ジャズやHIPHOPがルーツの甲田まひる
──まずは甲田さんがどのようにして音楽に触れてきたかについてお聞きします。音楽教室に通い5歳からピアノをはじめ、その後ジャズに傾倒していくと思うのですが、そのきっかけは何かあったんですか?甲田まひる(以下、甲田):ジャズを聴き始めたのは8歳くらいなんですけど、元々ピアノを始めた当初からノリがいい音楽を弾くのが好きだったんです。教室では主にクラシックを習うんですけど、最初に担当してくれた先生がジャズを好きな方で、発表会ではラテンっぽい曲やショパンの曲をジャズアレンジしたものをやらせてくれて。そういう流れから「こんなジャンルが音楽にはあるんだ」と思って。それがめちゃくちゃ楽しかったんです。
──なるほど。では最初はジャズという認識もなく、楽しいから演奏していた。
甲田:そうですね。最初は「このオシャレなサウンドは一体何だろう?」というところから好きになっていた感じです。ただ、当時からクラシックより面白そうだなとは思っていて。いつも先生にジャズは意外と難しいジャンルなんだよと教えていただいていました(笑)。
──その先生との出会いが大きかったんですね。ジャズミュージシャンの中で甲田さんのヒーローは誰になるんでしょう?
甲田:セロニアス・モンクとバド・パウエルの2人ですね。本当に真っ新な状態からジャズを聴き始めたから、最初は図書館に行っていろいろなジャズミュージシャンの方のCDを借りてきて聴いていました。その中で出会ったのがこの2人。ビル・エヴァンスのような正統派で綺麗な演奏をする人も聴いたんですけど、当時はしっくりこなくて。綺麗に演奏するよりかは、どこか違和感のある音というか、音がよれているというか。弾いていてどんどん速弾きになっちゃうみたいな個性的な演奏の方が好きだったんですよね。だからセロニアス・モンクとバド・パウエルを聴いたときは単純に驚きました。この出会いがめちゃくちゃ大きかったです。
──きっと甲田さん自身個性的な一面も持っているから惹かれたんでしょうね。そこから都内のライブハウスでピアノを弾くようになるんですよね?
甲田:そうですね。小学生くらいのときから。
──それがすごいと思うんですよ。肝が据わっているというか。
甲田:いやいやいや。私、本当に度胸がないので……(笑)。最初は本当にダメでしたね。お仕事としてライブハウスで弾くようになるのは14歳~15歳くらいからなのでもう少し後になるんですけど、最初はジャズを勉強する方法が分からなかったから、教本を買ってコードを覚えたり、耳コピをしたりしていたんですけど、そのあたりからジャズはセッションに行かないとダメっぽいぞということに気づいて。
──なるほど。確かにそうかもしれない。
甲田:とにかく生でライブも観たかったので母と一緒に夜な夜なライブハウスに行きまくっていましたね。やっぱりまだ小さかったので、「何をやってるの?」と皆さん声を掛けてくれるんですよ。そこから知り合いが増えていって、曲もちゃんと覚えていった。そうすると飛び入りで弾かせていただけたりもして、そこから勇気を出してセッションにも参加していったんです。
──その経験がすごい財産な気がする。そこから成長して、King Gnuの勢喜さんや新井さんといったセッション界隈でずっとやってきた人と一緒にお仕事をするんですもんね。
甲田:そうですね。貴重な経験でした。
──ちなみに甲田さんはジャズだけでなくHIPHOPもお好きなんですよね?
甲田:そうですね。ずっとジャズ1本でやってきた中で、ドラマーの石若駿さんに出会って。駿さんってジャズドラマーなのにラッパーのバックで叩いたり、ポップスの方ともお仕事をされていて、そこに影響を受けたり。その出会いと同時期にロバート・グラスパーの存在を知ったりとかで、ジャズもHIPHOPに昇華するんだなと思ったんですよね。あとはア・トライブ・コールド・クエストの存在も自分の中では大きい存在で。Qティップの声に感動したんですよね。そこから90年代のアルバムをたくさん聴くようになって、ローリン・ヒルとか90年代のHIPHOPにハマっていきましたね。
──ジャズがあらゆる音楽ジャンルに繋がっている気がしますね。今の日本の音楽業界を見渡しても、ジャズがルーツにある人が多い気がします。
甲田:そうですよね。皆さん本当にすごいですもんね。
ファッションアイコンを経て、アーティストへ
──甲田さんを語る上で欠かせないと思うのが、やはりファッションとの親和性の高さだと思うんです。個人的には甲田さんが小学生くらいの頃からInstagramで活躍を拝見していたので、今、すごく不思議な感覚というか。甲田:本当ですか?! ありがとうございます。確かに不思議な感覚ですよね(笑)。
──ちなみに音楽とファッションを天秤にかけるとどちらが好きだったんですか?
