日本テレビ「ズームイン!!サタデー」テーマソングのボカロ曲
2022年4月3日に配信リリースされたボカロ曲『キメラ』。作詞作曲は『乙女解剖』『ヒバナ』『ヴァンパイア』などで知られる大人気ボカロP・DECO*27(デコ・ニーナ)、ボーカルは初音ミクが務めています。MVの再生回数は公開から約1ヶ月で250万回を超え、そのダークな世界観も人気です。
また、2022年4月2日より、『キメラ』は土曜の朝の日テレ系情報番組『ズームイン!!サタデー』のテーマソングとして起用されました。
民放の情報番組で初音ミク歌唱の曲が起用されたのは『キメラ』が初めてで、そういった意味でも大変話題になった楽曲です。
曲の制作にあたっては「挑戦」をテーマとしており、普段楽曲で挑戦するときに頭の中で考えていることを歌詞にしたとDECO*27は語っています。
以下では、そんな「楽曲制作における挑戦」を表現したとされる『キメラ』の歌詞の意味を考察していきます。
楽曲制作における葛藤の数々
まずは1番のAメロを見てみましょう。
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お、いいねいいね
その猫被っていく感じ
でもさ減点式なの評価主義は
欲張った先には毒があるの
お、いいねいいね
そのエゴ抑えていく感じ
でもさ満たされないこと愛しててね
野暮ったい言葉は飲み込むのだ
≪キメラ 歌詞より抜粋≫
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前半では「猫被っていく感じ」を「いいねいいね」と肯定しつつ「でもさ減点式なの評価主義は」というネガティブな意見が述べられています。
一方の後半では「エゴ抑えていく感じ」を「いいねいいね」と肯定し「でもさ満たされないこと愛しててね」と釘を刺しているようです。
アーティストとして楽曲を作っていく上で、人気が出るほど「大衆に合わせた曲」や「自分を押し殺した曲」が求められることは誰にでも想像できると思います。
多くのファンを獲得しようと欲張ってしまうと「前の方が良かった」と幻滅されたり、自分を抑えて言葉を飲み込んでしまうと満足のいく作品にならなかったり、人気アーティストだからこそ直面する葛藤を表現しているのかもしれません。
続くBメロは以下です。
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1, 2, 3, 4 ポップにキメるのは
もういいかい もういいかい
1, 2, 3, 4 ロックにキメるのは
もういいかい もういいかい
≪キメラ 歌詞より抜粋≫
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親しみやすい「ポップ」な音楽と、激しく力強い「ロック」な音楽。曲調の好みは人それぞれです。どのようなタイプの曲を作っても、万人に好まれるなんてことはありません。
なので大抵のアーティスト活動には「リスナーを満足させられただろうか」という不安が付いて回ることが予想されます。
そんな不安が「もういいかい」の繰り返しで表現されているのではないでしょうか。たった6文字の言葉ですが、「十分満足できたかい?」とも「もう飽きてしまったかい?」とも取れる絶妙な表現ですね。
次は2番のAメロを見てみましょう。
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どうしたいかは あたしが握ってるんだっけ
どうしたいかは あたしが選んでいいんだっけ
お、いいねいいね
すぐさまイキっていく感じ
でもさ見せすぎはまじで要注意だよ
じれったいくらいが抜群だよ
≪キメラ 歌詞より抜粋≫
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前半では、周囲からの要求に圧倒され「自分が作りたいものを作っていいのか」と悩む様子がうかがえます。DECO*27の現在の実感でしょうか。
一方、後半では「すぐさまイキっていく感じ」は悪くないものの、「見せすぎ」になるよりは「じれったいくらいが抜群」であると述べられています。
これはおそらく、悩んだ結果「自分が作りたい曲を作ろう」と創作に精を出す一方、「自分をさらけ出しすぎるとファンさえ引いてしまう」という1番とは異なる葛藤を表しているのではないでしょうか。
自分が作りたいものを次々と世に出すことはアーティストとしては本望だと思われます。しかし、自分本位の作品を作り続けることには「ファンを置き去りにするリスク」が付き物です。
これを踏まえると、「じれったいくらいが抜群」というのは、周囲から求められていることと自分が作りたいものとのバランスを取るDECO*27なりの処世術なのかもしれません。
「キメラ」はアーティストの複雑さの象徴?
