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ヨルシカ「左右盲」の意味は?"幸福な王子"をモチーフにした歌詞を考察!

ヨルシカが新曲『左右盲』を2022年7月25日にデジタルシングルとしてリリース。映画『今夜、世界からこの恋が消えても』の主題歌となっています。オスカーワイルドの小説「幸福な王子」をモチーフにした歌詞の意味を考察します。

「幸福な王子」をモチーフにした歌詞

▲ヨルシカ-左右盲【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

新曲『左右盲』は文学オマージュ作品で、オスカーワイルドの小説『幸福な王子』が歌詞のモチーフとなっています。

『幸福な王子』のあらすじは、自我を持った王子像が町の貧しい人々の実態を知り、自身を飾っていた宝石や金箔を外して、苦労の中にある人々に分け与えるよう、ツバメに頼むというもの。

最後は装飾を失い、みすぼらしい姿になった王子像と南の国へ渡り損ね、弱っていくツバメの姿が描かれる、博愛の心と自己犠牲の物語です。

楽曲『左右盲』の歌詞のうち、最も『幸福な王子』のストーリーを彷彿とさせるのは以下の部分でしょう。

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僕の身体から心を少しずつ剥がして
君に渡して その全部をあげるから
剣の柄からルビーを この瞳からサファイアを
鉛の心臓はただ傍に置いて
≪左右盲 歌詞より抜粋≫
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町の貧しい人々に金箔や宝石を分け与える王子像とツバメの姿が思い浮かぶ歌詞です。

「僕」は王子像、「君」は町の貧しい人々を指していると解釈できるでしょう。

この歌詞には「僕」よりも「君」、つまり自分よりも他者の幸せを願う博愛の心が表現されていると考察できそうです。

映画「セカコイ」の主題歌として


『左右盲』は『幸福な王子』を歌詞のモチーフとしながら、映画『今夜、世界からこの恋が消えても』(略称・セカコイ)の主題歌として書き下ろされた楽曲でもあります。

セカコイは、なにわ男子の道枝駿佑が演じる神谷透を主人公とし、福本莉子が演じる日野真織をヒロインとする映画です。

神谷透は日野真織に恋をするのですが、彼女は前向性健忘という病気を患っており、夜眠ると一日の記憶をすべて忘れてしまうという苦しみを抱えています。

一日限りの恋を積み重ねていく姿が描かれる、切なく、愛に溢れたストーリーです。

この映画のあらすじを踏まえたうえで、改めて『左右盲』の歌詞を見てみましょう。

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一つでいい
散らぬ牡丹の一つでいい
君の胸を打て
涙も忘れるほどの幸福を
≪左右盲 歌詞より抜粋≫
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YouTubeで公開されているセカコイ×主題歌『左右盲』のPVでは、花火を見る神谷透と日野真織の姿とともに、この歌詞が表示されます。

「散らぬ牡丹」という歌詞は、一日限りの恋の儚さと美しさを、打ちあがって数秒で消えてしまう花火に例え、さらに花火を牡丹という花に例えているのかもしれませんね。

歌詞の「君」に日野真織を重ねれば、おのずと歌詞の主人公は神谷透になるでしょう。

現実的には、牡丹という花も、花火も、記憶も、散ってしまうものですが、この歌詞には“散らぬ”牡丹を切実に願う、神谷透の強い想いが込められているといえそうです。

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少しでいい
君の世界に少しでいい僕の靴跡を
≪左右盲 歌詞より抜粋≫
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この歌詞からは、前向性健忘という病気が治らないとしても、多くの記憶は忘れ去られるとしても、「僕の軌跡」を少しでも残したい、彼女の一日が楽しいものになるよう彩りたい、そのような神谷透の願いも読み取れそうです。

タイトル「左右盲」の意味とは


最後に『左右盲』(読み方:さゆうもう)というタイトルについて考察していきます。

左右盲とは、右と左を感覚的に理解できない状態を指す言葉で、病気ではないものの運転時など、日常生活でハンデを抱えやすいとされています。

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君の左眉は少し垂れている
上手く思い出せない
僕にはわからないみたい
君の右手にはいつか買った小説
あれ、それって左手だっけ
≪左右盲 歌詞より抜粋≫
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歌詞でも「あれ、それって左手だっけ」と、左右が分からなくなっている状態が表現されていますね。

左右が分からなくなるだけでなく「上手く思い出せない」と、記憶がなくなっていく様子を表現する歌詞もあります。

ヨルシカのホームページでは『左右盲』を「相手の顔や仕草を少しずつ忘れていくことを左右盲になぞらえて書いた楽曲」と紹介しています。

『幸福な王子』で王子像が瞳の宝石を分け与えて視力を失うことや、セカコイのヒロインが前向性健忘であることなどを絡めたタイトルだと考察できそうです。

そして『左右盲』は以下の歌詞で締めくくられます。

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貴方の心と 私の心が
ずっと一つだと思ってたんだ
≪左右盲 歌詞より抜粋≫
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冒頭から『左右盲』の歌詞では「僕」や「君」という表現が使われていましたが、最後の2文で「貴方」と「」という表現に切り替わっています。

主語が「私」になったということは「僕」ではなく「君」視点に切り替わったのでしょう。

歌詞にセカコイのストーリーを重ねると「僕」は神谷透、「君」は日野真織となり、神谷透が日野真織を想っていた歌詞は、最後に日野真織が神谷透を想う歌詞に切り替わるのだと解釈できそうです。

「貴方の心と私の心が ずっと一つだと思っていたんだ」

心と心が一つというのは、同じ気持ちであることを指す表現だと考えられます。

神谷透が日野真織の幸せを願っているように、日野真織もまた神谷透の幸せを願っているのでしょう。

“貴方の幸せが私の幸せ”という考え方は、『幸福な王子』が描く博愛の心にも通ずるものがありますね。

左と右の境界が分からなくなる左右盲のように、愛があれば、自分と他者の境界もなくなっていくものだというメッセージが隠れているのかもしれません。

<n-buna(ヨルシカ) profile> 2012年から活動を開始したサウンドクリエイター。 「透明エレジー」「ウミユリ海底譚」「夜明けと蛍」「メリュー」「アイラ」「白ゆき」と多数のミリオンヒット曲を投稿し、2015年「花と水飴、最終電車」、2016年「月を歩いてる」の2枚のボーカロイドオリジ···

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