iroha(sasaki) feat.鏡音リン「炉心融解」
2008年12月20日に投稿された鏡音リン歌唱のボカロ曲「炉心融解(ろしんゆうかい)」はiroha(sasaki)作曲、kuma作詞で制作された分業曲初のミリオンヒット曲です。
美しい音楽で作り出される繊細な世界観に、イラストレーター・なぎみそが制作したリアル調のイラストと3DCGを融合したPV動画がマッチし、多くのボカロファンを惹きつけてきました。
ボカロファンの間では「伝説の曲」との呼び声も高い歌です。
注目したいのは独特な陰鬱さを持った歌詞。
子どもから大人への成長過程での心情を描いていると考えられる「炉心融解」の歌詞の意味を、考察します。
変わっていく自分への複雑な思い
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街明かり 華やか
エーテル麻酔の冷たさ
眠れない 午前二時
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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主人公は真夜中に華やかな光に満ちた街の景色を眺めています。
「エーテル麻酔」はかつて外科手術に用いられていた全身麻酔のこと。
動物の安楽死の方法としても用いられてきた麻酔であることから、「エーテル麻酔の冷たさ」には、その先の死を連想させる意味があると考えられます。
遠くに見える華やかな街と身近に感じている冷たく寂しい死の対比により、主人公の暗い気持ちが浮かび上がってきます。
そして、自分の中の「全てが急速に変わる」のを感じているようです。
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オイル切れのライター
焼けつくような胃の中
全てがそう嘘なら
本当に よかったのにね
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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「オイル切れのライター」はタバコを、「焼けつくような胃の中」は酒を表しているのでしょう。
このフレーズは大人になっていくことを象徴していると思われます。
それに続いて「全てがそう嘘なら本当によかったのにね」と歌われていることから、現実の自分を認められない様子が見えてきます。
「炉心融解」の意味を考察
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君の首を締める夢を見た
光の溢れる昼下がり
君の細い喉が跳ねるのを
泣き出しそうな眼で見ていた
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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主人公は「君の首を絞める夢」に悩まされている状態で、不眠もこの悪夢のせいでしょう。
ここで登場する「君」は、自分の中の精神や人格と解釈できます。
幼い自分と大人の自分が混ざり合う思春期特有の感情が表現されていると言えそうです。
邪魔な心を壊そうとする様子を「泣き出しそうな眼で見ていた」ということは、この行動に対して主人公が心を痛めていると解釈できます。
どちらの気持ちも自分自身だと認めたいのにできない。
そんな不器用さが感じられますね。
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核融合炉にさ
飛び込んでみたい と思う
真っ青な光包まれて奇麗
核融合炉にさ
飛び込んでみたら そしたら
すべてが許されるような気がして
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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サビではショッキングなシーンを想像させる歌詞が展開されます。
「核融合炉」とは現在開発段階にある軽い原子の核融合反応を利用した原子炉の一つです。
そのため、簡単に言えば原子炉の中に飛び込んで自分を溶かしたいと言っていることになります。
主人公は何かの過ちを犯した自分を罪深く感じていて、許されない存在だと思っているようです。
そんな自分でも原子炉の中に飛び込んだ瞬間だけは「真っ青な光に包まれて奇麗」に輝けるのではないかと夢想していると考察できます。
その歌詞と紐づいているタイトルの「炉心融解」は、炉心溶融またはメルトダウンのことです。
通常、冷却水によって燃料の過熱を防いでいる原子炉中の炉心が、水位が下がるなどの冷却系統の故障によって温度が異常に上昇し核燃料が溶融することを指します。
こうした内容から福島原子力発電所の原発事故について歌っているのではないかと考えるリスナーもいるようですが、この楽曲がリリースされたのは事故以前の2008年なので無関係であることが分かります。
このタイトルは、自分の中にある不要な人格を消し去りたいという気持ちの表れなのではないでしょうか。
とはいえ実は核融合炉は原子力発電とは違い、メルトダウンが起こることはないそう。
この事実を誤認している浅はかさや、核という触れがたいモチーフを軽々しく持ち出す不謹慎さこそが、大人になりきれていない若さゆえの愚かさと言えるかもしれません。
自分のせいで少しずつ死んでいく世界
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ベランダの向こう側
階段を昇ってゆく音
陰り出した空が
窓ガラスに 部屋に落ちる
拡散する夕暮れ
