初音ミク『アンチテーゼ貴様』リアレンジ版
ボカロPとして音楽活動を始め、現在ではシンガーソングライターとしても人気を博しているsyudou。Ado『うっせぇわ』やジャニーズWEST『努力賞』など、様々なアーティストに楽曲を提供していることでも知られています。
そんなsyudouが、2022年9月28日に新曲『アンチテーゼ貴様 -改-』を配信リリース。
イラストレーター・sakiyamaが手がけたMVも配信と同時に公開され、着々と再生回数を伸ばしています。
『アンチテーゼ貴様 -改-』は、初音ミクが歌うオリジナル曲『アンチテーゼ貴様』(2015年)、1stボーカロイドアルバム『最悪』収録のセルフカバー曲(2019年)に次ぐリアレンジ版。
その歌詞には、どうやらsyudou本人の等身大の「今」が投影されているようです。
今回は、そんな『アンチテーゼ貴様 -改-』の歌詞の意味を考察していきます。
非常識な「アンタ」へ
まずは1番の歌詞から見ていきましょう。
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通勤快速乗らなくなりもう結構です
機嫌はいいが溜め込むこたぁもう一杯です
プライベートを切り売りする様な商売です
自宅の前で張り込む奴らを一掃してぇ
全然まだまだの身分でこれだとか
未来の事思うとマジ不安になっちゃう
≪アンチテーゼ貴様 -改- 歌詞より抜粋≫
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アーティストとして食べていけるようになり、快速の通勤電車とはおさらばした様子。
ただ、毎朝の憂鬱が軽減されて機嫌はいいものの、ストレスは依然として一杯のようです。
そしてそれは「プライベートを切り売りする商売」ゆえ。
自分の感情や体験を歌にするアーティストである以上、きっと身を削って作品を生み出し続けなければならないのでしょう。
また、メディアへの出演が増えると、不特定多数の人にプライベートな話を提供せざるを得ない状況もあるはずです。
そうなると、非常識な行動に走るファンも少なからず現れることが想像できます。
「自宅の前で張り込む奴ら」とは、そういった迷惑行為に手を染める人たちのことなのではないでしょうか。
これからも成長を続けたい身としては、非常識な奴らが増えそうな未来が相当不安なものなのかもしれませんね。
続いて、サビの歌詞に入ります。
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毎回毎回本当思ってんだけど
アンタって本当に嫌な奴ね
アンタの価値観 既視感 10歳児未満
テメェのケツもふけてねぇ奴の忠告なんざ
うるせぇうるせぇ知らねぇよ
≪アンチテーゼ貴様 -改- 歌詞より抜粋≫
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「毎回毎回本当思ってんだけど」というフレーズは『アンチテーゼ貴様』と共通です。
ただ、歌詞やアレンジを変え続けているためか、「毎回毎回」の重みは増していくように思えます。
また、続く歌詞の「アンタ」は、ストレスの元凶である一部の非常識なファンのことだと想定できそうです。
幼稚な彼らの価値観に既視感を覚えるのは、自分自身が幼稚な時期を経て大人になったからでしょうか。
いずれにせよ、成長した自分にとって、幼い彼らの言動は邪魔でしかないのでしょう。
「うるせぇうるせぇ知らねぇよ」と突っぱねて、1番は終了です。
有名税よりふるさと納税?
