愛を求める人をゾンビで表現
マルチクリエイター・johnのソロプロジェクトとして発足し、yamaをはじめ様々なアーティストへ楽曲提供や自身のアルバムリリースなど精力的に活動してきたTOOBOE(トオボエ)。すでに音楽界で存在感を放ってきた中、2022年4月20日に待望のメジャー1stシングル『心臓』をリリースしました。
この楽曲のテーマは愛で、映像制作ユニット・擬態するメタが手がけたMVにも強く愛を求める人物像がポップなゾンビ映画のような世界観で描かれています。
複雑な歌詞の意味をMVのストーリーと合わせて考察していきましょう。
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ある日アンタは言った
「私に夢の続き見せて」と
こんな瀟洒な都会で あざけ嗤う美人
≪心臓 歌詞より抜粋≫
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MVでまず描かれるのは、主人公の男性がゾンビに噛まれて自身もゾンビになってしまうシーンです。
街を歩く彼がふと見るスマホの画面には結婚式での男女の仲睦まじい写真が映し出され、彼の左手の薬指には指輪が嵌っているので、主人公は既婚男性であることが分かります。
歌詞冒頭に出てくる「アンタ」は、彼をゾンビにした人物のことと解釈しました。
「私の夢の続き見せて」と言っているため、その人物も愛にまつわる無念を抱えていて、彼をゾンビにすることで自分の目的も果たそうとしているのでしょう。
そして「あざけ嗤う美人(モナリザ)」は、彼を裏切った妻が写真の中で笑っている姿を捉えていると考えられます。
垢抜けた都会の風景とは対照的に、そこにあるはずの幸せだけが色褪せていくような感覚を覚えているのかもしれません。
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着られた制服も絶え絶えに今は
私 恋をしていました
こんな穢れた街を好きになれやしないですが
口から飲んだ血が私の体を巡っていって
人の温もりさえも知ってしまう気がするんだ
≪心臓 歌詞より抜粋≫
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「着られた制服(スーツ)も絶え絶えに」という表現から、毎日スーツを着て仕事に行く彼の疲労感が伝わってくるのではないでしょうか。
街の人たちが主人公を盗み見たりこそこそと噂したりする様子も、日常の苦労を物語っているように感じます。
そんな中で妻への純粋な恋心だけは大切に持っていたのでしょう。
「今は」と言いながら「恋をしていました」と過去形になっているところに、彼の複雑な感情が読み取れます。
さらに、彼女を変えてしまった街のことを「こんな穢れた街を好きになんてなれやしないですが」と言い、苦しい胸の内を明かしています。
恋をしたことで「人の温もり」を知った彼の、もう元の生活には戻れなくなりそうな不安感が浮かんでくるようです。
貴方の愛を求めて蘇る
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蘇ってしまうよ 貴方の為なら幾らでも
間違いも愛せるよ 馬鹿なもんでさ
生き返ってしまうよ 貴方がくれた命だから
格好つけて泣いてるよ
愛が欲しくてさ 愛が欲しくてさ
≪心臓 歌詞より抜粋≫
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商店街を進むと警察官に職務質問されてしまった主人公ですが、捕まると妻に会えなくなるからかその場から逃げ出します。
サビの「蘇ってしまうよ 貴方の為なら幾らでも」という言葉は、ゾンビになってでも愛する人の元へ行こうとする主人公の必死な姿と重なり、想いの深さが垣間見えます。
だからこそ妻が犯した「間違いも愛せるよ」と伝えていて、それが馬鹿な考えだと分かっていても自身の本能的な気持ちに抗うことができません。
この楽曲で歌われる「命」は「愛」と同義と考えられます。
彼女と出会い愛を知った彼にとって、彼女からの愛こそ自身の核と言えるほど大切なもの。
だから裏切られてもまた彼女からの愛を求めてしまう彼の切ない想いが感じ取れます。
警察官に銃で撃たれてもなお、ゾンビである主人公は妻の元へ行くために駆け出しました。
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ある日アンタは言った
「私に力を貸してくれ」と
目抜き通りの先をフラフラ 歩き回る傀儡
≪心臓 歌詞より抜粋≫
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「私に力を貸してくれ」と利用しようとする「アンタ」に操られるように、主人公は街をフラフラと彷徨います。
普段通りICカードで改札を通っているので、その状態でもまだ理性が働いているのでしょう。