泣き腫らしたような陽の赤
融けるように少しずつ
少しずつ死んでゆく世界
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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2番の歌詞は、空の変化に主人公の心理状態を投影しているのでしょう。
空にかかった雲が部屋に陰を落とし、薄暗く重苦しい雰囲気になっていきます。
夕暮れになると赤く染まった太陽がまるで「泣き腫らした」ように見えて、自分の存在する世界が「少しずつ死んでいく」ようにさえ思えてきます。
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君の首を締める夢を見た
春風に揺れるカーテン
乾いて切れた唇から
零れる言葉は泡のよう
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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またも悪夢に襲われる主人公。
「春風に揺れるカーテン」のフレーズには状況と不釣り合いな穏やかさがあり、精神が混濁しているのを感じさせるでしょう。
苦しむ「君」の「乾いて切れた唇から零れる言葉は泡のよう」に、明確なメッセージを残すことなく浮かんでは消えていきます。
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核融合炉にさ
飛び込んでみたい と思う
真っ白に記憶融かされて消える
核融合炉にさ
飛び込んでみたら また昔みたいに
眠れるような そんな気がして
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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核融合炉に飛び込んで「真っ白に記憶融かされて消える」ことができたらきっと楽なのにと考えているのでしょう。
そうすれば悪夢を見ることもなく「また昔みたいに眠れる」穏やかな日々を送れるのではないかと想像しています。
それほどまでに現実がつらくのしかかっていることが伝わってきますね。
世界のために消えてしまいたい
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時計の秒針や
テレビの司会者や
そこにいるけど 見えない誰かの
笑い声 飽和して反響する
アレグロ・アジテート
耳鳴りが消えない 止まない
アレグロ・アジテート
耳鳴りが消えない 止まない
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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「時計の秒針」や「テレビの司会者」の声、カメラには映っていない「誰かの笑い声」がいつもより大きく反響して聞こえるのは、主人公が神経過敏になっているせいでしょう。
「アレグロ・アジテート」とは音楽用語で「煽るように速く」という意味があります。
精神的に追い詰められた結果、耳鳴りが急速に鳴って一向に止まなくて、錯乱状態に陥っているようです。
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誰もみんな消えてく夢を見た
真夜中の 部屋の広さと静寂が
胸につっかえて
上手に 息ができなくなる
(Shout!!)
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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今度は自分の人格だけでなく「誰もみんな消えてく夢」を見ます。
「真夜中の部屋の広さと静寂」と合わせて、孤独感を表現していると解釈できそうです。
そのつらさに呼吸さえうまくできなくなり、叫ぶしかなくなった苦しい状態が垣間見えます。
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核融合炉にさ
飛び込んでみたら そしたら
きっと眠るように 消えていけるんだ
僕のいない朝は
今よりずっと 素晴らしくて
全ての歯車が噛み合った
きっと そんな世界だ
≪炉心融解 歌詞より抜粋≫
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ついに核融合炉に飛び込むことをリアルに考え始め、そこで眠るように消えていくことを願い始めます。
「僕のいない朝は今よりきっと素晴らしくて全ての歯車が噛み合った」世界になるという歌詞は、自身の存在が消えれば罪も丸ごと許されて、世界はあるべき調和を取り戻すはずだという考えを示しています。
事実はどうあれ、主人公にとって自分自身の存在は世界にあってはいけない不必要なものということでしょう。
とはいえ主人公が見ているのは自分自身ではなく世界であり、世界のために消えようとしているところに、ある種の希望や自己犠牲の気持ちを持っているようにも思えます。
暗い内容なのにどこか明るさや清々しさを感じる不思議な感覚がきっと癖になりますよ。
伝説のボカロ曲の魅力を再発見!
『炉心融解』は自己肯定感の低さや自分の中にあるもどかしさへのやり場のない気持ちなど、誰でも一度は感じたことがあるような複雑な感情を捉えた歌詞に引き込まれます。ボカロの初期の作品でありながら、高い音楽性によって全く古さを感じさせない楽曲です。
多くの新しいボカロPが誕生しボカロ熱がますます高まっている今、改めて初期の魅力的な楽曲を振り返ってみませんか?