久保田早紀のヒット曲は失恋ソングだった!
1979年にリリースされた久保田早紀のデビュー曲であり、ミリオンセラーのヒット曲として知られる『異邦人』。
「シルクロードのテーマ」という副題がつけられたこの楽曲は、異国情緒あふれる音楽とどこか切ない歌詞が魅力的で、これまで多くのアーティストがカバー曲をリリースしてきました。
ところが実は当初のタイトルは「白い朝」で、久保田早紀が自身の地元である中央線の国立駅前にある大学通りの景色をイメージして作詞作曲したそうです。
大幅に変更されたのは、三洋電機のCMソングに起用された際のカザフスタンで撮影された映像に曲を合わせたから。
山口百恵など人気歌手を手がけたプロデューサー・酒井政利の発案で編曲と改題が行われました。
民族楽器のダルシマーを用いたインパクトのあるイントロを聴くだけで、一気に異国の空気を感じられますよね。
改めて歌詞の意味に注目してみましょう。
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子供たちが空に向かい
両手をひろげ
鳥や雲や夢までも
つかもうとしている
その姿は きのうまでの
何も知らない私
あなたに この指が
届くと信じていた
≪異邦人 歌詞より抜粋≫
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このシーンは、国立駅の近くにある空き地で遊ぶ子供たちを電車から見て描いたとのことです。
子供たちが届くはずもない「鳥や雲」へ懸命に両手を伸ばす様子は、まるで「夢までもつかもうとしている」ような自由で伸び伸びとした雰囲気を感じさせます。
「その姿はきのうまでの何も知らない私」というフレーズから、主人公は今日何か思いがけないことを知って無邪気な気持ちを失ってしまったと解釈できるでしょう。
そして続く「あなたにこの指が届くと信じていた」の歌詞は、裏を返せば「あなた」に手が届かなかったということを示しています。
つまり『異邦人』は失恋した女性の気持ちを歌った楽曲なのです。
「異邦人」のフレーズに込めた意味とは
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空と大地が
ふれ合う彼方
過去からの旅人を
呼んでる道
あなたにとって私
ただの通りすがり
ちょっとふり向いて
みただけの異邦人
≪異邦人 歌詞より抜粋≫
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「空と大地がふれ合う彼方」は、はるか遠くに見える地平線のことと思われます。
次の「過去からの旅人を呼んでいる道」という表現が印象的ですが、おそらくこれは決して過去に戻ることができず前に進むしかない人生のことを指しているのではないでしょうか。
失恋で心の傷を負った主人公は、雄大な景色を前に人生の難しさについて考えているのかもしれません。
「あなた」にとって私の存在は、人生でほんの少しだけ関わっただけの「ただの通りすがり」。
愛する人に愛してもらえることは奇跡のようで、望みどおりになることの方が少ないということを痛感します。
過去に戻ってやり直すことはできないと分かってはいても、未練がましく振り向いてしまいます。
「異邦人」とはおそらく主人公のことですが、本当に異国へ旅行に来ているというわけではないようです。
その国で生まれ育っていない人のことを異邦人と呼ぶように、自分とは好みや感性が違う人たちの間に入れば誰もが異邦人のような存在です。
様々な人が生きる世界はどこにいても異国のようなものだということを表していると考えられます。
あとは哀しみをもて余すだけ
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市場へ行く人の波に
身体を預け
石だたみの街角を
ゆらゆらとさまよう
祈りの声 ひずめの音
歌うような ざわめき
私を置きざりに
過ぎてゆく白い朝
≪異邦人 歌詞より抜粋≫
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失恋したばかりの主人公は何もやる気になれません。
市場へ足を運ぶ人たちの流れに身を任せて「ゆらゆらとさまよう」ように当てもなく街を歩いています。
周囲では誰かの「祈りの声」や楽しげに「歌うようなざわめき」が聞こえています。
「ひづめの音」もその街では当たり前に聞こえる生活音なのでしょう。
以前と変わらない日常を送る人々の中で、主人公の気持ちだけが置き去りにされています。
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時間旅行が
心の傷を
なぜかしら埋めてゆく
不思議な道
サヨナラだけの手紙
迷い続けて書き
あとは哀しみを
もて余す異邦人
≪異邦人 歌詞より抜粋≫
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「時間旅行」とはタイムスリップの意味で使われることが多いですが、ここではただ時間を過ごしていった様子を表現しているように思えます。
どんなに深く傷ついていても、時間が経てば不思議と心の傷が埋まったと感じたことがある人は少なくないでしょう。
しばらく呆然としていた主人公も、時間の経過と共に失恋の痛みを忘れることができたはずです。
「あなた」への想いをきっぱり断ち切るために迷い続けて書き上げた手紙は、結局「サヨナラ」と書いただけのシンプルなものになりました。
それでも自分の手で手紙を書いたことで、叶わない恋についに見切りをつけることができたのでしょう。
とはいえ「あとは哀しみをもて余す異邦人」とあるように、気持ちを切り替えたとしても強く感じた哀しみはそう簡単に消えるものではありません。
いくつも積み重なっていく哀しみを抱えたまま、人は長く続く人生を懸命に歩いて行くのです。
「異邦人」から恋と人生について考える
久保田早紀の『異邦人』は異国の雰囲気を醸し出しながらも、誰もが抱く身近な感情を穏やかに歌っていました。時代が変わっても人生の難しさや失恋の切なさは変わらず、人の心に迫ってきます。
そうした複雑な感情を重ねて作り出される人生の深さに触れられる名曲をこれからも聴き続けていきたいですね。