甲田:えー! 元々ピアノを始める前は絵を描くのが好きで、その時はデザインがしたいなと思っていましたね。だから最初の夢はファッション系。そこからピアノに出会ったけど、まだちょっとイラストの方が好きという時期があって、ジャズにハマってからはもうピアノ一筋って感じなんですけど、同時期にInstagramを経由してファッションのお仕事が来たので、そこから完全に50対50という感じになりました。
──そうだったんですね。ずっと拝見してたから、ファッションのイメージが強いんですよね。
甲田:そうですよね。ファッションも好きなことだったから嬉しかったんですけど、ピアニストになりたかったので、どうしようかなみたいな感情ではありました。練習時間がいきなり取れなくなっちゃったりとかで、大変だったんですけど、当時からいつか音楽が出せたらいいなと思ってファッションのお仕事をやっていました。ただ音楽とファッションは自分の中でどちらも欠けてはいけない、甲田まひるを構成するものだと思います。
──若い頃からいろんな経験をされているから今があるんですね。そこから甲田さんは2018年に初めてのジャズアルバム『PLANKTON』をリリースされますが、現在はハンドマイクで歌唱し、自身で踊るスタイルに転換されました。このきっかけは何かあるんですか?
甲田:『PLANKTON』をリリースする前から歌がやりたいと思っていました。実は歌自体は5~6年ずっとやりたかったし、ジャズアルバムを完成させたから次は歌をやろうと思っていて。やっぱりファッションが好きだったので、自分がピアノを弾いているだけでは物足りなくて、自分の好きな表現ができないなとずっと思っていたんです。だからステージングや自分のファッションの世界観を表現できるのは歌なのかなと思っていました。
──なるほど。
甲田:そこからポップスも聴くようになって、アリアナ・グランデやリアーナとかがすごく好きで、彼女たちがやっている曲は低音が効いていてすごくカッコいいラップや歌唱をするのに、見た目はすごく華やか。そういう世界に憧れて、共通してダンスをしていたから私も踊ろうかなって。でもそんな漠然としたイメージが頭の中にあっても、やっぱり周りからするとジャズのイメージが強かったので、始動するまでには3年くらい掛かりましたね。
──その3年間でどんなこと考えながら過ごされていたんですか?
甲田:自分でピアノ曲をずっと作っていたので、最初は弾き語りで歌ものも録音していたんですけど、踊ったりラップしたりする自分を想像していたので、このままだとやりたいことが伝わらない。誰かに聴かせるデモは、電子音楽じゃなきゃダメだと気づいたんです。そこからPCを買ってLogicを勉強し始めました。その勉強期間でオカモト・レイジくんと仲良くなって、一緒にトラックを作ってくれる人を探してくれたりして、そこから徐々に広がっていった感じですね。
2000年代J-POPへの憧れを昇華した『Snowdome』
──それでは、今回の曲についてもお聞きしていこうと思います。今回の『Snowdome』ですが、どういったところから着想を得て作られたんですか?甲田:これは、リリース時期が冬だったということもあり、まずは冬の曲がいいなと思っていました。そんな中で「冬、切ない、恋愛」というざっくりしたテーマがあって、それプラス最初から2000年代J-POP感に憧れがあって作りたかったんです。あとはサビ始まりみたいな(笑)。私は普段テーマを決めて作ることがなかなかなくて、ビートから組む方が多いんですけど、今回はSUNNY BOYさんと制作させていただくということで、自分なりにテーマを絞って一緒に制作していきました。
──制作はいかがでしたか?
甲田:私の感情を汲み取っていただけるし、作業もものすごく速いし、スピーディーに制作は進んだと思いますね。内容的にはデートの曲にしたかったので、シチュエーションはドライブを設定して、そこから白い雪が車に積もっているイメージなどから、そういった空間が閉じ込められている情景が思い浮かんで、自分の思いもその場面に閉じ込められていて、気付いてもらえないという、そんな曲にしたくて歌詞を書いていました。
──なるほど。だから『Snowdome』がタイトルなんですね。1st Digital EPの『California』から考えると徐々に徐々に大衆にタッチできるようなサウンドメイクになっているというか、2st Digital EP『夢うらら』でもポップさを追求したと思うんですが、今回の楽曲でよりその覚悟が明確になった気もしたんですが、いかがですか?
甲田:歌をやりたいなと思った時からこういう曲も作りたかったんです。ただ周りからはジャズのイメージがあって。ルーツにはジャズやヒップホップがあるんだけど、私の人間性的にはポップスで違和感がないと思うんです。
──人間性がポップスっていうのはすごく分かる気がします。
甲田:ただ、1曲目で王道のポップスを出すのは当初のパブリックイメージからは遠すぎるかなと思ったので、まずは『California』を書いたんです。
──なるほど。『California』はここに辿り着くための布石だったんですね。
甲田:そうかもしれません(笑)。
──ちなみにUtaTenは歌詞を扱うサイトなのですが、『Snowdome』でお気に入りの歌詞はありますか?
甲田:お気に入りは、まずはフックの〈白く舞う雪を照らすhead light〉の部分が歌いやすい! 〈head light〉の部分がすごく気持ちいいです。あとは〈「ミッションまだ終わらないの?」〉から始まるラップの歌詞ですかね。ちょいダサな感じが耳に残って、気に入っています。『California』も『夢うらら』もそうなんですけど、なんだかんだ、ポップスを書きたくても少し恥ずかしいなという部分もあったりするんですけど、自分がしっくりくるところに落とせるように毎回試行錯誤していますね。ラップで雰囲気を変えたりとか工夫しています。
──その恥ずかしさっていうのは?
