「チェンソーマン」の世界観とリンクする「Deep down」のダークさ
Aimerの『Deep down』は、2022年12月14日にリリースされたミニアルバムです。
アルバムタイトルにもなっている『Deep down』の他に、『オオカミちゃんとオオカミくんには騙されない』の主題歌である『オアイコ』などを含めた5曲に、ボーナストラック2曲を収録。
ボーナストラックには『鬼滅の刃 遊廓編』の主題歌になった『残響散歌』も収録され、ミニアルバムながら魅力的な内容となっています。
今回ご紹介する『Deep down』は、アニメ『チェンソーマン』9話のエンディングテーマ。
週替わりのエンディングということもあり、エンディング曲も映像も、その週のストーリーにリンクした内容になっていることも注目ポイントです。
『Deep down』が起用された9話では、京都にいるマキマが、東京にいるデンジたちを救うため、遠方から次々と敵陣営を殺害していく展開が衝撃的でした。
彼女が初めて悪魔の力を使うところが描かれた他、マキマという人物の底知れぬ恐ろしさや不気味さが存分に描かれた回ともいえるでしょう。
マキマは魅力的な女性として描かれていますが、有無をいわさぬ瞳や、優しい言葉に反して行われる残虐な行為など、妖しさや不気味さが際立つキャラクターです。
9話では彼女の所業が残酷であればあるほど、美しく微笑むマキマの怖さが際立つ形に。
エンディング映像もマキマを思わせる作りになっていて、美しさと不気味さ、残酷さが融合した不思議な映像作品に仕上がっていました。
もちろん、歌詞もアニメ本編の展開にぴったりの内容。
Aimerの世界観と『チェンソーマン』の世界観が融合した『Deep down』は見事です。
それでは、生と死を彷彿させるAimerの『Deep down』の歌詞の意味を考察していきましょう。
随所に『チェンソーマン』の要素がちりばめられた歌詞
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命の悲鳴 途絶え闇へ
とけたら言の葉を散らした
深い深い微睡へ 眠れるよう
赤い指でその目を閉じ
≪Deep down 歌詞より抜粋≫
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『チェンソーマン』9話のエンディングテーマということもあり、歌詞の端々に本編を連想させる歌詞が登場します。
命の悲鳴が闇へ消えていくという冒頭の歌詞は、マキマの手によって凄惨な最期を遂げた人間たちの断末魔の叫びを思わせます。
命が向かう先は「深い深い微睡」。
どんな最期であろうと、魂が消えゆく時は穏やかであるように。
そんな心遣いのようでもあり、命をその手の平で簡単に捻り潰していくマキマの残虐さのようでもあり。
静かな曲調ながら背筋が寒くなるような不気味さも兼ね備えた歌詞が秀逸です。
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畏れるように血に溺れる戒律のように
傷口に降る雨のように 痛み刻みつけて
彷徨う群れの中で 行き着く場所に気づけないまま
また一つ欠けた
≪Deep down 歌詞より抜粋≫
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痛みが身体を貫いても、その痛みはいつか癒え、心の傷さえ、いつの間にか忘れ去ってしまう虚しさ。
大きな喪失を前に彷徨うのは、死んだ魂だけでなく、生きている人間も同じです。
何処へ向かえばよいのか、何を探していたのかさえ忘れて彷徨うことの方が、何かを失うことより悲しいのかもしれません。
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わからない解りたい拾うことなくまた捨てゆく涙
届かない聞こえない縋り付く声呼び覚ます戯れ言
失くした物を忘れた 隙間に棲みついている影
いつからそこに居て笑ってた
≪Deep down 歌詞より抜粋≫
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分かり合いたいと願っても、叶わないもどかしさ。
求め合っているのに、すれ違ってしまうこと。
それ以上に辛いのは、自分が失ったという事実を忘れてしまうことです。
失ったことさえも忘れた救いようのない己を、笑っているのはもう一人の自分でしょうか。
自身の中にある暗い感情に気付いた時のおぞましさや、自己嫌悪が伝わってくるような歌詞です。
過酷な現実を受け入れるために必要不可欠な「希望」
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刹那の氷雨打たれ目醒め
ざわめく告毎を散らした
淡い淡い幻を振り切れば
偽りが輪郭を浮かべ
≪Deep down 歌詞より抜粋≫
