舞台にも戯曲にも注目したい『もしも命が描けたら』テーマソングをYOASOBIが担当
『もしも命が描けたら』は2021年12月1日に発売されたYOASOBI2作目のEP『THE BOOK 2』に収録された楽曲です。
『THE BOOK 2』には他にも『ツバメ』『怪物』『大正浪漫』など8曲を収録。
同年8月に田中圭の舞台『もしも命が描けたら』のテーマ曲になっていて、舞台と同名タイトル曲が満を持して発売された形となりました。
舞台作品のテーマ曲ということもあり、YOASOBI版戯曲としても同名タイトルでリリースされており、戯曲と音楽の二つの面から楽しむことのできる作品となっています。
小説を音楽に昇華させるユニット・YOASOBIとしての魅力が存分に発揮された今作ですが、気になるのはそのタイトルです。
命とは誰しも与えられるもの。そして、いつか必ず尽きるもの。
誰しも経験する生と死という普遍的なテーマと「描く」という行為が、どのようにかかわっていくのか。
摩訶不思議な歌詞の世界を読み解いていきましょう。
様々な命との出会いと別れを描いた歌詞
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月が綺麗な夜に
森の中でただひとり
この世界から旅立つ前に
これまでの日々を浮かべる
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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命という目に見えないものを描こうとするタイトルが非常に興味深い一曲です。
「この世界から旅立つ」という歌詞が不穏ですが、月灯りの綺麗な夜というのが幻想的で美しいですね。
まるで物語の始まりのような一節です。
主人公である「僕」は月人という名前であることが戯曲では明らかになっていますが、彼と月との関係の深さを感じさせますね。
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裕福じゃない暮らしそれでも
いつだってそばには母の優しさ
僕の描く絵を大好きだと言ってくれた人
二人生きるために夢も捨て働いて
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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これまで生きてきた世界に別れを告げようと決めた時、人はどうしても自分の人生を振り返りたくなるのでしょう。
走馬灯のように、映画のフィルムのように、人生を振り返る時間は穏やかです。
そんな穏やかな気持ちで記憶を辿ることができるのはきっと、そこに母親の深い愛があったからでしょう。
決して裕福な暮らしではなくても、自分をまっすぐに見つめ、愛を注いでくれる人がいれば、心は満たされるものです。
お金では買うことのできないものに恵まれた「僕」は、貧しいながらも幸せな時間を過ごしてきたのだと分かります。
自分は生きるために夢を捨てていながら「僕」の好きなことを褒め、絵が好きだと言い続けてくれる愛情。
そんな母と、どのような別れを迎えたのかは分かりませんが、信頼を寄せていた肉親の喪失は、計り知れないほど大きなものだったのではないでしょうか。
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それでも訪れる別れ
そんな時に君に出会い
恋に落ちた
愛を知った
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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家族から注がれる愛を失い、今度は「君」と恋に落ちる。
家族愛しか知らなかった「僕」が初めて、家族以外の誰かを愛することができたのです。
それは子供から大人へと、成長する大きな階段ともいえるでしょう。
家族を失っても、大切な誰かと家族になり、家庭を築くことはできます。
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幸せだと
思えたのに
どうして
大切なものばかりが
消えていく
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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「僕」の人生はことごとく愛に嫌われるのでしょうか。
せっかく見つけた新しい愛も、育て上げることができぬままに終わりを迎えたようです。
大切な人ばかりが自分の元を去ってしまう、永遠の別れを告げる悲しみ。
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この世界と
さよならしよう
会いに行くよ今すぐそこへ
君がいるところまで
愛してるごめんね
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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生涯をかけて自分を愛し、支えてくれた母との別れ。
そして、人生で初めて愛した「君」との別れ。
続かない幸福と愛しい人との立て続けの別れは、人生を諦めさせるには十分すぎたのかもしれません。
愛しているからこそ、この世に別れを告げてでも会いに行きたいと願うのは自然なことです。
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その時君の声が聞こえた
そうやって自分で全てを
終わりにしてしまえばもう
誰にも会えないんだよずっと
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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しかし、そこに「君の声」が割って入ります。
その声は、自ら命を絶とうとする「僕」をいさめます。
自然死でも不慮の事故などでもなく自ら人生を終わりにしようとする「僕」に、そんな人はもう二度と誰にも会えないという言葉は、非常に残酷で、胸に深く突き刺さります。
会いに行きたいのに、行けない苦しみ。
1人でこの世に残される「僕」にとって、その絶望はいかほどでしょうか。
命を描くの意味とは
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終わらせることができず
地面に落ちた僕に突然
月が話しかけてきた
そして不思議な力をくれた
枯れかけた草木も息を吹き返す
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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ここで初めて、命を描くということに触れます。
愛しい人に拒まれ、この世から旅立つことに失敗した「僕」。
死の瞬間は、覚悟しているからこそ何もかも捨てられるのでしょう。
生き残ったあとの惨めさなど、考えてもいなかったかもしれません。
しかし、生き残ってしまった。
そんな惨めさと虚しさと絶望を癒やしたのは、またしても月でした。
そしてこの月こそが、命を描く力を与えてくれたのです。