甲田:恥ずかしいというか、自分の中でしっくりこないというか。やっぱり自分が表現をするのなら、趣味嗜好が曲に表れていないと自分っぽくないなと思ってしまうんです。
──ポップスだからといっても自分のルーツを落とし込んだものにしたい。その表現の1つがラップということなのかもしれないですね。
甲田:そうですね。多分これからどんなポップスを作ってもこの部分は変わらないだろうなって思います。
ラップを歌うと強くなれる
──2曲目の『SECM (Sausage Egg & Cheese Muffin)』は雰囲気が一変してラップ曲ですけど、甲田さんにとってラップを歌う理由って?甲田:なんでしょうね。ラップを歌っている時は強くなれるんですよ。言いたいことが言える。もちろんラップの力を借りている部分もあるんですけど、いちばん素の自分な気がします。だから、ほとんど歌詞で迷ったこともないと思います。
──『SECM (Sausage Egg & Cheese Muffin)』というタイトルですが、これは甲田さんが好きなもの?
甲田:そうです! 最初は題名にしようとは思ってなかったんですけどスタバのあらびきソーセージ&スクランブルエッグイングリッシュマフィンがお気に入りなんですけど、とりあえず好きだから歌詞に入れておこうと思ったんですよね。やっぱりラップ曲だからレペゼン系というか、自分のスタイルを見せつけていこうみたいな歌詞にしたいなと思ったし、それプラス自分の好きなものを言っておこうかなという感じで書き始めました。
──マフィンが甲田さんにとっては欠かせないものでもあったし。
甲田:そうです、マフィンってただのパンじゃんっていう人もいると思うんですけど、自分にとってはめちゃくちゃ大事だったりするものが自分のスタイルなのかなと思って。自分の好きなものとマイスタイルを掛け合わせて歌詞が書けたら面白いかなと思ったんです。
──サウンドは民族的な音が鳴っていますよね?
甲田:元々、そういうサウンドは好きで、『ごめんなさい』という曲にもラテンっぽいサウンドが入っていたりするんですけど、今回はyung xanseiさんがリードに民族系の音色を選んでアレンジしてくださいました。こういうテンション感のものがいいですと要望をお伝えして。
──なるほど。民族の匂いは確かにするんだけど、やっぱり甲田さんのルーツにちゃんと着地している気がしますね。やっぱりブラックというか、アメリカというか(笑)。
甲田:あはは(笑)。アメリカ好きですからね。ただそこがいつも曲を作っていても迷うところで、どうやったら日本語でカッコよく聴こえるか、リスナーに日本人が多いとどうしても日本語で書きたくなるし。でも曲を海外の感じで作って日本語の歌詞でもハマらないことが多いので結構考えながらいつも曲作りはしているんですよね。
──海外に対するリスペクトは音から伝わりますよ。
甲田:真似したい部分もたくさんあるし、追いかけているんですけど、果たして私の曲をあの人たちが聴いたらなんて言うのかとか、あの人たちが聴いてカッコいいと思うものって何かなみたいなところも時々考えていますね。やっぱり好きなアーティストに評価されるのは個人的に嬉しいので。
──『SECM (Sausage Egg & Cheese Muffin)』はMY STYLEが曲のキーポイントだと思うんですが、甲田さんのMY STYLEも教えていただけますか?
甲田:自分的にしっくりくるかこないかスタイルですかね(笑)。自分でコーデを組んでいても音楽を作っていても、「なんか違うな」という気持ちがあると終わらないというか。どっかでしっくりくるポイントがあるんです。例えばファッションなら綺麗にまとまりすぎないように古着をミックスしたりしてたので音楽の作り方もほぼ一緒ですね。
──じゃあ、音作りのときは足し算が多いですか? 『Snowdome』は音を引き算した感じもありますけど。
甲田:自分が音の足し算・引き算の境地までいけてないからな~(笑)。でも確かに『Snowdome』はそうですね。自分1人だったらもっと音を盛っていたと思います。そう感じていただいたのは共作の妙なのかなと思いますね。本当に私の意見を汲み取ってくださる方だったのでノンストレスでした。
──それはとてもいいことですね。では、最後に今後の目標を教えてください。
甲田:近い目標だとライブがやりたいです。あとは、自分の音楽がいずれ海外の人には届けばいいなというのは考えているんですけど、自分の中で大きい目標を決めてしまうとすごく緊張しちゃうんですよ。やっていることがブレそうな気がしちゃうのでそこはあまり考えないように好きな音楽を作っていこうと思っています。ただ、自分の中で最初に作りたかったポップス感とかは常に目標を立てて、そこにどう向かっていこうかということは考えながら制作しているので、これからもっとアップデートしていくと思います。
TEXT 笹谷淳介
PHOTO Kei Sakuhara