アニメ「おじゃる丸」のEDとして書き下ろされた楽曲
犬丸 りん原作のテレビアニメ『おじゃる丸』。
主人公のおじゃる丸は1000年前から現代にタイムスリップしてきた貴族の子供という設定です。
「まったり」という口癖があるとてものんびりした性格で、アニメ全体がほのぼのした雰囲気でストーリーが進みます。
「いとをかし」もアニメの雰囲気を踏襲しており、おじゃる丸の優しい気持ちや人を大切にする気持ちが歌詞に描かれています。
アニメ『おじゃる丸』が放送を開始した1998年は、椎名林檎がデビューした年でもあり、両者ともに25周年という節目でのコラボレーションとなっています。
枕草子の言葉を取り入れたりアレンジにもこだわったこの楽曲に、椎名林檎はどのような思いを込めたのでしょうか?
早速歌詞の意味を考察していきましょう。
枕草子の季節感を取り入れた歌詞を考察
おじゃる丸が元々住んでいたのは現代から1000年前という設定です。
今から1000年前というと紫式部が『枕草子』を書いた平安時代になります。
この『いとをかし』の歌詞の中には、枕草子から引用したと思われる季節の表現が使われています。
タイトルの『いとをかし』も枕草子で使われている言葉で、現代語訳すると「とても風情があるもの」となります。
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きょうは偲んでいます誰そ彼秋 雲が捷い擽ったい
≪いとをかし 歌詞より抜粋≫
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誰そ彼(たそがれ)は少し暗くなってきた夕方ごろを表す言葉です。
枕草子では「秋は夕暮れ」という一節があり、秋では夕方が一番綺麗な時間帯であると綴られています。
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きょうは祝っています海よ山よ 命はどうせ美しい
噫澄んでいます真冬は朝 空が大きい柔らかいあの移ろいも
≪いとをかし 歌詞より抜粋≫
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ここでも「真冬は朝」という季節の言葉が出てきますが、これも枕草子では「冬はつとめて」=冬は早朝が風情を感じるという言葉から引用されています。
同じように後半の歌詞で出てくる、彼は誰春は「春はあけぼの」、真夏は夜 は「夏は夜」という枕草子の季節表現が『いとをかし』の楽曲の中で使われています。
このようにおじゃる丸が住んでいた時代の言葉を歌詞の中に取り込むことで、おじゃる丸の世界観に最大限マッチした楽曲に仕上げているように感じました。
四季折々の風情のある瞬間を現代でも感じながら、おじゃる丸は故郷のことを思っているのかもしれません。
椎名林檎がこの曲に込めた現代の私たちへのメッセージを考察
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夕映えにそっと懐えば古里遠い二親の顔父上母上よ会いたい
月並な価値ほどもっと幾らでも分かち合えて嬉しかったろう
≪いとをかし 歌詞より抜粋≫
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おじゃる丸は夕日をみながら元の世界にいる父母のことを考えているようです。
急に1000年後の世界にきてしまったので両親に会いたい気持ちが強いのでしょう。
平凡な日常でも楽しさや悲しさを分かち合えるだけで嬉しいのに、それができなくて寂しい。そんな気持ちが伝わってきます。
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皆が皆等しく満ち足りた場合にやっと心身が寛ぎ幸せを知る
絶世の価値ほどもっと独り占めした途端こう虚しかったろう
≪いとをかし 歌詞より抜粋≫
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両親と離れ離れになり寂しい思いをしているおじゃる丸ですが、周りの人にも幸せになってほしいと考えている心の広さが、ここの歌詞から窺い知ることができます。
特別なものを独り占めしても虚しいだけで、みんなで共有することで初めて価値のあるものになると教えてくれています。
現代の冷めた価値観を考えさせられるフレーズだと感じました。
このフレーズをおじゃる丸が語っているのを想像するだけで心が暖かくなるように感じます。
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仕様がないとは決して考えないし不要不急と言う概念もない
万事便利なだけじゃ勿体ないし風情を重んじたい許して給も
≪いとをかし 歌詞より抜粋≫
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「不要不急」という言葉から、コロナ禍をイメージする方も少なくないのではないでしょうか。
私たちの生活は、必要だからとか、急いでいる・いないという概念だけで括ることはできないということを伝えているように思います。
すべて便利なものにするのではなく、風情を大切にしながらゆったり過ごすこと。
それが現代では少し難しいことになってしまっていることを考えさせられます。
「いとをかし」は「おじゃる丸」の世界観を凝縮した楽曲
『いとをかし』は椎名林檎の歌とピアノだけで作られています。冒頭のピアノはすこし忙し無く危なっかしい雰囲気から、子供をイメージすることができます。
そして歌が入るとゆったりした曲調に変わり、おじゃる丸が景色を眺めながら“まったり”と物思いに耽っている様子が表現されています。
この2つの対比がアニメ『おじゃる丸』の世界観を凝縮しているように思いました。
『いとをかし』現代の忙しさや孤独から、少し立ち止まって周りを見渡したくなるような、そんな気持ちになる楽曲でした。