愛されたかっただけなんです
10代の不安や葛藤を取り上げた歌詞が特徴のカリスマボカロP・カンザキイオリが2016年に発表した、鏡音リン歌唱のボカロ曲『アダルトチルドレン』。
翌年にリリースされたリメイク版が2020年に自身4曲目となるミリオンを達成し、現在まで高い人気を誇っています。
タイトルにもなっている「アダルトチルドレン」とは、子ども時代に家庭内でトラウマ(心的外傷)を負い、その影響で大人になってからも生きづらさを感じている人のことです。
元々はアルコール依存症者の親のもと、機能不全家族の中で育った人のことを指した言葉でしたが、現在はより広く捉え過保護やDVなどの家庭環境に育った人たちも含まれるようになりました。
タイトルの通り、この楽曲では日本で急増するアダルトチルドレンの心情を綴っています。
多くの若者を中心に共感を呼んでいる歌詞の意味を考察してみましょう。
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愛されたかっただけなんです。
まぎれもないパパとママに
殴られようが蹴られようが
僕は愛されたかったんです。
≪アダルトチルドレン 歌詞より抜粋≫
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「愛されたかっただけなんです」というシンプルな言葉に、アダルトチルドレンが心の底に抱えている想いが示されているように感じます。
「殴られようが蹴られようが」のフレーズから、主人公は両親から日常的な虐待を受けていたことが窺えるでしょう。
そんな痛くつらい思いをしても耐えていたのは、ただ愛されたかったからなのです。
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笑顔でいつも隠しました。
あなたに褒めてもらうために。
「あなたが私のすべて」だと
言ってくれる日を待っていた。
自分だけ違う気がした。
それじゃ今日も優しいふりを。
≪アダルトチルドレン 歌詞より抜粋≫
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褒めてもらいたくて苦しさや本当の気持ちを笑顔で隠し続けていた主人公。
自分が耐えてさえいれば、いつか「あなたが私のすべて」と言ってもらえる日が来るはずだと期待して待っていました。
愛されないのは「自分だけが違う」、つまり自分が悪いからだとも考えています。
だから「優しいふり」をして愛される自分になろうと努めています。
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愛されたい今日にすがるようにぼくは
生きたい死にたいを繰り返してさ
曖昧にすすんでく
したり顔で醜い顔を隠す。
変われない今日も一人なんだろう
誰も彼も何も信じれないからさ。
目的はただ一つ。
「あなただけが全て」と言われたいだけだ。
≪アダルトチルドレン 歌詞より抜粋≫
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主人公は今日こそ愛されたいから「生きたい」と思い、今日も愛されなくて「死にたい」と感じる日々を過ごしているようです。
両親からの愛を知らないために自己評価が低く、自身を醜い存在と思っています。
愛されるために何とかその醜い顔を隠しますが、本来の自分を変えることはできないせいで「今日も一人なんだろう」と確信しています。
ついにもう誰を信じることもできなくなってしまいました。
「あなただけが全て」だと言って自分を二人にとって大切な存在だと認めてほしいだけなのに、願いは一向に叶わないままです。
うまくいかない人間関係
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嫌われないように繕った笑顔で友達ができた
繕う相手は違ったが心から嬉しかったんだ。
それから少しずつ自分が汚く黒く思えてきて
うまくしゃべれなくなっていた。気づけば皆離れてった。
自分だけ違うだなんて、
なんか羨ましくなっていて
≪アダルトチルドレン 歌詞より抜粋≫
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主人公は家族に嫌われないようにと常に笑顔を繕っていましたが、その笑顔のおかげで友達ができました。
欲しかった家族からの愛ではなかったものの、存在を認められたようで「心から嬉しかったんだ」と明かしています。
しかし、そんな「自分が汚く黒く思えて」きたとも語っています。
おそらく、家族から愛してほしいはずなのにほかの人からの好意で満足していることを卑しく感じたのでしょう。
