直木賞作家コラボプロジェクト「はじめての」第3弾楽曲「海のまにまに」
コンポーザーのAyase、ボーカルのikuraで構成される「小説を音楽にするユニット」YOASOBI。2022年2月26日には直木賞作家4名によるオムニバス小説『はじめての』が刊行され、現在その各短編を楽曲化するプロジェクトが話題を呼んでいます。
これまでYOASOBIは、島本理生『私だけの所有者』を『ミスター』へ、森絵都『ヒカリノタネ』を『好きだ』へ、小説の世界を歌詞とメロディーへと溶かし込んでいきました。
そして今回考察する楽曲は、同年11月18日に配信リリースされた『海のまにまに』。
『ミスター』『好きだ』に次ぐプロジェクト第3弾の楽曲で、原作のタイトルは『ユーレイ』(原作者・辻村深月)です。
『ユーレイ』のテーマは「はじめて家出したときに読む物語」。
家出をして海沿いの駅に降り立った主人公が、不思議な女の子に出会うお話です。
そんな『ユーレイ』を楽曲化した『海のまにまに』には、果たしてどのような意味が込められているのでしょうか。
今回は、その歌詞の世界を紐解いていきます。
死を匂わせる夜の海
まずは前半の歌詞を考察していきましょう。
----------------
夜の合間を縫うように
走る電車の中ゆらり
後ろ向きに流れる景色をひとり
座って 見ていた 見ていた
昼下がりの陽射しは
夕陽のオレンジ色に染まって
藍色の空に押し潰されていく
その最後の光を惜しむように
目で追いかけたのは
今日で バイバイ だから
明日を捨てる為に飛び出した逃避行
片道分の切符で行けるとこまで行くの
どこにも居場所なんて無い私をこのまま
夜に置いてって 置いてって
≪海のまにまに 歌詞より抜粋≫
----------------
日が落ちる直前の薄暗がりのなか、主人公は電車に揺られているようです。
車窓の景色が「後ろ向きに流れる」という状況は、通り過ぎた場所が見えるということ。
これは暗に「見えない将来への不安」を表していると考えられます。
また「最後の光を惜しむ」「今日で バイバイ」「明日を捨てる」などの自殺をほのめかすフレーズから察するに、主人公は人生を終わらせようとしているのでしょう。
「どこにも居場所なんて無い」と感じ、家を飛び出した「私」。
片道切符で敢行された主人公の家出は、どうやら死に場所を探す「逃避行」のようです。
次の歌詞に入ります。
----------------
不意に窓から見えた景色が暗闇に
気付いたあれはそうだきっと夜の海
出来心に手を引かれて降りた海辺の町
波の音にただ導かれるように歩く
誰かに呼ばれるように
近付いた海のほとり
ここにはひとり
もうこのままいっそ体をここに
≪海のまにまに 歌詞より抜粋≫
----------------
窓から見えた「夜の海」。
主人公は「出来心に手を引かれて」電車を降ります。
「出来心」とは、ふと生じた良くない考えという意味の言葉です。
夜の海を見て「死ぬならここだ」と、ピンと来てしまったのかもしれませんね。
波の音に導かれ「誰かに呼ばれるように」近づいていった海辺。
危ない雰囲気が漂うなか、「もうこのままいっそ体をここに」と揺らぐ主人公。
このまま身を投げるつもりなのでしょうか。
生きる希望としての花火の光
ここからは後半の歌詞を考察していきます。
----------------
なんて考えていた私の前に
突然現れた君は
月明かりの下
青白い肌
白のワンピース
「こんなとこで何しているの?」
なんて急に尋ねるから
言葉に詰まりながら
「海を、見に」
君は何かを取り出した
それは少し古い花火セット
そこで気付いた
彼女はコンクリートの上
裸足だった
今日で全部終わりにすると決めたから
きっと私があの世界に近付いたから
視えてしまった出会ってしまった
そんな君と二人で
花火の封を切った
なかなか点かない花火に火を近付けながら
私がここに来た理由を君は当ててみせた
そして何度もやめなよって
真剣な眼差しで言った
だけど…
≪海のまにまに 歌詞より抜粋≫
----------------
