名作ジブリ映画の主題歌を徹底解説
1997年公開のジブリ映画『もののけ姫』は、興行収入193億円を記録した日本を代表するアニメーション映画です。
村を襲う“タタリ神”を退治した際に右腕に死にいたる呪いを受けた主人公アシタカは、呪いを解く旅に出た先でシシ神の森に住むもののけ姫のサンやタタラ場を治めるエボシと出会い、自然の生き物と人間の争いに巻き込まれていきます。
自然と人間の関係性や生きることをテーマにした作品として、宮崎駿監督が構想に16年、制作に3年をかけた超大作です。
縄文時代頃の日本が舞台となっているため、どこか懐かしさがあり、身近なテーマに入り込みやすいですよね。
そして映画を彩る音楽の数々も、この作品の大きな魅力のひとつ。
なかでも作詞を宮崎駿監督が、作曲を久石譲が務め、世界的カウンターテナー歌手の米良美一が歌った主題歌『もののけ姫』は、映画のストーリーや世界観とマッチした壮大で幻想的な雰囲気が大反響を呼びました。
この楽曲は、アシタカからサンへの想いを綴った歌だといわれています。
短い歌詞に込められた意味を、物語と合わせて考察していきましょう。
“ふるえる弦”から分かるアシタカの心情
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はりつめた弓の
ふるえる弦よ
月の光に
ざわめく おまえの心
≪もののけ姫 歌詞より抜粋≫
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冒頭は弓の名手であるアシタカらしく、弓の描写が登場します。
「はりつめた弓の ふるえる弦よ」のフレーズから、矢を射るために弦を力いっぱい引いている様子が窺えますね。
しかし、矢を放つところまで描かれていないことに注目すると「ふるえる弦」はアシタカの葛藤を比喩しているとも解釈できるでしょう。
元々身体能力が高い人物でしたが、呪いを受けてからは恐ろしいほどの威力が加わり、アシタカの矢を受けた武士は首や腕を落とすことになりました。
相手の命を奪いたくないのに意に反する力を手にしたことで、弓を構えながらも本当にこの矢を放っていいのか、命を奪う覚悟はあるのかと、ためらいや恐怖に襲われているのでしょう。
また、人を助けるために別の人を殺めることが正しいのかという疑問も頭に浮かんでいるのかもしれません。
しかも矢を放つ度に呪いの力で毒が体内に広がっていくため、自身の死への恐怖も重くのしかかっているはずです。
この歌詞は、そうした様々な感情が交差し迷いが生じていることを表しているのかもしれません。
次の歌詞に出てくる「おまえ」はサンのことだとされています。
月の光に照らされた静かな夜の森で、湧き上がる不安や憎しみに苦しむサンの心を想像していると考えられます。
とはいえ劇中でアシタカがサンを「おまえ」と呼ぶシーンはないため、アシタカが自分自身の心と向き合っているところとも解釈できそうです。
どちらにしても、この部分からは正義感が強く心優しいアシタカの真っ直ぐな性格と複雑な気持ちが読み取れるでしょう。
研ぎ澄まされた刃のようなサンの美しさ
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とぎすまされた
刃の美しい
そのきっさきに よく似た
そなたの横顔
≪もののけ姫 歌詞より抜粋≫
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続く部分ではなじみのある「そなた」という呼び方が使われているため、アシタカがサンの姿を思い描いていることがはっきりと伝わってきます。
そしてサンの横顔を「とぎすまされた刃の美しいそのきっさき」に似ていると表現している点が興味深いです。
研ぎ澄ました刃の切っ先は美しく輝く一方で、軽く触れただけで傷がつくほど切れ味が鋭くなっています。
アシタカと出会った当初、山犬に育てられたサンは自らを山犬と思い、住み処である山を荒らす人間たちを憎んでいました。
そしてタタラ場の長であるエボシの命を狙い、それを邪魔したアシタカにも刃物を突きつけます。
その姿と激しい敵意は、まさに人や物を傷つけるために磨かれた刃のようです。
それでも、それは自然や仲間を守りたいという強い意志によるものであり、その感情にアシタカは美しさを感じたと思われます。
劇中でアシタカがサンに対して「生きろ。そなたは美しい」と告げる場面がさらに魅力的に感じられますよね。
また、ここで「横顔」と表現されているということは、アシタカはサンと隣り合っている構図であると想像できるでしょう。
共に行動することでさらにサンの想いを知り、内側からにじみ出る彼女の美しさに惹かれている様子も読み取れます。
冒頭の歌詞の「お前」とこの「そなた」の呼称がサンに対するものだとすると、そこにはアシタカの感情の変化があると考察できます。
どちらも同じ意味ではありますが「そなた」には、相手への敬意や親しみがより込められているように感じませんか?
出会ったばかりの時は自分のことで精一杯だったアシタカが、サンと出会ってその強い心に触れたおかげで人として成長できたことを示しているのかもしれません。
人のまことの心を知るのはもののけ達だけ
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悲しみと怒りに ひそむ
まことの心を知るは
森の精
もののけ達だけ
もののけ達だけ
≪もののけ姫 歌詞より抜粋≫
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アシタカが受けた呪いやその原因となったタタリ神は、欲深くて身勝手な人間の心の闇を象徴していると思われます。
初めはもっと純粋でポジティブな気持ちを持っていても、徐々に悲しみや怒りといった悪感情に流されて初心を忘れてしまうものです。
サンも山犬として生きる内に人間としての気持ちを忘れて人間への憎悪を募らせてしまったため、物語のクライマックスでも憎しみを捨てることはできませんでした。
しかし、そんなサンをアシタカは受け止めます。
どんなに相手の心を理解したいと願っても、分かち合えない悲しみや怒りは必ずあります。
その奥にある「まことの心」を知っているのは「もののけ達だけ」。
だから全てを理解し合う必要はなく、受け入れたり反発し合ったりしながら生きていくことこそ人間の在り方だと教えてくれているような気がします。
ちなみにこの曲の2番に歌詞がないのは、ふさわしい言葉が浮かばなかったからだそう。
しかし、1番の歌詞に想いが凝縮されているので、続く歌詞がないことで言葉にできない複雑な気持ちや人の儚さがより浮き彫りになっているようにさえ感じさせます。
曲を聴くだけで映画の名シーンが蘇る主題歌にふさわしい名曲です。
主題歌への解釈が映画をもっと面白くする!
米良美一が歌う『もののけ姫』は、主人公アシタカとサンの不器用ながらも真っ直ぐな生き様を垣間見せます。分かりやすいハッピーエンドとはいかないストーリーですが、美しく豊かな歌声が人本来の心の美しさや人間関係の尊さを今一度思い出させてくれるでしょう。
ぜひ不朽の名作と名曲を堪能しながら、その中に込められた意味とメッセージをじっくり考えてみてください。