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世の中というのは、一皮剥けば簡単に裏の顔が表れる、脆いものなのかもしれません。
美しく着飾った世界の裏側を、ふとした瞬間目にしてしまう。
『チェンソーマン』の世界には美しさも優しさもありませんが、主人公のデンジが父の死をきっかけにデビルハンターになった時も、似たような心境だったのかもしれません。
父という大きな存在を失った途端、世界の醜さが見えてくる。
そして自分は、自らを守るためにデビルハンターとなり、人としての尊厳も安定した生活も奪われました。
「氷雨」という言葉が、非常な現実を彷彿させます。
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平伏すように胸に穿つ楔のように
息を止め抗うほどに記憶を引き裂いて
擦り切れる希望を褪せた世界に焼き付けたまま
ただ繋ぎ止めた
≪Deep down 歌詞より抜粋≫
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引き裂くのは、幸せな記憶か、辛い記憶か、どちらでしょうか。
生きていくためには、希望を捨てなくてはならないこともあります。
幸せな頃の記憶が今の自分を苦しめるなら、幸福だったこと自体を忘れてしまった方が楽でしょう。
姫野という大切な先輩を失ったアキが、その死をなかなか受け入れられなかったように、大きな喪失感の前に、人は無力です。
アキは悪魔への復讐心で前を向きました。
過酷な現実を生き抜くのに、希望的観測は捨てた方がいいのかもしれません。
しかし、どんな形であれ、希望はやはり必要です。
復讐が叶うという希望、新たな幸せを信じるという希望。
希望というものはそうやって使い古され、すり切れても尚、色褪せた世界を生き抜くためには手放せないものなのです。
「ただ繋ぎ止めた」という歌詞からは、自分というものをこの世に繋ぎ止める必死さや、過去の希望にすがってでも生きようとする懸命さがひしひしと伝わってきます。
今、自分が立っている場所から逃げない。
力強く前を向くための起爆剤として、希望は必要なのです。
人間の醜さと愛しさを同時に歌い上げるAimerの歌声
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離れない 離したい癒えることなく 纏わりつく兆し
戻れない響かないすり抜けた声かき鳴らした鼓動
願った物を手にした 甘美と喪失に飲まれ
どれほど長い時を辿ってた
≪Deep down 歌詞より抜粋≫
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捨ててしまいたい感情や過去にまとわりつかれ、重たくなった身体で必死に生にしがみつく。
『Deep down』の歌詞からは、この世に対する絶望と共に、生への執着を感じます。
手放したいけれど、手放せない。
戻りたいのに戻れない過去。
「かき鳴らした鼓動」という歌詞からは、今を大切に生きるというよりも、がむしゃらに命を削っている印象を受けます。
何が正しいかも分からないまま、命の火を消さないように必死に生きる姿。
それはデビルハンターとして日々命を削りながら、悪魔と向き合うデンジたちの姿とも重なります。
命を慈しみ、人生を謳歌する、という生き方にはほど遠い、がむしゃらで捨て身にも見える『チェンソーマン』の登場人物たち。
だからこそ、悲壮感の中に命の叫びを感じさせるAimerの『Deep down』の歌詞が刺さるのかもしれません。
『Deep down』のエンディング映像では、マキマが悪魔の力を使って人を捻り殺していく凄惨な場面を連想させる描写が登場します。
血のような赤や、目を閉じる姫野の顔、タバコ。
人を殺す際のマキマの指の動作を連想される描写など、アニメ本編とのリンクが心地よく、ノンクレジット版はファン必見です。
描かれる世界の不気味さと、Aimerが歌い上げる静かでダークな歌の世界をぜひ味わって下さい。
MVでは、何かを探し求めるような人の姿が印象的に描かれ、幸せな過去と過酷な現実の対比が、切なさをかき立てます。
同じ楽曲でも映像の違いで味わいが全く変わってくるので、二つの映像作品として見比べてみると楽しいかもしれません。
『チェンソーマン』は少年漫画にしては凄惨な描写も多く、人間の醜さを露骨に描いた作品といえるでしょう。
刺激の強い描写や容赦なく奪われる命。
人という生き物の光よりは影に焦点を当てた作品です。
しかし、そんな世界にも愛はあり、大切な仲間を思う気持ちは存在します。
『Deep down』はそんな人間の醜さと愛おしさを、絶妙なバランスで歌い上げた楽曲ではないでしょうか。
絡みつく現実と、心の奥底にあって輝きを放つ遠い日の幸せな記憶。
人間の持つアンバランスな美しさも醜さも同時に表現できてしまうところが、Aimerが生み出す音楽の魅力かもしれません。
彼女の歌声は配信でも楽しめるので、アニメ本編を知っている人も知らない人も、この機会に触れてみてはいかがでしょうか。