草野マサムネが生み出す唯一無二の世界観
『空も飛べるはず』は、1994年4月25日にリリースされたスピッツの8枚目のシングルです。
ドラマ『白線流し』の主題歌に起用された他、多くのアーティストにカバーされていることからも、楽曲の魅力の高さが伝わります。
中でも2017年にガールズバンドのねごとがカバーしたバージョンは映画『トリガール』主題歌を飾ったため、印象に残っている人も多いかもしれません。
発売から28年経っているとは思えないほど、色褪せることなく愛され続ける、スピッツの名曲といえるでしょう。
作詞作曲を手がけた草野正宗(マサムネ)の世界観はそのまま、スピッツというバンドの世界観や存在感にもつながっています。
デビュー曲から最新曲まで楽曲の根底に流れているものは変わらず、どこか懐かしく心地よいメロディなのに、いつ聴いても古くささを感じさせない。
誰にも真似できない確固たるスタイルを持っているからこそ、スピッツは時代に流されることなく輝き続けることができるのでしょう。
『空も飛べるはず』はスピッツの中でも知名度も人気も高い曲。
思わず口ずさみたくなるノスタルジックで温かいメロディが魅力的ですが、実は怖い意味があるともいわれています。
スピッツは歌詞が独特で解釈が難しいものも多いため、聴く人によって受け取る印象が変わるのも理由の一つでしょう。
では、この曲のどこに怖い要素があるのか、歌詞の意味を拾いながら考察していきましょう。
青春の不安定さが愛おしい歌詞
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幼い微熱を下げられないまま 神様の影を恐れて
隠したナイフが似合わない僕を おどけた歌でなぐさめた
≪空も飛べるはず 歌詞より抜粋≫
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「幼い微熱」というのは、子供から大人へと成長していく若者の、繊細な心のありようを思わせます。
少しだけ背伸びして、大人になったような高揚感。
けれどまだまだ幼さを残した瑞々しさが「幼い微熱」なのではないでしょうか。
「隠したナイフ」は、尖っていたい自分。
けれど、理想と現実の自分はちぐはぐでアンバランス。
強がってみてもまだまだ子供で、頼りなさの消えない「僕」を、滑稽だと笑うのではなく、あえて「おどけた歌」でなぐさめてくれる存在は貴重です。
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色褪せながら ひび割れながら 輝くすべを求めて
≪空も飛べるはず 歌詞より抜粋≫
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敏感かつ幼稚で、尖りたいのに大人にはなりきれない、中途半端で不格好な存在。
この作品の主人公である「僕」はきっと、少年から青年への成長段階にあるのでしょう。
子供から大人へと生まれ変わっていく絶妙な心の有様を見事に言い得ています。
若さをキラキラと眩しく描くのではなく「色褪せ」「ひび割れ」た存在として描くことで、未成熟さが伝わってくるのです。
背反するものが混在する美しさ
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切り札にしてた見えすいた嘘は 満月の夜にやぶいた
はかなく揺れる 髪のにおいで 深い眠りから覚めて
≪空も飛べるはず 歌詞より抜粋≫
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「切り札」なのに見え透いているところにくすりとさせられる歌詞です。
格好はつけるのに格好つかない不格好さが、かえって愛おしいのです。
「長い眠り」とは、大人の階段を上ったということでしょうか。
女性の髪の香りにドキッとしたり、心奪われたりするのは、思春期に多くの人が体験することです。
異性のふとした仕草で、変に意識してしまう。
ただの友達やクラスメイトから、はっきりと異性として認識し始める。
そんな初々しい心の変化は、些細なことで生まれるのです。
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君と出会った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず
ゴミできらめく世界が 僕たちを拒んでも
ずっとそばで笑っていてほしい
≪空も飛べるはず 歌詞より抜粋≫
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この世界を「ゴミできらめく世界」と表現した、草野マサムネの比喩の上手さには目を見張るばかりです。
瑞々しさを保ちながらどこか歪で、美しいものと醜いものが混在したような魅力的な世界観。
「君と出会った奇跡」といいながら、世界は「ゴミできらめいている」のです。
ゴミは汚いもの。
きらめきとは相反するイメージを抱かせる言葉を掛け合わせることで、アンバランスで不安定な世界観が生まれます。
しかしなぜか、その不安定さ、アンバランスさが愛おしく、美しい。
ただ美しいものは、すぐに見飽きます。
ただ汚いものは、目を背けたくなります。
汚いのに美しく、きらめいているのに醜い。
一種の気持ち悪ささえ覚えるような不思議な感覚が、草野マサムネの、スピッツの世界に見せられてしまう理由なのでしょう。
まるで中毒のように、アンバランスなものを求めてしまうのです。
「ゴミできらめく世界」を俗世界とするならば、その世界に拒まれた2人はきっと、2人だけの世界へと向かうのでしょう。
恋に落ちると周りが見えなくなるように、「僕たち」もまた、2人きりの世界を夢見ているのかもしれません。
「空も飛べるはず」が意味するもの
草野マサムネが生み出す曲には、温かさや癒やしといった要素と共に、どこか不安を感じさせる薄暗い要素があります。
『空も飛べるはず』は全体的には前向きで明るい印象を受けますが、歌詞の解釈によっては全く異なる印象を受けるのも面白いところ。
では、改めて歌詞を見ていきましょう。
気になるフレーズは「隠したナイフ」や「神様の影」。
AメロからBメロはゆったりと流れる心地よいメロディですが、不意に現れる刃物の存在にドキッとさせられます。
サビに入ると視界が開けたように開放的なメロディ。
「僕」にとって「君」との出会いはまさに「奇跡」で、まだ小さな胸はきっと、喜びでいっぱいなのです。
愛する人と一緒に生きられるなら、世界から見放されても構わない。
そんな無謀ささえ感じます。
「ゴミできらめく世界」という俗世界=現世に拒まれた2人が向かう先は、その向こう側。
2人だけの愛の世界と考えれば希望に溢れる歌ですが、もしもそれが黄泉の国だとしたら。
この楽曲の意味するものが大きく変わります。
世間が、俗世界が、自分たちの幸せを認めてくれないなら…。
まだ大人になる途中の、不安定で繊細な心を持った男女ならば、死を選んでしまう可能性だって十分にあります。
そして、魂だけの存在になれば「空も飛べるはず」。
一見明るくて和やかな雰囲気なのに、どこか死を匂わせる歌詞こそがアンバランスな魅力を持ち、聴く人の心を惹きつけるのではないでしょうか。
髪の匂いで覚醒し、ナイフで現世に別れを告げる2人。
最後は身体を脱ぎ捨て自由になる。
『空も飛べるはず』は、恋に落ちた2人が夢の世界へと旅立っていく幸福感と、現世を捨てて死の国で自由を手に入れるという異なる顔を持つ楽曲。
聴く人の解釈によって曲の意味が変わってしまう、いかようにも味わえる楽曲なのです。
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君と出会った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず
夢を濡らした涙が 海原へ流れたら
ずっとそばで笑っていてほしい
≪空も飛べるはず 歌詞より抜粋≫
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「夢を濡らした涙」とは、俗世間で流した涙でしょうか。
自分たちの存在を受け入れてもらえない、この愛が実らないという現実が、そこにはあったのかもしれません。
涙を拭いて、新しい幸福を2人で見つけ出したのか。
それが現実世界でも死の世界であっても、翼を手に入れた2人には、もう怖いものはなくなったのでしょう。
草野マサムネ自身も、解釈は聴く人に委ねるスタイルのため、あまり歌詞について詳しく説明することはありません。
自由に咀嚼し、味わう。そんな楽しみ方ができるからこそ、スピッツの音楽は1人1人の心の中に生き続けるのかもしれません。