「月の沙漠」の舞台はどこなのか
異国の雰囲気と大正ロマンを感じる名曲『月の沙漠』。
これは大正から昭和初期にかけて活躍した挿絵画家で詩人の加藤まさをが作詞を担当し、講談社発行の雑誌『少女倶楽部』で発表した作品です。
当時まだ若手作曲家だった佐々木すぐるが曲をつけて児童の音楽教材として制作。
1927年にラジオで放送されたことをきっかけに知名度が高まり、1932年に柳井はるみの歌唱でレコード化されたことで童謡として人気となりました。
童謡と言いつつも『月の沙漠』の哀愁漂う美しいメロディは、子供だけでなく大人の心も惹きつける魅力を持っています。
その一方で怖いイメージを持たれている歌詞はどんな内容なのか、その意味を考察していきましょう。
----------------
月の沙漠を、はるばると
旅の駱駝がゆきました。
金と銀との鞍置いて、
二つならんでゆきました。
≪月の沙漠 歌詞より抜粋≫
----------------
タイトルにもなっている「月の沙漠」というフレーズはよく「月の砂漠」と間違えられますが、この曲ではあえてさんずいの「沙漠」の漢字が当てられています。
「沙」には砂浜の意味があり、本当の砂漠とは違い水分を含んだ土の上を二頭の「駱駝(ラクダ)」が進んでいる様子が浮かんできますね。
舞台は加藤まさをが学生時代に結核を患った時に療養のために訪れていた千葉県の御宿海岸がモデルの1つとされていて、現在の御宿海岸にはこの2頭のラクダの銅像が設置された月の沙漠記念公園があります。
加藤まさをはこの詩を書く際、憧れていた砂漠の歌を書こうと思い立ちアラビアの情景を念頭に置いていたようです。
しかし外国に出たことがなかったため、自身にとって身近な風景を重ねてイメージを膨らませたのでしょう。
月の明かりに照らされた沙漠を、富を象徴するような「金と銀の鞍」を置いた駱駝が旅する様子が描かれています。
王子と姫の二人きりの旅路
----------------
金の鞍には銀の甕、
銀の鞍には金の甕。
二つの甕は、それぞれに
紐で結んでありました。
≪月の沙漠 歌詞より抜粋≫
----------------
「銀の甕(かめ)」と「金の甕(かめ)」は水を運ぶためのものです。
砂漠では金属製の甕を使うと水が煮立ってしまうため、遊牧民は皮袋を使って水を運びます。
しかし日本人にとって水を入れるものと言えば甕の方がなじみがあるため、このような表現になったと解釈できそうです。
それぞれの甕と鞍が紐で結ばれていることから、二頭の駱駝が連れ立って歩いている様子が伝わってきますね。
まるで一心同体であるかのような姿が、互いの信頼関係を示しているように思えます。
----------------
さきの鞍には 王子様、
あとの鞍には お姫様。
乗った二人は、おそろいの
白い上着を着てました。
≪月の沙漠 歌詞より抜粋≫
----------------
駱駝が背に乗せていたのは、金と銀の装備にふさわしい「王子様」と「お姫様」です。
おそらくこの表現は愛し合う若いカップルを示す存在として用いられたのでしょう。
これが本当にアラビアの砂漠であれば、王子と姫が護衛もつけずに二人だけで旅をしているなんてかなり危険な行為ですよね。
やはり日本の平和で静かな夜の情景が描かれていることが感じられます。
「おそろいの白い上着」は、二人の崇高さや高潔さを表しているのかもしれません。
夜の風景に白装束がぼんやりと浮かび上がる景色が想像できます。
愛し合う二人の心中を描いた怖い曲?
----------------
曠い沙漠をひとすじに、
二人はどこへゆくのでしょう。
朧にけぶる月の夜を、
対の駱駝はとぼとぼと。
沙丘を越えて行きました。
黙って越えて行きました。
≪月の沙漠 歌詞より抜粋≫
----------------
行き先の分からない二人の旅路はどうなっていくのでしょうか?
「朧(おぼろ)にけぶる月」とあるように月が雲や霧でかすむのは、湿度の高い地域ならではの光景です。
このことから二人が海岸を歩いていることと、幻想的な雰囲気を感じられるでしょう。
また駱駝が進むのを「とぼとぼ」と力なく表現していることから、その旅が決して幸せなものではないことも伝わってきます。
二人は黙ったまま砂丘を越えて行き、やがて見えなくなります。
実は加藤まさをには恋人と子どもがいたものの、親の反対で結婚できなかったのだそう。
その影響からか、彼の作品には愛と死をテーマにしたものが多くあります。
そうした背景を踏まえると、旅する王子と姫は加藤まさをと恋人の逃避行をイメージしていたのかもしれません。
しかし駱駝のゆったりとした足取りや荷物が水しかないことを考えるなら、これは愛する人と心中するための片道切符の旅と考えられます。
3番で出てきた白装束も、日本人の観点からすれば汚れのない死に装束を表現していると思われます。
どうあっても結ばれないのなら、自分たちを誰も知らない場所で二人きりで死んでしまいたいという二人の想いが見えてくるでしょう。
死への旅路を描いているとすれば怖い歌と感じるのも無理はありませんが、互いへの深い愛のために死を受け入れた凛とした姿には胸を打たれますね。
「月の沙漠」の世界を感じよう
加藤まさをの『月の沙漠』には、自身の人生を恋の叶わない王子と姫の旅に重ねた物語が描かれていました。異国情緒を感じる幻想的な世界観と想像を掻き立てるフレーズが、今なお日本人の心を震わせ続けています。
この機会に改めて懐かしい名曲をじっくり聴いてみませんか?