電車に乗り込むと、ガラスに変わってしまった自分の姿が映し出されます。
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青二才な私が喰らった 嫌な匂いの口づけ
まるで街は失楽園 手招いてる揺ら揺ら
胸から伸びた赤い糸 私をグラグラ揺すっている
白々しく私を見つめて気に入らないな
≪心臓 歌詞より抜粋≫
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まだ経験の浅かった主人公も、妻以外の女性から誘惑されたことがあったのでしょう。
その出来事を「嫌な匂いの口づけ」というフレーズで描いていることから、彼は誘惑を受け入れなかったことが理解できます。
次に出てくる「失楽園」とは、旧約聖書の挿話をモチーフにイギリスの詩人のミルトンが長編叙事詩として綴った作品のことです。
最初の人間アダムとイブが禁忌を犯して神に反逆したことで楽園を追放される様子を描いていて、そこから不倫など裏切りの意味で使われるようになりました。
そのため、ここでは街全体が自身や妻を含め人々を裏切り行為へ誘っているという考え方が表されているのでしょう。
主人公が自転車で向かった先には一軒の家があります。
部屋に入ると、妻が裸で見知らぬ男とベッドを共にしているのを目撃しました。
歌詞の「胸から伸びた赤い糸(コード)」のフレーズは、自分たち夫婦の愛が心で繋がっていると信じていたことを示していると解釈できます。
しかし、その想いを否定するかのように赤い糸は不安定に揺れ、愛し合っていたはずの女性は自分を白々しく見つめてくるだけ。
本当に自分たちの関係が崩れてしまっていることを突きつけられます。
飛び散った血飛沫の喝采
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切り刻んでしまうよ 飛び散った血飛沫の喝采
取り敢えず楽しいよ 今だけはさ
巡り合ってしまうよ 逃げ出してしまいたくなる人に
ちっぽけな生き様を如何にかしたくてさ
愛も欲しいけどさ...
≪心臓 歌詞より抜粋≫
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妻の明らかな不貞行為の場面に遭遇した主人公は、殴りかかってきた男を返り討ち。
そうして向かい合った妻は、あろうことか部屋にあるものを主人公に投げつけ追い払おうとします。
投げつけられたものの中には結婚指輪のようなものもあり、彼は妻にとって自分がその程度の存在だったことを痛感させられます。
そして、それならいっそ切り刻んで壊してしまいたいという過激な感情に襲われてしまいました。
飛び散った血飛沫が「喝采(ファンファーレ)」のように自分の行動を称賛し後押ししているようにさえ感じているようです。
「取り敢えず楽しいよ 今だけはさ」という言葉に、わずかに理性を残しながらも心が壊れてしまっていることが分かりますね。
どんなに愛を求めても自分は愛されず、きっとまた彼女のような人と巡り合っては裏切られて傷つけるという同じことの繰り返しの人生だと嘆息します。
そんな彼の元に警察官がやって来て、彼を手錠で捕まえてしまいます。
ところが警察官もゾンビになり、その視線の先には顔を真っ青にして怯える妻がいました。
裏切られた主人公ですが、それでも愛する妻を守るために自身の右手を噛み切って手錠から逃れ助け出します。
こんな時になっても、夫婦の愛の証である指輪をしている左手を残すという選択を迷わなかった彼のいじらしさが余計に切なく感じますよね。
それなのに妻に銃で撃たれた主人公は、彼女を押し倒してしまいます。
指輪が光った時にこぼれたのは、人だった彼自身の涙であり、またゾンビとしての抑えられない本能から出たよだれにも見えるでしょう。
その後妻に噛みつくような描写がありますが、視点が口元に向かっていっていることを踏まえると噛みつくのではなくキスをしたと考察できます。
自分を傷つけ続けた妻に対して、最後まで愛し続けた主人公は彼女を守り抜くことを選んだのです。
そして、ビルの屋上から身を投げ、自身の手でこの報われない想いを終わらせようとします。
しかし、最後に車のエンジン音に反応するように指が動いたことがまた蘇ってしまう前触れのようで、決して逃れられない愛の呪縛の恐ろしさを感じさせます。
こだわり抜かれたギミックも見逃すな!
TOOBOEの『心臓』は愛という身近で定番のテーマを新しい視点で表現した楽曲でした。愛し合っていたはずの人の裏切りに傷つきながらも最後まで愛を貫き通した主人公の姿から、愛は理屈では言い表せない複雑で本能的な感情であることに気づかされます。
また、サウンドに仕込まれたギミックやMVの細かな演出にも注目すると、さらに楽曲のストーリーを深く味わうことができるでしょう。
ボカロ曲とは一味違うTOOBOEとして魅せる世界観をじっくり堪能してください。