ここまで「楽曲制作における葛藤」という視点でAメロやBメロを考察してきました。
以降はサビの考察に入りますが、その前に曲名となっている「キメラ」について知っておきましょう。
「キメラ」とは「1つの個体内に、異なる遺伝情報を持つ細胞が混在している状態」を指します。定義的な説明だと分かりにくいですが、その由来を知るとイメージしやすいです。
「キメラ」の由来は「ギリシャ神話に登場する怪物キマイラ」になります。ライオンの頭、ヤギの胴、ヘビの尾を合わせ持つ空想上の動物です。
また、楽曲『キメラ』のMVを見ると、6本の腕を持つ初音ミクが描かれていることが分かります。
これらをアーティストと結び付けて考えると、「キメラ」は「多種多様な曲を作り続けることで出来上がっていく複雑怪奇なアーティスト像」であると解釈できそうです。DECO*27本人にとってはセルフ・イメージということになりますね。
この点を念頭に置きながら、サビの歌詞を見ていきましょう。
まずは1番のサビです。
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ねえあたしはあたしを発明したいの
縫って歪んだ おニューなキメラ
期待+プレッシャーが 設計図だった
吸って作った おニューなキメラ
いつも通りじゃ厭厭ってまた駄々捏ねて
新しいのも嫌嫌ってまたやり直すんだ
≪キメラ 歌詞より抜粋≫
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「あたしはあたしを発明したいの」は、新しい自分を発見するような「冒険的な挑戦をしたい」という意味であると推測できます。
加えて「縫う」は「つなぎ合わせる」とも言い換えられます。たくさん新しい挑戦をし、その経験をつなぎ合わせてできる「継ぎ接ぎだらけの新しい自分」が「おニューなキメラ」なのではないでしょうか。
また、周囲からの「期待」やそれに伴う「プレッシャー」は、未来の「キメラ」を作るための大切な養分であると考えられます。
よって「吸って作った おニューなキメラ」は「周囲からの期待やプレッシャーを糧にして作り出す新しい自分」を意味するのかもしれません。
なお、DECO*27の他の楽曲『モスキート』や『ヴァンパイア』では「血を吸うこと」と「愛を求めること」を重ねるような表現が見られます。
なので「期待」はファンからの愛、「プレッシャーを感じること」はそれに答えようとするアーティストの愛であると捉えることも可能です。
そう考えると「自他の愛情を養分にして作り出した新しい自分」こそ「吸って作った おニューなキメラ」である可能性も否定できません。
最後の「いつも通りじゃ厭厭」「新しいのも嫌嫌」については「新しいことに挑戦したい欲求」と「自分らしさを守りたい欲求」との葛藤を表現していると解釈できます。
続いて2番のサビを見てみましょう。
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ねえあたしはあたしがもう解らないの
変わって仕舞った おニューなキメラ
滲んだ模様は メッセージだった
望んで作った おニューなキメラ
いつも通りじゃ厭厭ってまた駄々捏ねて
新しいのも嫌嫌ってまたやり直すんだ
≪キメラ 歌詞より抜粋≫
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「あたしはあたしがもう解らないの」は、期待やプレッシャー(あるいは愛情)を養分に新しい自分を開拓し続けた結果、本来の自分の感情や欲求が思い出せなくなった状態を表していると考えられます。
当初の自分からかけ離れた今の自分からすれば、かつての「おニューなキメラ(新しかった自分)」はもはや影も形もないのでしょう。
それでも、挑戦を重ねた今の自分は紛れもない「望んで作った」もの。そんな「おニューなキメラ(最新の自分)」を肯定しよう!というのが「滲んだ模様(継ぎ接ぎの状態)」から感じ取ったメッセージだったのかもしれません。
そして再びの「いつも通りじゃ厭厭」と「新しいのも嫌嫌」。結局は最新の自分も「挑戦すること」と「自分を守ること」との葛藤にぶつかることになるようです。これはもはやアーティストの宿命なのかもしれませんね。
終盤の歌詞は文字化けとリンク?