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僕の残りの時間と引き換えに
描いていくこの命を元に
少しずつ分け与えていく
生きる意味ができたんだ
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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自分の残りの命を削り、描いたものに命を宿す力。
それこそが愛しい存在を失った「僕」が絶望の淵から立ち上がる、新しい希望となりました。
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そんな時あなたと出会った
同じように悲しみの中で生きている人
自ら旅立とうとした僕を怒ってくれた人
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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愛しい人の後追いを止めたのは、また別の人でした。
この世に別れを告げたくて、一刻も早く旅立っていった愛しい人に会いたくて仕方ない時に、その行いを否定する人。
ややもすれば嫌いな人にもなりそうですが「僕」はそんな「君」に惹かれて行きます。
人生二度目の恋でしょうか。
しかし「僕」の人生はまたしても愛に見放されてしまいます。
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だけどあなたには愛する人がいる
あなたを裏切ったひどい人
それでもあなたが愛してしまう人
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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「君」が想いを寄せる人は、ひどい仕打ちをした人です。
しかし、どれだけ裏切られても愛してしまうのも人の性。心には抗えないのです。
自分を裏切るような人を愛してしまう「君」と、絶対に振り向いてくれない人を愛してしまった「僕」。
けれど「僕」には、命を与えられる特別な力が宿っています。
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そんな彼の命が今消えかけている
泣きながら彼の名前を叫ぶ
あなたを見て決めた
一日だけ残して
僕の命全て捧げて描いた
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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自分の命と引き換えに、ひどい裏切りをする彼を助けた「僕」。
恋が叶うことはない代わりに、愛しい人は彼との再会を果たします。
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そして彼は目を覚ました
嗚呼僕が起こした奇跡に
涙流し喜ぶあなたに
どうしても伝えたい
僕の想いを最期に聞いて
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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自分の命があとわずかで終わるとしても、助けた命が許せない人間のものであったとしても、彼を「君」が必要としているならば助けずにはいられないのも人の心。
この恋が実らなくても「僕」は満足なのでしょう。
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こうやって生きる喜びを
与えてくれたあなたが
本当に大好きでした
さよなら
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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母を失い、人生で初めて愛した人とも別れ、この世にひとりぼっちになった「僕」に、生きる意味をくれた「君」。
その人のために残りの命をすべて懸け、命を注いで助けた人。
その彼との再会を泣いて喜ぶ「君」の姿がきっと「僕」にとって何よりの幸福なのです。
そして、今度は自らではなく、寿命を全うしてこの世から旅立つ。
もう叱られることもありません。
愛しい人に最後の別れを告げ、先に行った愛しい人たちの元へと、今度こそ向かうことができるのです。
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そしてひとり
あなたのこと母のこと
君のこと想い目を瞑った
長い長い旅の終わり
やっとまた会えたね
≪もしも命が描けたら 歌詞より抜粋≫
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人生とは長いもの。ましてや大切な人に先立たれ、1人この世に残されたら、人生の長さは苦痛でしかありません。
その人生に彩りをくれ、生きがいをくれた。
そんな人に看取られて、その人の願いを叶えて生を終えることができた「僕」はきっと、もう寂しくはなかったはずです。
母の愛情に満たされていた頃のように、大きな幸せに包まれて人生を終えることができたのではないでしょうか。
もしも命を描けたら、あなたは何を描きますか?誰のためにその力を使いますか?
そんな問いかけが聞こえるようです。
『もしも命が描けたら』は、誰かのために生きる喜びを描いているのかもしれません。
映像作品としても楽しめる『もしも命が描けたら』MV
舞台『もしも命が描けたら』は鈴木おさむの演出と、田中圭をはじめとする出演者たちの表現力によってこの世に生み出されました。
舞台というすでに完成された作品のテーマソングを請け負うことは大きな責任を負うことでもあります。
しかしYOASOBIは見事に舞台の世界観を音楽の世界に落とし込み、自分たちのものにしているところが見事。
大切な人との死別。愛する人との出会い。再び訪れる悲しい別れ。
かけがえのない人の存在は生きる活力になると同時に、死への引き金にもなりかねません。
「僕」がそれを望んだように、この世に生きる意味を失ってしまえば、人は誰でも、死に惹き寄せられてしまう可能性を秘めているのです。
しかし『もしも命が描けたら』では死を美徳としては描かず、むしろ自ら命を捨てようとした「僕」を叱りました。
決して死は美しいものだという幻想を抱かせない作りも見事です。
「僕」は手に入れた不思議な力で、大切な人の願いを叶え、死んでいくのでしょう。
この世に絶望して死を選ぼうとした過去よりもきっと、その死は意味のあるものになったのではないでしょうか。
命が尽きても、愛しい人に看取られ、愛しい人を笑顔にしてから旅立てる。
『もしも命が描けたら』という作品は、今を生きるわたしたちが命と真剣に向き合うための、小さなきっかけをくれる曲かもしれません。
精一杯生きるとは何か、精一杯死ぬとは何か。
これを機会に考えてみるのもよいかもしれません。
『もしも命が描けたら』MVも12月12日より公開されているので、映像作品として楽しむこともできます。
YOASOBIが提示する生と死の世界観をぜひ、目で耳で味わってみてください。