静かに漂う絶望感から一転、不思議な女の子「君」の登場です。
コンクリートの上を裸足で歩く、「青白い肌」をした「君」。
主人公は自分が死のうとした(あの世に近づいた)せいで、幽霊が「視えてしまった」と思っているようです。
取り出した花火が「少し古い」という描写も意味深ですね。
ともあれ、一緒に花火をすることになった主人公と「君」。
何度もほのめかされている通り、主人公の「ここに来た理由」は「死にたいから」だと考えられます。
それを言い当て、真剣にやめさせようとする「君」。
「君」が幽霊だとすれば、主人公と同じように自殺を決めたことを後悔しているのかもしれません。
そんな「君」の制止がありながら、主人公は「だけど…」と渋っている様子。
しかし、そこで大きな変化が起こります。
----------------
その瞬間この手の先で光が弾けた
思わず「点いた!」と二人で揃えて叫んでた
これでもかと輝く火花の
鋭い音が響いた 響いた
ゆっくり眺める暇もなく消えていく輝きを
もったいなくて最後の一瞬まで追いかけた
電車の窓から見えた
最後の太陽を惜しんだように
追いかけた
やっぱり 私
≪海のまにまに 歌詞より抜粋≫
----------------
なかなか火が点かなかった花火に、突如「光」が弾けました。
鋭い音の響きとともに「これでもかと輝く火花」。
その「輝き」に、車窓から見た「最後の太陽」を重ねる主人公。
そして「やっぱり 私」と気持ちが動き始めたようです。
おそらく主人公は「やっぱり私、まだ生きていたい」と直感したのではないでしょうか。
「君」の正体は生存欲求?
ここからは最後の歌詞と「君」の正体について考察します。
まずは最後の歌詞です。
----------------
ねえ夜が明けたら君は
どこかへ消えてしまうのかな
夜の帳を抜け出して
朝の光で目が覚めた
隣を見ると当たり前のように眠る
君の姿
≪海のまにまに 歌詞より抜粋≫
----------------
「君」を幽霊だと思っている主人公は、夜が明けたら「君」がいなくなるのではないかと切ない気持ちになっている様子。
まどろみのなか、ぼんやりと思考を巡らせているような雰囲気ですね。
そして「朝の光で目が覚めた」主人公。
隣には「当たり前のように眠る君の姿」。
ここで物語は幕を閉じます。
朝になっても「君」が消えなかったことから、単に「君=幽霊」とするのは早合点かもしれません。
そこで別の可能性として「君=主人公の生存欲求が具体化したもの」という仮説を立ててみましょう。
「君」が「死の象徴(誰かの幽霊)」ではなく「生の象徴(主人公の一側面)」だったという解釈です。
「二人で花火の封を切った」という描写がありましたが、「君」が主人公の一部であると仮定すると、不自然な動作ではありません。
加えて、花火に火を点けたのも「君」でした。
前半のネガティブな暗い夜の雰囲気とは対照的に、後半では「光」や「輝き」、引いては生きる希望のような描写が見られます。
「君」が近づけた火で花火が輝くことは、生存欲求を主人公が受容して「生きよう」と思い直したことのシンボルなのではないでしょうか。
新しい朝に見られた「当たり前のように眠る君の姿」は、死を選ばなかった主人公の人生が当然のように続いていくことを象徴するハッピーエンドの描写なのかもしれません。
辻村深月「ユーレイ」も必読!
今回はYOASOBI『海のまにまに』の歌詞の意味を考察しました。「死」を匂わせる暗い夜の海と「生」を思わせる花火の光が好対照な、イマジネーションがかき立てられる歌詞でしたね。
家出の高揚感に浮かされたような不思議な歌詞世界、不意に現れるミステリアスな「君」。
それこそ小説を音楽にしたような、考察しがいのある丁寧なストーリー描写も魅力的でした。
ここでは辻村深月『ユーレイ』の情報は最小限に留めて考察しましたが、原作小説と比較することで効いてくる一行もきっとあることでしょう。
この機会にぜひ、原作と照らし合わせて自分なりの着眼点で『海のまにまに』の考察を深めてみてはいかがでしょうか。