ボカロPくじら制作のバラード「花火」を考察
2022年1月26日に配信リリースされたAdoの1stアルバム『狂言』。『狂言』には、『うっせぇわ』や『レディメイド』などの代表曲に加え、ドラマ主題歌や番組テーマソングといった注目曲まで収録されています。
その1つである『花火』は、作詞作曲をキャッチーな音楽と切ない歌詞が魅力の人気ボカロP・くじらが作詞作曲を手がけたバラード曲です。
MVのストーリーから歌詞の主人公は中高生の女の子で、仲の良かった友達と仲違いをして距離を置いている状態であることが理解できます。
花火と学生というモチーフから、青春時代をテーマにしていることが伝わってきますね。
その背景を踏まえて歌詞の内容を見ていきましょう。
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水色のアパート、見慣れたドアをくぐって
春の終わりとうたた寝
メモに残る期待と気まぐれな雨嫌って
汚れたシャツの袖 見ないふり
≪花火 歌詞より抜粋≫
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見慣れた「水色のアパート」はおそらく主人公の自宅で、学校から帰ってきたことを表しています。
すでに本格的な夏を迎えているようですが、まだ「春の終わり」を思うのは友達と距離ができたのが春の初めだったからなのかもしれません。
花火大会に一緒に行く約束を書いたメモに少し期待をしていて、そこでもう一度会えたら仲直りできるのではないかと考えているようです。
それで夏の「気まぐれな雨」で中止にならないようにと願っています。
「汚れたシャツの袖」は文字通りの制服の汚れだけでなく、見ないふりは簡単にできるものの自然に消えてはくれない自身の失敗の象徴でもあると考察しました。
やってしまった失敗には目を伏せて、今は仲直りすることを考えようとしていると解釈できます。
一人で過ごす毎日は楽しくない
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どうしたって平凡な日々で
もう嫌って言えば楽なのに
バスを待ってる間にふと考える未来の事
どうしたって零点な日々で
もういいやって言えば楽なのに
寂しくなった 心の中
≪花火 歌詞より抜粋≫
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主人公の毎日は「どうしたって平凡な日々」で、面白みのない生活に飽き飽きしている様子が垣間見えます。
それはおそらく、いつも一緒にいた大切な友達が隣にいないから。
いっそ「もう嫌」と投げ出してしまえたら楽になれそうなのに、人生はそれほどシンプルなものではありません。
花火大会へ向かうバスを待つ何気ない時間に、ふと仲直りしなかった未来のことを想像してみます。
しかし浮かんでくるのは「どうしたって零点な日々」ばかりで、希望はなさそうです。
楽しくない未来なんて「もういいや」と丸ごと諦められたらいいのに、仲直りまで諦めることを考えると無性に寂しさに襲われてしまいます。
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ねえ花火が上がった ねえ花火が上がった
青春の残骸とどうしようもない思い出
夜明け低体温と動いてる心臓を
エンドロールに残されたみたいで
≪花火 歌詞より抜粋≫
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予定通り花火大会は行われ、隣りにいるはずだった友達に心の中で「ねえ花火が上がった」と語りかけます。
大きく打ち上がる花火を見ながら思うのは、「青春の残骸」のような友達との楽しかった日々と喧嘩別れした「どうしようもない思い出」のこと。
生きているという事実だけが取り残されて、味気ない日常が過ぎていくのをただ眺めているかのような毎日です。
「エンドロール」とあるように、主人公の青春は楽しくないまま終わっていくのでしょうか?
一人でいるのは今日で最後
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知らない誰かの生活の灯り
帰りの車窓に揺られ流されていく
知らない誰かの生活のストーリー
変わらない日々をまだ愛せないでいる
≪花火 歌詞より抜粋≫
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帰りのバスに揺られながら、車窓からは「知らない誰かの生活の灯り」が見えます。
そこには自分の「知らない誰かの生活のストーリー」があり、きっとその人たちは「変わらない日々」を愛せる人だと主人公は感じたようです。
確かに人生は似たような日々の繰り返しで、そうした日常を受け入れることで成り立っているのでしょう。
主人公はというと、自分は「変わらない日々をまだ愛せないでいる」から幸せではないのだと考えているのかもしれません。
二人が仲違いしたのもその意見の食い違いが原因だとしたら、余計に周囲と自分の違いに虚しさを感じてしまうでしょう。
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どこにもないみたいだ
どこにもないみたいだ
映った 明かりと深く染まる 青く
どこにもないみたいだ
どこにもないみたいだ
濁ったパレード すぐに消える
最後の夜に
≪花火 歌詞より抜粋≫
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最後の歌詞では「どこにもないみたいだ」と繰り返されていて、何かを探している様子が見えてきます。
続く「映った 明かりと深く染まる 青く」というフレーズは、花火が上がって周辺を明るく照らす瞬間と花火が消えた後の闇が濃くなる情景を描いていると考察できます。
この部分から二人で過ごした時間がいかに楽しかったか、一人でいる今の時間がどれほど暗く思えるかを示していると解釈できそうです。
つまり、あの子がいなくて楽しい場所なんて「どこにもないみたいだ」と言っているのではないでしょうか。
MVでは最後に二人が見つめ合うシーンが描かれています。
今日は仲直りしないまま一人ぼっちでいる「最後の夜」で、明日からはまた以前のように一緒に毎日を楽しんでいこうという明るい気持ちが込められているように感じます。
Adoのバラードが心に沁みる
『花火』は、くじらの生み出す切なく淡い世界観にAdoの語りかけるような歌声がマッチした美しい楽曲です。今回は友情にスポットを当てて考察しましたが、聴く人によっては人生に思い悩んでいる時に優しく前を向かせてくれる曲と捉えることもできるでしょう。
Adoの新たな名作をじっくり聴いて癒やされてくださいね。