時間がどんどん短くなっていくのを感じている時の無念さが、この表現によってより理解できるでしょう。
そんな勢いよく流れていく日々の中で出会った「君だけが止まって見えた」のは、周囲の何にも影響を受けない自由な存在だったからなのかもしれません。
「叶えるその時は今だ」の言葉に、この出会いをきっかけにただの「夢」に過ぎなかった想像を現実に変えたいという強い願いが表れているように感じます。
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重力が眠りにつく 1000年に一度の今日
花火の音に乗せ 僕らこの星を出よう
彼が眼を覚ました時 連れ戻せない場所へ
「せーの」で大地を蹴って ここではない星へ
行こう
≪グランドエスケープ 歌詞より抜粋≫
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2番のサビでは、1番で「太陽の死角に立ち」だった部分が「花火の音に乗せ」というフレーズに変わっています。
太陽は強い光で照らして全てを明らかにするイメージがあるため、死角で見つからないように慎重に脱出しようとする様子を想像できるでしょう。
一方、花火の大きな音は他の音を掻き消すような威力があるので、その音を味方につけて逃げようとしていることが分かります。
花火の音しかしない景色の中で、主人公と「君」の二人きりの世界へ息を合わせて飛び立つ自由へのわくわく感が伝わってくるようです。
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もう少しで運命の向こう もう少しで文明の向こう
もう少しで運命の向こう もう少しで
夢に僕らで帆を張って 来たるべき日のために夜を越え
いざ期待だけ満タンで あとはどうにかなるさと 肩を組んだ
怖くないわけない でも止まんない
ピンチの先回りしたって 僕らじゃしょうがない
僕らの恋が言う 声が言う
「行け」と言う
≪グランドエスケープ 歌詞より抜粋≫
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「運命」は定められて変えられないもので、便利な「文明」も頼りすぎては自分を縛りつけるものになるでしょう。
見えない壁を飛び越えれば何者にも縛られない自由な世界があり、全てを自身で決められるその世界では文明すら必要ありません。
新しい世界での希望が主人公には、はっきりと見えているようです。
いよいよ「来るべき日」に備えて準備を進め「あとはどうにかなるさ」と腹をくくります。
後半では踏み出すことが「怖くないわけない」と正直に明かしつつも、先の不安を考えてもどうしようもないのだから「止まんない」とやる気を滲ませてもいます。
愛する人との出会いによって変化した心の声が「行け」と力強く告げるのに背中を押されて、主人公はついに旅立つのです。
「グランドエスケープ」が自由へ踏み出す勇気をくれる
RADWIMPSと三浦透子の歌う『グランドエスケープ』は、自分を縛る世の中の様々なものから自由になろうとするポジティブなメッセージが込められていました。時には自分の考えが自身を行動しにくくさせることもあるでしょう。
それでも勇気を出して一歩踏み出せば、きっと新しい世界を見ることができるはずです。
自由への希望を持ち、前進することの素晴らしさを教えてくれる名曲です。