日本有線大賞&全日本有線放送大賞、3年連続グランプリ受賞曲
『つぐない』や『愛人』など、音楽史に残るヒット曲を数多く歌い上げてきたテレサ・テン。
昭和期を中心に次々と名曲を世に送り出し、日本有線大賞、全日本有線放送大賞ともに3年連続グランプリ受賞という快挙を成し遂げた、台湾出身のシンガーです。
そんな昭和を彩る歌手テレサ・テンの代表曲の1つが、今回考察する『時の流れに身をまかせ』(作詞・荒木とよひさ/作曲・三木たかし)。
1986年に発売され、上記2つの賞で3度目のグランプリを受賞し、NHK紅白歌合戦でも歌唱されました。
また、2020年11月25日より、アナログ盤として同名のアルバムが再リリースされています。
「時の流れに身をまかせ」で始まるサビのメロディーは、世代を問わず多くの人にとって親しみ深いことでしょう。
そんな記憶にも記録にも残り続ける『時の流れに身をまかせ』。
果たしてその歌詞には、どのような意味が込められているのでしょうか。
普通でない愛に生きる「わたし」
まずは1番の歌詞から考察していきます。
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もしも あなたと
逢えずにいたら
わたしは何を
してたでしょうか
平凡だけど
誰かを愛し
普通の暮し
してたでしょうか
時の流れに 身をまかせ
あなたの色に 染められ
一度の人生それさえ
捨てることも かまわない
だから お願い
そばに置いてね
いまは あなたしか
愛せない
≪時の流れに身をまかせ 歌詞より抜粋≫
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冒頭、出会うことがなかったら普通の暮らしをしていたのではと語る「わたし」。
そういった想像をするということは、「わたし」と「あなた」は普通とはいえない関係なのでしょう。
実は『時の流れに身をまかせ』は不倫の歌だと、まことしやかに囁かれています。
そう考えると、普通に愛し合って結ばれるような人生は、不倫相手である「わたし」にとっては縁遠いものだといえそうです。
それでも「あなたの色に 染められ」、禁断の愛でいっぱいの「わたし」は、人生を捨てるほどの覚悟を持って「あなた」を愛している様子。
人生を「ともにする」でも「捧げる」でもなく「捨てる」と表現しているのは、今の関係が周知のものになって世間に顔向けできなくなるリスクを意識しているからではないでしょうか。
そしてそんな「わたし」の願いは、ただ「そばに置いてね」の一言。
自分を物のように表現して、愛する人のパートナーに遠慮しているかのようにも読めます。
どうやら「わたし」は「あなた」を愛していながら、略奪するほどの貪欲さは持ち合わせていないようです。
本心を押し殺す「わたし」
続いて、2番の歌詞を見ていきましょう。
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もしも あなたに
嫌われたなら
明日という日
失くしてしまうわ
約束なんか
いらないけれど
想い出だけじゃ
生きてゆけない
時の流れに 身をまかせ
あなたの胸に より添い
綺麗になれた それだけで
いのちさえも いらないわ
だから お願い
そばに置いてね
いまは あなたしか
見えないの
≪時の流れに身をまかせ 歌詞より抜粋≫
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報われない愛だと自覚しながら、嫌われていない限りは希望の光がある。
「あなた」色に染まった「わたし」は、そのように考えて毎日を生きているのかもしれません。
また「約束」と「想い出」は、未来と過去の象徴だといえます。
未来は保証されなくてもいい。
かといって「あなた」が過去の人になってしまうのは惜しい。
絶妙なバランスで保たれる関係のもどかしさは、常に「わたし」の今を取り巻いているのでしょう。
サビの「綺麗になれた それだけで いのちさえも いらないわ」という部分は、恋をして綺麗になっただけで十分であると、満たされない気持ちを必死でごまかしているようにも聴こえます。
本当は、もっとなりたい何かがあり、欲しいものもある。
「あなた」しか眼中にない今、そんな本心を押し殺して「そばに置いてね」と願うばかりの「わたし」。
このように解釈していくと、この歌の主人公「わたし」は、控えめな悲劇の愛人のように思えてきます。
サビに隠された女の余裕?
『時の流れに身をまかせ』の最後のサビは、1番と同じです。
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時の流れに 身をまかせ
あなたの色に 染められ
一度の人生それさえ
捨てることも かまわない
だから お願い
そばに置いてね
いまは あなたしか
愛せない
≪時の流れに身をまかせ 歌詞より抜粋≫
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これまでの歌詞からは、「わたし」は「あなた」のそばに置かれていればいいという、極めて受け身で依存的な態度が読み取れました。
時代背景も関係しているのでしょうが、果たして本当に「わたし」は「あなた」に頼りきりなのでしょうか。
タイトルにもなっているサビの冒頭「時の流れに 身をまかせ」は、そんな疑問にヒントを与えてくれているように思えます。
確かに「わたし」は「あなたしか 愛せない」と、相手に夢中な様子です。
ただ、見逃せないのは「いまは」という限定的な表現がある点。
時の流れのままに「今」目の前にいる人に染められ、その胸に寄り添ってきた「わたし」。
その「わたし」が身をゆだねているのは「あなた」以前に「時」であるといえます。
そう考えると、「わたし」は決して肩身の狭い盲目な愛人ではなく、いずれこの愛が冷めることさえ自覚しながら刹那的に危ない関係を続けているとも解釈できそうです。
今は「あなた」しか愛せなくとも、時が流れれば「あなた」ではなくなりうるという女の余裕すら感じられます。
一見、依存的な愛人を切なく歌っているようですが、その裏には、したたかに恋愛をプレイする不屈の女心が隠れているのかもしれませんね。
柔らかく深い、愛の歌
今回は、テレサ・テン『時の流れに身をまかせ』の歌詞の意味を考察しました。禁断の関係を匂わせながらも、優しく柔らかい言葉で展開される愛の歌でしたね。
また、表現はシンプルでも、そこに深い意味が読み取れそうな繊細な歌詞でもありました。
多くを語らず、一語一語に魂が込められることで、私たちの想像力は時代を超えてかき立てられるのでしょう。
「あなた」と「わたし」の具体的な情報が明示されない奥ゆかしさも、この曲が歌い継がれる1つの要因なのかもしれません。