CMソング起用が多いスピッツの夏うた『渚』
スピッツ『渚』は1996年9月9日に発売された、14枚目のシングルです。江崎グリコ「ポッキー」のCMソングに起用された他、オリコン初登場1位にも輝きました。
これはスピッツのシングル曲としては初の快挙でした。
その後、2015年にはSUBARU「フォレスター」のCMソングにもなっています。
スピッツの曲はCMに起用されることが多いため、若い世代にも浸透しやすいのかもしれません。
『渚』は『インディゴ地平線』というアルバムにも収録され、その後『RECYCLE Greatest Hits of SPITZ』『CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection』にも収録されるなど、スピッツの代表曲となっています。
作詞作曲はボーカルである草野マサムネ。
スピッツが持つ唯一無二の世界観は、草野マサムネが生み出してるともいえるほど、彼の作り出す作品には独特の色があります。
まるで一篇の小説や詩を読んでいるような気分に浸れるのも、彼が用いる独特の言葉故かもしれません。
スピッツがこれまで世に送り出した作品は数多くありますが、どの楽曲もスピッツにしかない音があり、一度聴いただけで彼らの音楽だということが分かります。
スピッツがバンドとして揺るぎない立ち位置を確立できたのには、そうした楽曲の存在が大きいでしょう。
それでは、今や夏歌の定番ともいえる楽曲になった『渚』の歌詞を考察していきましょう。
夏の恋を歌った歌詞が切ない
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ささやく冗談でいつも
つながりを信じていた
砂漠が遠く見えそうな時も
ぼやけた六等星だけど
思い込みの恋に落ちた
初めてプライドの柵を越えて
≪渚 歌詞より抜粋≫
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つながりを確かめるように冗談をささやく、そんな二人の関係はとても曖昧です。
「ぼやけた六等星」という歌詞に、自分への自信のなさが滲んでいますね。
明るく輝く一等星にはなれない、冴えない自分が、思い込みだけで恋を始めるところに危うさと若さを感じます。
「プライドの柵を越えて」という歌詞に、身の程知らずの恋をすることへのトキメキと不安が垣間見えます。
自分の殻に閉じこもるのを止めて、外の世界へ一歩踏み出す勇気を与えてくれたのは、心を突き動かす「好き」という気持ち。
誰かを好きになることが持つエネルギーを感じさせます。
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風のような歌届けたいよ
野生の残り火抱いて素足で走れば
柔らかい日々が波の音に染まる
幻よ醒めないで
≪渚 歌詞より抜粋≫
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恋を始めるには勢いも大切です。
「野生の残り火」とは、気弱な自分の中に埋もれている本能のことでしょうか。
頭で考えるのではなく、心が動くままに、本能のままに。
この物語の主人公は、自分に自信がなく、クヨクヨと悩んでしまうタイプなのではないでしょうか。
いつも頭で考えるだけで、行動するに至らなかったのかもしれません。
けれど初めて恋を知り、自分の中に微かに燃えている炎を頼りに無謀な恋に挑もうとしているように見えます。
夏は心が開放的になる季節。
一夏の恋という言葉があるように、夏が終わったら消えてしまう幻のような恋なのかもしれません。
だからこそ「幻よ醒めないで」と願っているのではないでしょうか。
いつか消える幻だと考えると、この恋がとても切ないものに思えてきます。
『渚』というタイトルが意味するもの
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ねじ曲げた思い出も
捨てられず生きてきた
ギリギリ妄想だけで君と
水になってずっと流れるよ
行きついた その場所が
最期だとしても
≪渚 歌詞より抜粋≫
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「君」との恋は「思い込み」であり妄想。
妄想の中だけで見る幸せは、儚いものです。
「ねじ曲げた思い出」といっているように、これまで生きてきた記憶を改ざんし、幸せな夢へと逃げ込んでいるようにも思えます。
恋することは一人でもできますが、恋人関係には相手が必要。
だからこそ妄想の中でだけ、理想の「君」の姿を思い浮かべているのでしょうか。
ゆらゆらと漂い、行き着いた先が「最期」というところに、どこか危うさを感じます。
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柔らかい日々が波の音に染まる
幻よ 醒めないで
渚は二人の夢を混ぜ合わせる
揺れながら輝いて
輝いて…Ah- 輝いて…Ah-
≪渚 歌詞より抜粋≫
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渚とは水と陸の境目のことを指します。
『渚』の歌詞には「幻」や「妄想」という言葉が何度も登場しますが、ここで描かれる恋自体が、夢と現実の境目なのかもしれません。
「ねじ曲げた思い出」ではない元の思い出が現実世界だとするならば、思い出をねじ曲げ、思い込みで恋をして、妄想世界へ逃げ込んだ人との、一夏の夢を歌っているとも考えられます。
夢も幻も、いつ消えてしまうか分からないもの。
「醒めないで」と願いながら夢と現実の狭間を漂い続けることこそ『渚』が象徴するものなのかもしれません。
『渚』がMVに登場しない理由
『渚』と聞くと、波打ち際など、海を連想する人が多いのではないでしょうか。
しかし、『渚』のMVには渚は登場しません。
水とは無縁の、どこか幻想的な世界観の中で演奏するメンバーたち。
サーカスを思わせる舞台と、霞がかかったような映像は、まるで夢を見ているような感覚に陥ります。
スピッツの『渚』で表現されているものが水辺ではなく、現実と幻の狭間だと考えれば納得がいきますね。
『渚』は曲だけ聴いているとノスタルジックで耳に優しいメロディが印象的ですが、歌詞に注目すると不穏な要素も含んでいます。
波のきらめきを連想させるイントロと、まるで夢の中にいるようなMVの世界観。
遠い日の記憶を呼び覚ますような映像が、どこか懐かしくも切なく、歌詞の意味をより深く考えさせられます。
この夏は、自分なりの解釈で『渚』を味わってみてはいかがでしょうか。