複雑な感情に影響されて振る舞いが変わってしまった主人公を見て、せっかくできた友達は離れていってしまいました。
自分とは違って当たり前に愛されている人たちを羨ましく思いながら、逃れられない孤独感に苦しみ続けています。
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死んじゃえもう大嫌いだぼくはもう
周りと違う、化け物に思えてきて。
正直しんどいけど、助けてなんてただ迷惑だろう。
辛いやって叫んでしまえたら、どれほど気が楽にいきられるんだろう
そんなことしたってさ
誰もが素通り自分のことばっかり。
≪アダルトチルドレン 歌詞より抜粋≫
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周りの人とは違う愛されない自分が「化け物」に思えて「死んじゃえもう大嫌いだ」とさえ言うようになってしまいました。
どんなに頑張っても愛されない人生は「正直しんどい」と本音を吐き出しながらも、助けを求めたところで周囲が迷惑がるのは目に見えています。
もちろん「辛いや」と声を上げられるなら少しは気が楽になることも分かっていますが、現実は厳しくそれで状況が変わるわけでもありません。
それは誰もが自分のことにかまけてばかりで、苦しい思いをしている人を見ても見て見ぬふりで素通りしていくからです。
前を向いて一人で生きてく
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僕だって、同じように愛のある家に生まれて
笑いあって、生きててよかったねって素直に言い合えて。
変われない今日よ終わって
変わらない今日よ終わって
≪アダルトチルドレン 歌詞より抜粋≫
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主人公はこんな愛のない家を望んだわけじゃない、みんなと同じように愛のある家に生まれたかったと当然の気持ちを口にします。
ただ「笑いあって、生きててよかったねって素直に言い合えて」と主人公が語る理想の家族像も、子どもたちにごく普通に与えられるべきものではないでしょうか。
それなのに望んでも手に入らない主人公の境遇の過酷さが胸を締めつけます。
そして「変われない今日よ終わって」という切実な願いが心に響きますね。
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愛されたいなんて笑えないけど
何もできないままで大人になってゆく。
曖昧に気付いてく。
したり顔もできなくなってゆく。
変われない今日が苦しくってもう
誰も彼も何も信じられなくてさ。
とうとう言っちゃうのさ
「愛されてるくせに」
「ずるいよ」
≪アダルトチルドレン 歌詞より抜粋≫
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主人公は成長し、次第にどれほど願っても努力しても両親から愛されることはないのだと気づきます。
自分自身も愛されない日常も変えることができないのが苦しくて、余計に何もかも信じられなくなっていきます。
きっと周囲は無責任に慰めたり励ましたりするのでしょう。
主人公にはそれが純粋な優しさとは思えず、自分とは違って「愛されてるくせに」「ずるいよ」と悪態をついてしまいます。
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もう戻れない気がしますが
大人になってしまいますが
僕は一人で生きてくから。
どうかせめて笑って生きて。
≪アダルトチルドレン 歌詞より抜粋≫
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今までの歌詞は子どもの頃に体験し感じていたことで、もはや過去のこと。
大人になった今では、もう両親からの愛を純粋に期待していた頃の自分には戻れません。
ひたすら耐えて求められる子どもでいようと努力する日々も二度と来ないでしょう。
主人公は家族ではなく未来に目を向け、親から離れて「一人で生きてく」ことを決めます。
それでも「どうかせめて笑って生きて」と、最後まで気遣う言葉を残しているところが温かくて余計に切ないですね。
つらい気持ちをすくい上げるボカロ曲
『アダルトチルドレン』は人間関係を難しく感じる多くの現代人の気持ちを代弁し、前を向いて生きるよう背中を押してくれるような歌詞が共感を呼んでいます。デリケートで触れにくく感じやすいテーマですが、明るい曲調の音楽を通して紡がれるからこそ受け入れやすく真剣に考えるきっかけとなるのではないでしょうか。
きっと自分のつらさを思い切って吐き出す勇気がもらえますよ。