水野あつ×可不による令和の「やさしい音楽」を解釈
令和元年から活動を開始し、「やさしい音楽」をテーマにした楽曲で多くの共感を呼んでいるシンガーソングライター・水野あつ。人生の悩みや葛藤を素直に表現した歌で人々を魅了する、今注目のアーティストです。
そんな水野あつが2021年7月22日に配信リリースした楽曲が『生きる』。
新世代の人工歌唱ソフトウェア・可不“KAFU”とコラボレーションした1stアルバム『生きる』の表題曲になります。
配信と同時に公開されたリリックビデオは、再生回数1200万回を超える人気ぶり(2022年10月26日現在)。
わずか2分ほどの短い楽曲ですが、その世界観に多くの人が引き込まれています。
果たしてその歌詞には、どのようなメッセージが込められているのでしょうか。
弱った「僕」を認める自分
まずは前半の歌詞を考察していきましょう。
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ちょっとばかり
生きてみようかな
でも明日が怖くて引き篭もる
こんな僕でごめんね
パパとママにありがとう
≪生きる 歌詞より抜粋≫
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歌い出しは「ちょっとばかり 生きてみようかな」。
まるで「死にたい」の山を越えたときのあっさりした呟きのようです。
しかし『生きる』の主人公は、明日が来る恐怖におびえ、部屋に引き篭(こ)もっている様子。
また「こんな僕でごめんね」と自責の念にかられています。
それに続くのは、両親への感謝。
「こんな自分をそっとしといてくれて、ありがとう」なのか「今まで育ててくれて、ありがとう」なのか。
いろいろな「ありがとう」が考えられますが、1つ確実なのは、主人公は問題を抱えながらも優しい心を持ち続けているということでしょう。
次の歌詞です。
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学校に行くのはもうやめた
会話をするのが怖くなる
こんな毎日が続くの
明日もきっと独りきり
≪生きる 歌詞より抜粋≫
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どうやら主人公は、会話に対して恐怖心があるようです。
他人には理解できないような悩みがあったり、何かのきっかけで人間不信に陥っていたり、何らかの対人的な問題を抱えているのかもしれません。
学校に行くのをやめて孤独に引き篭もる主人公は、どこか寂しげです。
続いて、サビの歌詞を見てみましょう。
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でもねまだねもっと生きたい
君が君が大好きだから
過去も今も未来のことも
全部全部愛しているよ
≪生きる 歌詞より抜粋≫
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日々襲いかかる恐怖に悩み苦しみながらも、主人公の本音は「もっと生きたい」。
ここでの「君」とは、そんな強い生存欲求を持つ自分から見た弱気な「僕」のことではないでしょうか。
主人公には、弱くも優しい自分自身を認め、全てを包み込むほどの愛を持つ一面があるのかもしれませんね。
「明日から」の先には希望がある?
ここからは後半の歌詞を見ていきます。
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愛されなくても良いよ
期待されないくらいが楽だから
周りと比べると
自分が弱く見えるけど
大丈夫、僕なら大丈夫
そう願っていたのは
いつの日だっけな?
≪生きる 歌詞より抜粋≫
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周囲の人たちより弱く見える自分。
外側から愛や期待を受けると無理してしまう主人公は、それらを敬遠して弱い自分を守ってきたのでしょう。
ただ、そんな主人公にも「僕なら大丈夫」と自身の可能性を信じ、弱さの克服を願っていた過去があるようです。
それでも変わらず弱いままの自分。
続くサビでは、そんな弱い自分を強く肯定するような展開が見られます。
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でもねまだねもっと生きたい
君が君が大好きだから
過去も今も未来のことも
全部全部愛しているよ
夜の星もいつかは消える
僕は上手く生きれるのかな?
今日も月が辺りを照らす
これが僕の生きた証だ
≪生きる 歌詞より抜粋≫
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前半部分は1番と同じ歌詞です。
変わらず、弱い自分(僕)を全面的に認めようという自愛の精神が感じられますね。
続く後半では一転して、視点が「僕」に戻りました。
美しく雄大な夜の星さえ、いつかは消えてなくなるもの。
そんな世界で、弱々しくちっぽけな今の「僕」が上手に生きていけるのか。
夜の暗がりの中、窓の外を見つめながらそんなことを思う主人公の孤影が目に浮かぶようです。
続く歌詞は「今日も月が辺りを照らす これが僕の生きた証だ」。
わずかな光でおぼろげに見える自室の生活感に、己の存在証明を見出したのかもしれません。
これまでにない断定的な強い表現は、それこそ月明かりのような希望を感じさせます。
最後に、締めの歌詞です。
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明日には生きているのかな
明日から
≪生きる 歌詞より抜粋≫
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恐怖の対象だった明日について、「明日には生きているのかな」と述べられています。
「上手に生きられているか」や「どこか変わることができているか」といったニュアンスでしょうか。
続く最後の1行は「明日から」。
眠りに落ちるかのように、ここで音楽も途切れます。
この後にどのような言葉があてはまるのかは、私たちリスナーにゆだねられているのかもしれません。
希望がのぞく展開にあやかって、1つ考えられるパターンを挙げておきたいと思います。
「明日から 僕は大丈夫」
「生きる」リメイク版も必聴!
今回は、水野あつ feat. 可不『生きる』の歌詞の意味を考察しました。社会生活における苦悩や葛藤の中に、わずかでも希望を見出そうとする繊細な歌詞でしたね。
「明日から」で不意に途切れるラスト1行にも、ドキッとさせられました。
主人公の自己肯定を通して、リスナーそれぞれの生き方を後押しする応援歌だったとも解釈できそうですね。
なお『生きる』は、可不が歌う本作のほか、水野あつ本人が歌唱するバージョンもあります。
リリースから1年を経て制作されたリメイク版も配信されているので、この機会に肉声の音源にも触れてみると、曲の感じ方が変わって考察が膨らむかもしれません。