最後のサビは1番と2番の繰り返しです。一気に見ていきましょう。
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ねえあたしはあたしを発明したいの
縫って歪んだ おニューなキメラ
期待+プレッシャーが 設計図だった
吸って作った おニューなキメラ
ねえあたしはあたしがもう解らないの
変わって仕舞った おニューなキメラ
滲んだ模様は メッセージだった
望んで作った おニューなキメラ
いつも通りじゃ厭厭ってまた駄々捏ねて
新しいのも嫌嫌ってまたやり直すんだ
≪キメラ 歌詞より抜粋≫
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ここで注目したいのは、MVに現れる文字化けです。
MVでは「変わって仕舞った おニューなキメラ」の「キメラ」が歌われるタイミングで「繧ュ繝。繝ゥ」という呪文のような文字列が提示されます。字面だけでも継ぎ接ぎな「キメラ感」が漂っていますが、それだけではありません。
実はこの「繧ュ繝。繝ゥ」は「キメラ」という字が文字化けしたときの表記です。文字化けなので意味はないはずですが、続く歌詞「滲んだ模様」に着目すると少し面白い説が浮かび上がります。
というのも、上の文字列に見られる「繧繝」は「うんげん」と読み、「同系色の濃淡を階層的に組み合わせる彩色法」のことです。画像検索をしてみると、赤、緑、紫などで構成される「濃淡で柄が表現されたカラフルな模様」がヒットします。
なので「滲んだ模様」は「繧繝による柄」を表しており、継ぎ接ぎ状態の現アーティスト像に含まれるかつての「おニューなキメラ」を表しているのかもしれません。
そう考えると、影も形もない「仕舞った」はずの昔の自分の一片が「俺に構わず今の自分を肯定しろ!」と伝えているようで非常にエモーショナルですね。
そしてそのメッセージを受けた最新の「おニューなキメラ」にさえ再び葛藤が生じるというループは、2番のサビの考察と同様になります。
ちなみに「いつも通りじゃ厭厭」と「新しいのも嫌嫌」の直前では「うわぁうわぁうわぁ」という合いの手が流れるのですが、そのときにMVに登場する「縺?o縺」は「うわぁ」の文字化けです。
「縺」は「縺れる(もつれる)」という形でよく使われます。これは「絡まり合って収拾がつかなくなる」といった意味合いです。
なので「いつも通り」と「新しいの」との葛藤に揺れ動く心の状態さえ、本来意味のない文字化け漢字の意味を利用して多面的に表現している可能性が考えられます。
以上のように歌詞と文字化けを意味的にリンクさせているとしたら、これぞまさに「キメラ」のような演出ですね。
いずれにせよ、以下のように最後の歌詞は「どうでもいいかい」。
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1, 2, 3, 4 どっちに転ぶかは
もういいかい どうでもいいかい
≪キメラ 歌詞より抜粋≫
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「ポップ」だろうが「ロック」だろうが、「いつも通り」だろうが「新しいの」だろうが、アーティストの挑戦においては、どう転んでも「おニューなキメラ」が出来上がるだけです。
そう考えると、ラストの「どうでもいいかい」は「キメラの更新」を悟った上での前向きな開き直りに聞こえてきませんか。
そしてそう開き直った瞬間、DECO*27はまた新しい「キメラ」へと変貌を遂げるのでしょう。
「キメラ」とはズバリ「挑戦をやめないアーティストの勇姿」なのかもしれません。
「キメラ」は「挑戦」あってこそ
以上、DECO*27 feat. 初音ミク『キメラ』の歌詞考察でした。楽曲のテーマは「挑戦」ということでしたが、曲中の描写は主にアーティスト視点で表現されているようでした。作り手のDECO*27自身、これからも挑戦的な楽曲を生み出し続けて「キメラ」を更新していくことでしょう。
何より、アーティストのみならず私たちも皆「挑戦」の積み重ねで人生を歩んでいます。
それぞれがそれぞれのステージで「キメラ」を更新し続けた先には一体どのような模様が出来上がるのでしょうか。
それを知るための王道こそ、きっと「挑戦すること」なのでしょう。DECO*27に負けないよう、私たち自身、新しくも自分らしい「挑戦」ができるといいですね。