「KING」の主人公がただの令嬢だった頃の曲?
2022年8月6日、大人気ボカロP・Kanariaが9作目となるボカロ曲『QUEEN』をリリースしました。Kanariaの作品といえば、楽曲同士の繋がりやストーリー性が深いことで注目を集めています。
この楽曲ではLAM制作のMVのキャラクターの外見や身に着けている首輪から、フランス革命をモチーフにしているとされる過去曲『KING』の主人公と同一人物であると考えられます。
愛する先王が亡くなり自身が王位を継承した女王のどんな姿が描かれているか、さらに歌詞の意味を深堀りしていきましょう。
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ライバイ ベイビー
マイマイ マイライフ
それなら僕と踊りませんか
ライバイ ベイビー
マイマイ マイライフ
だってそれは退屈の合図
≪QUEEN 歌詞より抜粋≫
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まずMVで背景が青であることや主人公が華美な服装でないことに注目すると、国がまだ平和な時期で、彼女が何の立場も得ていなかった時のことを歌っていると思われます。
「僕」という男性的な一人称が含まれているため、サビの部分は男性が女性に対して話しかけている場面と仮定してみましょう。
主人公の手には愛を象徴する赤い薔薇があり、「ベイビー」という恋人に対するような呼び方が使われています。
「ライバイ」というフレーズは「Lie by」や「Live by」と表記できそうです。
前者であれば「休息する・横たわる」、後者であれば「〜に頼って生きる」という意味になります。
どちらにしても、自分から行動せず誰かに依存して生きる人を表していると考えられます。
「マイライフ(私の人生)」のフレーズの後に「それなら僕と踊りませんか」という言い回しが続いているので、カタカナのフレーズは主人公の今の生き方を指していると言えます。
これらの要素を繋ぎ合わせて、この場面はある男性が主人公の女性を見初めて口説いているところと解釈しました。
初めからすでに首輪をつけているので、もしかしたら主人公は貴族の令嬢として家族に従う少女に過ぎず、それが自分の人生だと考えていたのかもしれません。
そんな日々の中で参加した舞踏会で男性が近づいて来て、「退屈なら僕と踊りませんか」と誘ってきます。
彼女にとってそれは退屈な人生そのものから連れ出してくれる言葉に聞こえたことでしょう。
愛の逃避行の末に起きる悲劇
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愛で飛び込む無垢なアイ
夢のショーはない
果てのランアウェイ
三つ一つに罪はない
捨てたものじゃない
だってそうじゃない?
≪QUEEN 歌詞より抜粋≫
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『愛で飛び込む』の表現から、彼女も男性に惹かれ誘いを受け入れたことが伝わってきます。
「アイ」は自身を表す「I」、またその「eye(目)」を意味しているのでしょう。
過去曲の『EYE』の主人公については、『KING』で主人公が王を失脚させる前の姿と考察しました。
ここであえてカタカナで表記されていることから、『EYE』との繋がりも示されているように思えます。
無垢な彼女は愛の気持ちだけで彼の手を取りましたが、彼女を祝福する人はいません。
「ランアウェイ(runaway)」は「逃亡者」という意味があるため、祝福してもらえないならと駆け落ちしたと解釈できそうです。
後半の歌詞は意味が曖昧ですが、周囲は反対するものの彼の言動にそこまで罪があるようには思えない、人は誰しも罪深い生き物だからこのくらいで手放したくないというような気持ちを感じました。
罪というとKanariaのこの楽曲シリーズは七つの大罪をモチーフにしていると考えられていて、今作はおそらく流されるままに行動していることから「怠惰」をイメージしているのでしょう。
自分にも罪はあるから、それが彼を否定する理由にはならないという主張のように見えます。
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あんなにもあんなにもまさに
撤回まさかの結末に
あなたにもあなたにも駆ける
CRY CRY CRY
≪QUEEN 歌詞より抜粋≫
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しかし、状況は一変してしまったようです。
「撤回まさかの結末」のフレーズから、男性が発言を撤回して彼女を捨てた状況が想像できるのではないでしょうか。
「あなたにも駆けるCRY」の歌詞は、彼女を捨てたことによって彼の身にも予期せぬ悲しい出来事が起きたか、もしくはあなたも同じ悲しみを味わえばいいという彼女からのメッセージのように思えます。
苦い経験が少女を成長させた
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ランベリック ランベリYOU ランベリック
だってそれは敗北の合図
≪QUEEN 歌詞より抜粋≫
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「ランベリック」とはおそらくフランス語の「embelli(embellirの過去分詞)」に冠詞の「L’」と接尾辞の「que」を加えた「L’embellique」という造語のことと思われます。
この言葉は「より美しくなる様子だ」という意味です。
「ランベリYOU」は「L’embelli you」となり、「あなたはより美しくなる」という意味になります。
主人公は抱いた愛情によって、彼をより美しくかけがえのない大切なものと見るようになっていったのかもしれません。
惚れた弱みと言うように、愛したことで相手に強く出られない状態は「敗北の合図」と言えるでしょう。
その結果彼は彼女から離れていき、女性として選ばれなかったという意味でも敗北してしまいました。
全ては初めての愛に流されて彼の手を取ってしまったことがいけなかったのだと、自身への呆れを滲ませます。
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曖昧 嫉妬 困難を武器に
もう誰のものでもないわ
霞む視界と 愛の言葉で
叫ぶそれはバイアスと輪廻
大概そんな運命は既に
もう誰のものでもないわ
揺れる視界と 灰の心で
叫ぶそれは敗北の合図
≪QUEEN 歌詞より抜粋≫
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愛だけでなく嫉妬の気持ちや困難な状況さえ、若い貴族令嬢には初めての経験です。
得た経験を糧にし自身の「武器」とすることで、無垢でか弱い少女から強い大人の女性へと変わろうする心情が読み取れますね。
「もう誰のものでもないわ」という言葉からも、もう自分は家族の言いなりでも彼の愛に縋る存在でもないのだと思っていることが伝わってきます。
「バイアス」とは偏りを意味する言葉で、心理学では自身の経験や固定概念に従い合理的でない考えをすることを認知バイアスと言います。
彼を受け入れた時、彼女は未熟でした。
今はまだ彼に裏切られた悲しさに泣きながらも愛の言葉ばかり浮かんできますが、それは所詮未熟だったがゆえの偏った想いと「輪廻」のように渦巻く執着心によるもの。
だから「そんな運命は既にもう誰のものでもないわ」と、もはや彼と生きる運命はないことを理解しています。
とはいえ「大概」とつけられているので、きっと心の片隅では未だに望む気持ちもあるのでしょう。
「灰の心」というフレーズは、一時の愛に心が燃え尽きた様子を想像させます。
自分の心の中にもう燃えるものがないことに気づいたら、その時本当に二人の恋は終わってしまいます。
この苦い経験が彼女に愛を教え、王への愛のために王座を守る強い女王にしました。
ここが彼女の物語の始まりだったと思うと、ほかの楽曲の見方もさらに深まっていきそうですね。
“七つの大罪”シリーズの終幕を見届けて
Kanariaの『QUEEN』は後に王へと昇りつめた女性の過去を覗き見るような楽曲でした。ここから『EYE』・『KING』へと時系列で繋がっていると仮定すると、一貫して首輪がついていることから、状況や心の内が変わっても人の本質は変わらず、彼女を捕らえ続けていると言えるかもしれません。
“七つの大罪”シリーズは今作で完結し、9月21日には7曲をまとめたベストアルバム『Kanaria.code』が発売されます。
ここからKanariaがどんな新しい世界を見せてくれるのか、ますます期待が高まります。