「上を向いて歩こう」は日本と世界を繋いだ名曲
半世紀を経て、今なお日本を代表する曲として世界中で認められている坂本九の歌謡曲『上を向いて歩こう』。
永六輔作詞・中村八大作曲で制作され、1961年に発売された昭和の名曲です。
作詞家の永六輔は安保戦争での敗戦に落ち込み、日本政府が在日米軍を優遇する条約に屈したことへの嘆きをこの歌詞に込めたのだそう。
それを軽快なメロディに乗せた楽曲に、当時19歳の歌手・坂本九の弾むような独特な歌声が耳に残ると話題となり、日本全国で大ヒットしました。
その後、1962年にイギリスのケニー・ポールがインストゥロメンタル曲として演奏し、知っている日本語から『SUKIYAKI』のタイトルをつけてリリースすると、全英チャートで10位にランクイン。
さらに、偶然坂本九歌唱の原曲シングルを入手したカリフォルニア州フレズノのDJが紹介したことをきっかけに問い合わせが殺到。
1963年に全米リリースするとアメリカのビルボードホット100で日本人アーティスト初の3週連続1位という快挙を成し遂げました。
そこから世界数カ国で大きな反響を呼び、これまで国内外の数多くのアーティストによってカバーされています。
当時はまだ世界からは敗戦国というイメージが強かった日本ですが、この曲をきっかけに日本人も同じ感情を持つ人々なのだと理解され、日本と国際社会を繋げる架け橋となりました。
そして今、東京オリンピックの閉会式で東京スカパラダイスオーケストラによって演奏されたことや、コロナ禍にある人々の癒やしとして再注目されています。
日本人はもちろん、世界中の人の心を捕らえて離さない『上を向いて歩こう』の歌詞の意味を考察していきましょう。
涙がこぼれないように
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上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す 春の日
一人ぽっちの夜
≪上を向いて歩こう 歌詞より抜粋≫
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「上を向いて歩こう 涙がこぼれないように」のフレーズは、曲の中で特に印象的な歌詞です。
当時の日本社会では、男性は涙を流して弱いところを見せてはいけないという考え方が一般的でした。
おそらくそのために主人公には何か悲しいことがあったにも関わらず、こぼれ落ちそうになる涙を堪えようとして上を向いて歩いているのでしょう。
「春の日」という言葉からは、青春や恋などの幸せな情景が想像されます。
そんな温かな日々を思い出すと、今の「一人ぽっちの夜」の寂しさが一層際立つものです。
主人公は過去の幸せな思い出を振り返ったことで、自分の現状への悲しさで胸がいっぱいになり、涙がこぼれそうになっていると解釈できます。
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上を向いて歩こう
にじんだ星をかぞえて
思い出す 夏の日
一人ぽっちの夜
≪上を向いて歩こう 歌詞より抜粋≫
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この部分では星が出てきているので、主人公は夜道を歩いていることが分かります。
さらに「にじんだ星」という表現から、堪えていても目の前が滲むほど涙が込み上げている様子も見えてきますね。
今度は「夏の日」を「一人ぽっちの夜」と比べています。
夏というと、からっと晴れた眩しい空やみなぎる活力を連想できるかもしれません。
それとは対照的に、涙を必死に堪えながら肌寒さを感じる夜道を一人で歩いている現状は、確かに虚しさを感じるような状況と言えるでしょう。
ここまでの歌詞から、とても悲しい歌であることが伝わってきます。
涙を堪えて強くあろうとする主人公に、希望はないのでしょうか?
この現実も幸せに繋がっている
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幸せは雲の上に
幸せは空の上に
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら歩く
一人ぽっちの夜
≪上を向いて歩こう 歌詞より抜粋≫
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この歌詞の表現はこれまでの暗い雰囲気を一変させます。
「幸せは雲の上に 幸せは空の上に」のフレーズから、自身の手の届く場所にはないけれど目線の先に必ず幸せがあると信じていることが分かるでしょう。
雨が降っていても雲の上はいつも快晴であるのと同じように、悲しい現実も幸せに繋がっていると確信しています。
つまり、主人公はただ涙をこぼさないために上を向いていたのではなく、希望を見据えていたのです。
とはいえ、後半ではとうとう「泣きながら歩く」と歌われています。
いくら堪えようとしても止められなかった主人公の涙は、素直に感情を表に出すことを肯定しているように思えます。
あふれる感情は本人にも止めることができません。
泣いてしまっても、幸せに向かって前進することはやめないでいようと背中を押されます。
悲しみと幸せは隣り合わせ
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思い出す 秋の日
一人ぽっちの夜
悲しみは星のかげに
悲しみは月のかげに
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら歩く
一人ぽっちの夜
≪上を向いて歩こう 歌詞より抜粋≫
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美しい紅葉が特徴的な「秋の日」は温かみのある季節。
のんびりとした雰囲気を思い出すと、やはり「一人ぽっちの夜」の窮屈な気持ちが際立ちます。
ちなみに冬が出てこないのは、単に永六輔が冬が嫌いだったからのようです。
とはいえ、寒くひっそりとした雰囲気の冬はどこか「一人ぽっちの夜」と重なる部分があるので、あえて含めなかったとしても不思議ではありません。
続く「悲しみは星のかげに 悲しみは月のかげに」というフレーズはどう解釈できるでしょうか?
星や月のような強い輝きがあれば、悲しみのような暗い感情もかすむでしょう。
その一方で、明るい出来事の後には必ず悲しみが控えているとも捉えることができます。
人生は涙がこぼれそうなつらい状況がたくさんありますが、それでも上を向いて歩いて行こうと優しく促す歌詞に心が沁みますね。
「上を向いて歩こう」が生きる力になる
『上を向いて歩こう』は長い歴史の中で受け継がれ、時代も国も越えて愛され続ける名曲です。主人公が涙を堪える歌詞は悲しい歌に思えますが、それでも希望を持って生きようとする様子に励まされるのではないでしょうか。
泣いてしまいそうな時、ぜひこの名曲を聴いて心を軽くしてくださいね。