ここからは2番の歌詞に入ります。
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他人が決めた社会の定義に則って
「幸せです」と言わされてる様で最悪です
身分や地位や大人騙しなど一切要らん
自分のままでありたいだけだだぜ当然な
一見好景気に見えるか知んねぇが
油断すると危険また砂漠になっちゃう
≪アンチテーゼ貴様 -改- 歌詞より抜粋≫
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「他人が決めた社会の定義」とは、生活に不可欠とされる「人との関わり」のことでしょうか。
ダークな世界観を武器とするsyudouにとっては、豊かな人間関係や組織への所属というものが「幸せ」に直結するものではないのかもしれません。
それでも成功体験を重ねていくと「皆様のおかげで幸せです」といった定型的な言葉を発する機会は増えていくと考えられます。
ここでは、そういった型通りの “幸せ” や上辺だけのセリフのようなものを「大人騙し」と表現しているのではないでしょうか。
ただ当人としては、肩書きや大人騙しをブラッシュアップするより「自分のままでありたい」というのが本音のようです。
加えて、先の分からない人気商売への不安も尽きない様子。
周りからは良い状況に見えても、あっという間に枯渇するリスクのある油断できない現状。
そんな不安定な状況で、アーティストは常に努力しているのでしょうね。
続いて、サビの歌詞です。
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毎回毎回本当思ってんだけど
アンタって本当に嫌な奴ね
有名税 脱税 絶対払わんぜ
それより愛する地元へ向けふるさと納税
未来のためならいくらでも
≪アンチテーゼ貴様 -改- 歌詞より抜粋≫
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「有名税」とは、有名であるがゆえに好奇の目で見られたり出費がかさんだりすること。
それを「絶対払わんぜ」と脱税するというのは、有名であることのデメリットを被らずに活動したいという意識の表れのように読み取れます。
1番で触れていた迷惑行為をどうにか打倒したい!という願いもあるのかもしれません。
反対に「ふるさと納税」のくだりは、どんどん有名になり、それを利用して地元を盛り上げたい!という意欲を示しているかのようです。
ただしこれも「大人騙し」の可能性があるので、安易にポジティブに捉えるのは危険かもしれませんね。
「それではお後がよろしくて」の真意とは?
最後に、終盤の歌詞を考察していきます。
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アンタがあの日々で堪え守り抜いた
批難されて悲観された人間性や人生観
そのワインとパンは血となり肉となり
役に立たないと思い意外に立っちゃう
≪アンチテーゼ貴様 -改- 歌詞より抜粋≫
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ここでの「アンタ」については、歌っている本人だと解釈できそうです。
あざ笑われたり批難されたり、「無謀だよ」と悲観されたり、syudouにはそういった過去があるのでしょうか。
ネガティブな環境にさらされてきた「人間性や人生観」。
続く「そのワインとパンは血となり肉となり」は、苦境の中で醸成された「人間性や人生観」が曲として実体化するようなイメージだと推測できます。
キリスト教では、ワインはキリストの血、パンはキリストの肉であると認識されているそうです。
実体を確認できない概念を目に見える物体に置き換えることは、アーティストにとっての曲作りに通ずるものがあるのかもしれません。
そして概念を血肉にする創作過程においては、かつての批難や悲観も立派な養分として役に立つのでしょう。
さて、いよいよ最後のサビです。
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毎回毎回本当思ってんだけど
アンタって本当に馬鹿馬鹿馬鹿
毎回毎回本当思ってんだけど
俺だって本当に嫌な奴ね
言ってる事とやってる事矛盾上等じゃい
他の追随など許さん程モテてぇんだ
そこらの並とは比べんな
それではお後がよろしくて
≪アンチテーゼ貴様 -改- 歌詞より抜粋≫
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常識から逸脱した「アンタ」を「馬鹿馬鹿馬鹿」と責め立てながら、「俺だって本当に嫌な奴ね」と自虐しています。
「言ってる事とやってる事矛盾上等じゃい」や「モテてぇんだ」など、身も蓋もないことを言い出しました。
「有名税よりふるさと納税」「ワインとパンは血となり肉となり」など色々と書き連ねたものの、本心にあるのは「モテたい」というシンプルな願望のようです。
また、最終局面でそれをさらけ出すことで、2番で語った「自分のままでありたい」を実現させたというふうにも捉えられます。
そして「それではお後がよろしくて」と落語スタイルで幕切れするのは、正直な自分をぶちまけて落とす「大人騙しの解除」の儀式なのかもしれません。
前作『アンチテーゼ貴様』も必聴!
今回は、syudou『アンチテーゼ貴様 -改-』の歌詞の意味を考察しました。終盤の「矛盾上等」宣言により、どれが本心でどれが上辺なのかが分からなくなる、トリッキーで面白い歌詞でしたね。
「それではお後がよろしくて」で落とす構成にも、戻って歌詞を吟味したくなる不思議な魔力があるように思えます。
今回は『アンチテーゼ貴様 -改-』を単独で考察しましたが、歌詞の違う前2作と照らし合わせて真意を探っていくのも面白いかもしれません。
きっとsyudouの生活や心情の「変化」の部分が際立って感じられることでしょう。